第20話ー消えたようせいたち

 スズロ王子は小さな頃から剣にも学問にも秀でていました。そしていつしか、自分は何でも出来て当たり前だという気持ちになっていました。自分の周りでたくさんの人間が支えてくれるからこそ、自分が力を発揮できている、その感謝を感じられなくなっていたのです。遠征で力を発揮出来たのは、たくさんの魔術師や兵士が王子の指揮をきちんと受け入れて動いてくれたからこそでした。

 その上、王子には妖精たちの加護がありました。妖精の助けによって、他の人には出来ない様々なことを成すことが出来ました。それさえも、スズロ王子は「当たり前」と思うようになっていました。

 もちろん、けっして人前で口に出すことはありません。賢い王子ですから。けれど心の中ではだんだんとおごりたかぶっていたのです。人間には感じることが出来なくても、妖精たちは王子の心の中の歪みを敏感に感じ取りました。少しずつ少しずつ、王子の周りからは妖精の姿が消えていきました。

 気付いた時には、妖精の加護は消えてなくなろうとしていました。最後まで王子のそばにいてくれたのは、タンポポの綿ぼうしの妖精でした。小さいけれど優しく辛抱強くずっと前から王子のそばに居てくれました。

 なのに、半年前の魔獣討伐の遠征から戻ってきた夜のこと、自分の言うことを聞く妖精が減ったことにイライラしていたスズロ王子は、その妖精に言ってしまったのです。


「お前の力なんて、何の助けにもなりゃしない。居てもいなくても同じだ!」と。

 タンポポの綿ぼうしの妖精は悲しそうに目を閉じると、静かに礼をして言いました。

「スズロ王子、あなたのお側にはいられなくなりました」

「なんだと!?」

「これでお別れです。あなたが小さい頃に『たくさんの草花の中でお前が一番のお気に入りだ』と言ってくれたことだけが私の誇りでした」

「……」

 そういうと小さな妖精は最後にふわんと飛んで王子の胸にチュッとキスを落とし、そのまま消えていきました。


 最後の妖精が王子の前から姿を消したのです。


 その時に、王子は頭に違和感を感じました。手をやってみると髪がありません。驚いて鏡を見ると、くるくるとした金の髪は一本も無くなっていました。抜けたのではなく、消えたのです。あの金色に輝く髪は、妖精たちからの加護の証だったのだと、ようやく王子は悟りました。

 はじめ王子は大変怒りました。最後までそばにいてくれた、タンポポの綿ぼうしの妖精を呼んで怒鳴り散らしてやろうとしました。けれど、王子の声に応える妖精はいませんでした。

 さんざん一人の部屋で地団駄を踏んだ後、しだいに王子は悲しい気持ちになってきました。


 なぜこんなことになってしまったのか。あの妖精はいつもそばにいてくれて優しかった、悲しいことがあれば慰めてくれた。それを当たり前だと、いつから自分は思い込んでしまっていたのか。にっこりと微笑んでそばにいてくれた綿ぼうしの妖精の顔が何度も浮かびました。そういえば、自分は幼い頃に、あの妖精に名前を付けてあげたんだっけ。

 何て名前だっただろう……?それさえも忘れてしまっている今の自分を、王子はとても情けなく感じました。


 その日から、王子は腕の良い細工師に作らせた金のクルクルしたかつらをかぶって、人目をごまかして来ました。見た目が恥ずかしかったからではありません。何度も遠征で戦ってきた王子の体には、複数の傷跡があります。それを気にしたこともなく、見た目の美しさになど、王子は無頓着でした。

 でも、今の姿になった「過程」はとても恥ずかしい。そう王子は思いました。特に、妖精の血を引く母の目はごまかせないような気がして、いつもビクビクしていました。気のおけない幼馴染のゲルードにも、自分の変化を気づかれるような気がして、だんだん顔を合わせられなくなりました。

 自分のしてきたことが恥ずかしくて、情けなくて、誰にも相談することが出来なかったのです。


 そして、とうとう今日、黒ドラちゃんたちとの謁見で、王子のありのままの姿が皆の前に晒されてしまいました。




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