第100話-それだけのことじゃ
午後の一番の鐘が鳴り響きました。人々が続々と広場の前の方へ集まってきます。これから、どの作品が一番だったのか、王様から直々に発表されるのです。
「ドキドキするね!」
ドンちゃんが黒ドラちゃんの肩の上でささやきました。人混みがすごいので、ドンちゃんは黒ドラちゃんが、食いしん坊さんはブランが、それぞれ肩に乗せています。ラウザーはラキ様と手をつないで……と思ったら、ラウザーの尻尾をラキ様が握っています。まあ、はぐれなければ良いんです、はぐれなければ。リュングの黒いもじゃもじゃ頭は、ラキ様の後ろから、きちんと二人を見守りながらついてきていました。
広場に面するお城のバルコニーにゲルードが現れました。広場にいた若い娘さんたちから黄色い声があがります。キラキラしい外見からは、残念な中身はわかりません。おかげですごい人気です。と、ゲルードが広間で鳴らした魔道具を高く掲げました。そして、再び棒を打ちならします。
涼しげな音色が辺りに響くと、自然と広場は静かになっていきました。ゲルードが一礼して下がり、代わりに王様が現れました。王様は巻物を一つ持っています。あれに、今年の優勝者の名前と工房が書かれているのです。
王様が巻物を広げました。
ラウザーがごくりと唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえます。耳元ではドンちゃんの鼻息が、ふんふんと荒くなっていました。黒ドラちゃんの胸もドキドキしています。
王様は一度大きく息を吸ってから、はっきりと読み上げました。
「今年の夏祭りの品評会、最優秀賞は……」
広場はシーンと静まり返っています。
「コポル工房のガジュ・ペペルが作り上げた“白い花のおくるみ”とする!」
その瞬間、広場の一角から喜びの声が大きく上がりました。きっとコポル工房の関係者が集まっていたのでしょう。
黒ドラちゃんも嬉しくて飛び上がりそうになりました。が、すぐそばでラウザーが大きくため息をついたので、寸前でやめました。
「あ、あのラキ様、ラウザー、ごめんなさい」
黒ドラちゃんが謝ると、ラキ様が不思議そうな顔をしました。
「何のことじゃ?銅鑼子よ」
「あたし、あたし、ペペルの籠に石を入れちゃったから……」
黒ドラちゃんがそう言うと、ラウザーが残念そうに尻尾をカミカミしながら言いました、
「もお~、黒ちゃーん、おれの初鱗、すんげぇ綺麗な櫛になってただろ!?なんで選んでくれなかったんだよー!?」
途端にラウザーの尻尾に雷が落ちます。
「ピャッ!!」
ラウザーは尻尾を口から放しました。
「やれ、呆れた奴じゃ。まあ、羅宇座は単純な奴じゃからな、気にするな、銅鑼子よ」
ラキ様は黒ドラちゃんの頭を撫でながら優しく言ってくれました。
「でも、ラキ様もグラシーナさんのこと応援していたでしょ?」
黒ドラちゃんが申し訳なさそうに言うと、ラキ様はいつものように(なんだ、そんなことか)という表情をしました。
「もちろんじゃ。それに今でも我は、グラシーナの花櫛が一番じゃと思っているぞ」
自信たっぷりです。
「我にとってはあれ以上の品は無い。それだけのことじゃ」
「ありがとうございます、かみなり様」
その声に皆が驚いて振り向くと、グラシーナさんとテルーコさんが立っていました。
「私にとって、その言葉が、何よりも、誰の評価よりも嬉しいのです」
グラシーナさんの声には、満ち足りた想いと自信があふれていました。
そばでテルーコさんが皆に話します。
「それに、最優秀賞は逃しましたが、あの櫛を見た人たちから、ものすごい数の注文が入りましたよ」
得意そうに片目をつむって見せます。
「閃光の細工師の花櫛は、二年先まで予約でいっぱいですぞ!」
さすがお師匠さま、年の功ですね。広間にいる時から、次から次へと予約をさばいていたようで、ニコニコです。その笑顔につられて、黒ドラちゃんもみんなも、思わず声をあげて笑ってしまいました。テルーコさんが、場をなごませてくれたお陰で、皆は笑いながら広場をあとにすることが出来ました。
魔法の馬車に乗り込む頃になって、黒ドラちゃんは、そう言えばマグノラさんがお祭りに来ていなかったことに気づきました。
「ブラン、またマグノラさん来てなかったね。どうしたのかなー?」
黒ドラちゃんがたずねると、ブランはちょっと首をかしげながら「うーん、そう言えば、あの布が出品されていたんだから、見に来ても良さそうなものだよね」と答えました。黒ドラちゃんは、すごくマグノラさんに会いたくなりました。今日、目にしたこと聞いたことを、マグノラさんに話したくなったのです。そして、買い物に来たみんなでしたように、ステキな何かを選んで贈りたくなりました。
「ブラン、また後でお買い物に連れていってくれる?」
黒ドラちゃんのお願いに、ブランはうなずいてくれました。そして「何か欲しいものがあったのかい?」と聞いてくれました。
「欲しいっていうか……あげたいの、マグノラさんに」
それを聞いて、ブランは優しく微笑みました。
「ああ、喜んでつきあうよ、黒ちゃん」
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