第83話 オアシスとキーーーン

 水面に顔を出してみると、砦中の人がみんな集まってきているようだった。あ、コレドさんもいる。怒ってる?いや、なんか顔色が悪くないか?水面から顔だけ出してぐるっとまわりを見渡したけど、みんな同じような顔色して黙って俺のことを見ていた。俺の頭上にライキ様が現れるまでは。


 頭の上の方がちょっとピリピリし始めたので、ライキ様が姿を現したんだってことは分かった。

 何より、みんなの目がそっちに釘付けだし。


「あ、あの、コレドさん……」ごめんなさい、と言おうとした俺の言葉は、一斉にひれ伏して叫びだしたみんな声にかき消された。

「オアシスの女神様、大変なご無礼を!どうかお許しください!気をお静め下さい!」

 一番前のコレドさんが叫んでいる声がかろうじて聞き取れる。でも、砦中の人が一斉に叫びだしたんだから、後は何を言っているのかわからない。多分、コレドさんと同じようなことを言っているんだと思うけど、ライキ様怒ってるのかな?そう思って、上を見上げようとしたら、ライキ様に「これ、下から覗くでない!」と長い袖で顔を叩かれた。袖にも雷をまとわせているらしく、良い感じでピリッと感がある。


「あの、ライキ様怒ってないですよね?」仕方がないので、水面を見ながら聞いてみる。

「羅宇座よ、こやつらは何をうるさく騒いでいるのだ?」

 ライキ様は俺の質問なんかあっさり無視して逆に聞いてきた。


「えっと、多分俺がオアシスの中に入り込んだんで、ライキ様が怒ってる、と思ってるみたいです、みんな」

 俺がそう答えると、ライキ様は「ふむ」と言ってちょっと考え込んでから、右手を真上に上げた。


「鎮まれ!」


 そう一言唱えると、1本の太い稲光がオアシスの真ん中に落ちる。ものすごい光と「ドドーン!」という轟音が鳴り響き、オアシスの周りに集まっていた人々は、頭を抱えてその場にうずくまった。


 ちなみに、オアシスの真ん中で雷に直撃された俺は、今ちょっと耳がキーーーン!となっている。


「我はこの水場を守護するものである。お前たちは何を騒いでおるのか」

 ライキ様がそう声をかけると、恐る恐るという感じでコレドさんが顔を上げた。


「お、畏れながら、女神様、私はこの国の王からこの砦の守りを任されております、コレドと申します」

「ふむ、そなたが答えるか。続けよ」

 ライキ様は全身に小さな稲光を纏いながら、コレドさんの方へ向き直り先を促した。


「は、はい。その水の中に入り込んでしまった陽竜様は、ちょっといたずらなところがありますが、決して悪しき存在ではございません!」

「ふむ、ふむ」

 言いながらライキ様は俺の頭を足の先でちょいちょい押してる。俺なんかより、ライキ様の方がよっぽどいたずら好きなんじゃないか?って思ったけど黙っていた。


「陽竜様はここに来てから日も浅く、砦での営みに疎い方です」

 まあ、そうだよな。ここにいる人間たちよりずっと長く生きてはいるけど、砦では新入りだ。


「この神聖なオアシスで水遊びをするなど、決して許されることではないことは重々承知しておりますが――」

「良い。羅宇座は入っても良い」

 ライキ様がコレドさんの言葉を遮った。

「お怒りはもちろんで、――は?」

 コレドさんがきょとんとした顔でライキ様を見つめる。


「羅宇座はオアシスに入っても良いと言ったのじゃ」

 ライキ様はちょいちょい指先に稲光を飛ばして遊びながら答えた。


「は、あの……」

 コレドさんは、まだ何を言われたのか理解できないって表情をしている。


「羅宇座は雷に打たれるのが好きらしい。だから特別にオアシスに入ることを許す」

 ライキ様が宣言すると、周りのみんながざわついた。


「あ、それでは、今回のことはお許しくださるということでしょうか」

 コレドさんが恐る恐るたずねると、ライキ様が全身からピリピリ稲光を出しながら「そういっておるであろう!」と面倒くさそうに答えた。なんか、みんなに心配かけちゃったみたいだけど、ライキ様はけっこうあっさりその場を済ませてくれた。でも、コレドさんはそうはいかないみたいだ。


