第19話ーまぶしい王子様
「黒ドラちゃん、と呼んでもかまいませんか?」
ふいに優しい声が黒ドラちゃんの耳に届きました。声の方を見ると、王様の横で妖精のように華奢で美しい女の人が、黒ドラちゃんのことを優しく見つめていました。
「は、はひ」
おっと噛んじゃいましたね。でも、ぎくしゃくしながらもゲルードから教えてもらった礼をとると、王様もお后様も「なんて可愛らしい!」と顔をほころばせてくれました。ちょっと落ち着いてきた黒ドラちゃんの目に、金色に輝くクルクルの髪が映りました。
「王子様!」
突然呼ばれたスズロ王子はビクッとしました。そうです、今日の目的はスズロ王子に会うことでした。そういえば、とゲルードを探すと、王様の後ろで騎士のおじさんたちと澄ました顔をして並んでいました。久しぶりに王子に会えて喜んでいることは、染まった頬とキラキラした目に表れています。
良かったあ、と黒ドラちゃんも嬉しくなりました。
さっそくドンちゃんを下におろして、背中の小包を王子の前に持ってきました。
「王子様、森のお土産です」
そう言って、ドンちゃん親子と集めて回った木の実やお花を取り出して王子様に差し出します。
「ああ……ありがとう」
王子様はそれをお付の人に受け取らせました。あれ、黒ドラちゃんの予想だと、にっこり微笑んで「ようこそ、お城へ」って言って受け取ってくれるはずだったんですけど……。
予想よりもずいぶんそっけない王子様の代わりに、お后様が優しく言ってくれました。
「まあ、そんなにたくさん集めてくれたのね、大変だったでしょう、ありがとう、黒ドラちゃん、ドンちゃん」
そして、お后様は一瞬だけ心配そうにスズロ王子を見ましたが、誰もそれに気づくことはありませんでした。何しろ、黒ドラちゃんがとんでもないものを小包の中から出してきたからです。
「王子様、これが森で一番美味しいんです。ものすごく甘いんです!どうぞ舐めてみてください!」
黒ドラちゃんが小包から取り出したのは蜂蜜でした。ただし<蜂のついた巣ごとの蜂蜜>でした。それも、普通のミツバチよりも倍以上大きく、体は黒くて首回りに黄色いふさふさを生やした<クマン魔蜂の巣でした。クマン魔蜂は古の森にしかいない蜂です。実際は花の蜜を集めるだけのおとなしい蜂なのですが、クマン魔蜂の見た目はいかにも凶暴そうです。ブランが馬車の中で聞いた羽音の正体は、これだったんですね。
謁見の間に突然現れたたくさんのクマン魔蜂に、あたりは大混乱になりました。と、一匹のクマン魔蜂が王子の方へ飛んでいきました。お側に居た騎士があわてて剣で弾こうとしましたが「やめて!蜂さんをいじめないで!」という黒ドラちゃんの声で、一瞬動きを止めてしまいました。クマン魔蜂の方は王子にごあいさつしようとしただけなんです。ぶい~んと飛んで王子の鼻先へ近づきました。
さすがの勇敢な王子も「わっ」とのけぞり、近づきすぎた蜂を手で払いのけようとしました。けれどあわてて振り回した手は蜂ではなくて、もっと大きなものをひっかけて払いのけてしまいました。
バサッという音とともに、王子の足元にクルクルした金色の塊が落ちました。みんながいっせいにハッと息をのみます。王子の足元に落ちたのは金の巻き毛のカツラでした。皆の注目の中、王子の頭はブランの魔石のシャンデリアの下で、無情にも鈍い光をはね返しています。
驚きのあまり誰もが言葉を失う中、お后様が「やはり」とつぶやく声が小さく響きました。
「王子様、やっぱりすごいね!ねぇ、ドンちゃん、見た?」
まわりの空気を全く気にかけることなく、黒ドラちゃんが興奮してドンちゃん話しかけると
「うん、すごいね、王子様!」
ドンちゃんも元気に答えます。他には誰も言葉を発する事が出来ない中、お后様が優しく黒ドラちゃんに尋ねました。
「王子を褒めてくださるの?この姿を見ても?」
黒ドラちゃんは目をキラキラさせながら王子を見上げて言いました。
「スズロ王子はすごいもん、一番好き!一番光り輝いてるもん!」
今度こそ王の間は静まり返りました。皆が恐る恐る王子の方を見ると、肩を震わせ真っ赤な顔に涙目の王子が椅子から立ちあがっていました。怒りに震える王子は、すぐそばの騎士の剣を奪い取ろうと手を伸ばしました。
その時です。
「まぁまぁまぁまぁっ!なんと光栄なことでしょう!黒ドラちゃんはスズロのことを一番に気に入ってくださると!?」
王子が剣を手にするよりも早く、お后様の明るく柔らかな声が響きました。
「うん!スズロ大好き!」
「妖精に見放されるような、性根の腐ったこの子を?」
えっ!?と皆が目を瞠ります。
「腐って無いよ、キラキラしてるもん!」
黒ドラちゃんが答えます。
「自分の力を過信するあまり、周りで助けてくれるたくさんの存在のありがたみを忘れてしまうようなこの子を?」
「きっと、すぐに思い出すよ、だって王子様はキラキラでとても優しくて勇敢なの!」
黒ドラちゃんは目をキラキラさせながらスズロ王子を見つめます。
スズロ王子は、もはや剣をとる気にはなれませんでした。というよりも、身の置き所がありませんでした。やはり母であるシェリルには何もかも知られていました。
そう、この姿はスズロ王子の自業自得の行動の結果でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます