第21話ーはい、王子様
謁見の間で、王子はストンッと再び椅子に腰かけました。皆が心配そうに見ていますが、もう取り繕う気持ちも起こりません。ゲルードも王子の後ろで心配そうに見ていますが、やはり声はかけられないようでした。
落ちた金色のカツラを眺めながら、スズロ王子はぼんやりと思い出していました。まだ下の王子たちが生まれる前のこと、庭でたくさんの妖精たちと遊んでいました。バラやユリ、金木犀や椿の花の華やかな妖精たち、大きな杉や檜の妖精もいました。
そんな中で、小さくて地味な妖精が王子の足元をウロウロしていました。
「きみはだれ?」
王子が尋ねると、その妖精は嬉しそうにはにかみながら「タンポポです」と答えました。
「タンポポ?」
「はい。もうすぐ綿ぼうしになって飛んでいきます。王子様とお話しできて光栄です!」
綿ぼうしと聞いて王子は目を輝かせました。
「きみはタンポポのわたぼうしになるの?」
「はい」
「すごいね、ほくはあのわたぼうしをとばすのが大好きなんだ。くさばなのなかではいちばんのおきにいりだよ!」
そう言われて、タンポポの妖精は嬉しくてその場で一瞬で綿ぼうしになりました。王子様はそっと手に取ると、ふーっと息を吹きかけてフワフワの綿ぼうしを飛ばしました。
「ああ、やっぱりたのしいな」
飛んでいく綿ぼうしを見上げながら王子は笑顔で言いました。飛びながらその笑顔を見て、タンポポの妖精は嬉しくて嬉しくてクルクルと空を舞いました。
「ポポンフーリシュ……」
スズロ王子がつぶやきました。それはあのタンポポの綿ぼうしの妖精に、幼い頃の王子が付けた名前でした。ポポン、ポポンと呼んで毎日のように一緒に遊んでいたのに、大きくなったスズロ王子はそんなこともすっかり忘れてしまっていたのです。
「……はい、王子様」
それはとてもとても小さい声でしたが、確かにスズロ王子の耳に届きました。はっとして顔を上げると、王子の前には黒ドラちゃんが立っています。
「今の声は?」
震える声で王子がたずねると、黒ドラちゃんは小包の中をがさがさと探し始めました。
「このお花かなー?」
黒ドラちゃんが取り出したのは萎れた1本のタンポポでした。黒ドラちゃんの魔力でも萎れてしまうのを止められなかったのは、他の何かの力が働いていたからでしょうか。
王子は黒ドラちゃんから萎れたタンポポを受け取ると、両手で大切そうに握りしめました。すると王子の胸のあたりがぽおっと光りました。それは、あの夜タンポポの妖精がキスしていった辺りでした。萎れたタンポポに胸からの光が吸い込まれると、それはふわふわの綿ぼうしをつけたタンポポに変わりました。
「ポポン!」
王子が驚いて声を上げると「はい、王子様!」と元気な声がかえってきました。嬉しそうな王子の様子に、周りでハラハラしながら見ていた人たちも、ほっと胸をなでおろしました。
「ね、王子様キラキラしてるんだよ」
黒ドラちゃんが言うと、お后様がにっこりして「そうね。ありがとう」と答えてくれました。そしてスズロ王子に向き直ると静かに語りかけました。
「スズロ、あなたが妖精の加護を失ったことには気づいていました」
「母上……」
「あなたがいつ私にすべてを打ち明けてくれるか待っていましたが、あなたは妙にがんばってしまうものだから……」
「すみません、ご心配をおかけして。私が愚かでした。すべての妖精の加護を失ったことを、その理由を、打ち明ける事が出来ませんでした」
「全てでは無いでしょう?」
優しく微笑むお后様の目は、王子の手元のタンポポに向けられています。
「それにね、本当はポポン以外の妖精たちも、あなたのそばにずっといたのよ」
「えっ?」
「姿を隠していただけで、ずっとあなたのことを見ていたわ」
王子は驚いて辺りをぐるっと見渡しました。するとどうでしょう、いつの間にか謁見の間にはたくさんの妖精がキラキラしながらひしめいているではありませんか。
手元の小さな妖精がささやきます。
「みな、あなたが本来の輝きを取り戻すのを待っておりました」
スズロ王子はポポンの言葉に静かにうなずくと、その場に膝をつきました。周りの妖精たちをゆっくりと見回します。手の中にボポンの温もりを感じていると、王子の口からは自然と素直な気持ちが出てきました。
「妖精たちよ、愚かな私をどうか許してほしい。私はとても……とても未熟で傲慢だった。皆のおかげで、ようやくその事に気づくことが出来たんだ……みんな、ありがとう」
謁見の間に集まった妖精たちは、キラキラと光り輝きながら王子を取り囲みました。
そして、王子の姿が見えなくなってしまうほどの眩しい輝きを見せた後、一斉に消えました。
後にはスズロ王子だけが残されました。ボポンを大切に胸に抱えて、金のくるくるの髪を輝かせて――
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