「陽竜様、あとでお話しがございます」

 目が笑ってない、口元だけの固い笑顔でがっつり約束させられた。


「さて、ではもう少し下で遊ぶとするか、羅宇座、行くぞ!」

 そう言いながらライキ様は小さな稲光を俺の頭に飛ばした。

「ピャッ!ぴゃい!」

 なんかもう、ライキ様にとっては俺ってデカイおもちゃなんじゃないかって気もする。うーん、……ま、良いや!ライキ様が喜んでくれるなら!



 水底に戻った後、俺はライキ様に「コレドさんに呼ばれているからあまり長い時間は遊べません」とちゃんと伝えた。ライキ様は特に不機嫌にもならずに聞いてくれたけど、一つだけ約束させられた。


「人間たちや他の竜の前で、我の名を口にしてはならん」

「ライキ様の名前を教えちゃいけないんですか?」


 なんでだろう。そういえば、さっきも皆の前では名乗って無かったな、ライキ様。


「名を知られると縛られることがある。強い魔力を持つ者には特に知られてはならないのだ」

「縛る?」

 自由を奪われるってことかな?


「でも、俺には教えてくれたし、俺にもけっこう魔力はあると思うけど、それでも縛ったりできないと思うけど――」

「お前は我の名を正しくは知らぬからな」

 ライキ様が俺の目をじっと見つめて言う。なんか照れちゃうぞ。なんて思ってたら稲光を目に飛ばされた。あててっ沁みるな。


「ライキ様って本当の名前じゃないんですか?」

 ひどいな、だまされたのか、俺。尻尾をニギニギしながらたずねると、ライキ様は首を横に振った。

「音は捉えても形は解らぬであろう?お前の国の文字では、我の名は真には表せぬ」


 そう言えば、ライキ様が俺の名前を呼ぶ時にも、ちょっと違和感がある。それと同じことなのかも。


「ライキ様の名前には、ちゃんと意味があって、それに合った文字の形があるってことですか?」

「ふむ。羅宇座の分際でよくわかっておるな。その通りじゃ」


 ライキ様は、ライジン様という雷の神様の下で働く存在で、だからライキ様の名前にも、雷を纏うお姫様って言う意味があるんだそうだ。


「俺に教えちゃっても良いんですか?」

「そなた、誰かにしゃべるか?」

 ライキ様に見つめられて、尻尾のニギニギが高速になった。


「しゃべりません!絶対に」

 尻尾を放してキッパリ言った。ライキ様の自由が奪われるようなことはさせないぞ。


「国の内外には強力な魔術師もおろう。その中には正しい文字の知識を持ち、我を縛ろうとする者もいるやもしれん」

「そんな――」

「だが、真に名を知られねば、我はそうやすやすとは縛られぬ。音も形も、その両方を真に捉えねば相手を縛ることは出来ない」

 ライキ様の漆黒の瞳がキラリを光った。


「我のことは、今後は羅輝と呼べ」

「ラキ……様ですか?」

「そうじゃ。これからは我と羅宇座だけの時でもそう呼べ。お前は時と場所で使い分けが出来るほど器用には見えんからな」

「はい」


 えっと、俺ってダメなやつってこと?違うよね、ライキ様?じゃ無かったラキ様っ。

 ―――ダメなやつかも、確かに。


 そのあとしばらくラキ様と呼ぶ練習をさせられて、失敗すると稲光を尻尾に飛ばされた。ようやくラキ様から「このへんで良かろう」と言ってもらえて、オアシスを出ることが出来た。よし、コレドさんに向き合う準備は出来たぞ。備えあれば憂いなしだ!





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