第23話 イチャイチャしてる訳ではないの。仕事なのっ、し・ご・と。

 大臣たちから見えない場所まで来ると、フレデリックは私を抱っこしたまま、大股で速い速度で歩き出した。顔が、怖く厳しいものになっている。


 私の部屋へたどり着くと、すぐさま部屋の中の使用人たちに人払いを命じた。

 人の気配が完全になくなると、私を近くの椅子に降ろす。

「セシリア。そなた、毒草のにおいが分かるのか?」

 まだ怖い顔で私に訊いてきた。

「はい。先日の診療所の患者さんからしていたにおいとほぼ同じでしたから」

「ほぼ?」

「はい。患者さんからのにおいは、一度体内に取り込まれた物ですので、じゃっかん違います。それに、もうすでに無害になっているものかと……」

「そう……か。俺は診療所でも執務室でも何もにおいを感じ取れなかったが」

 ふむという感じで、フレデリックは言っている。


「ピクトリアンの人間は、外の人間よりにおいや人の気配に敏感です。わたくしも、純血種ほどではないですが、そういう能力はありますので」

 私がそう言うと、フレデリックはニンマリとしてこう言った。

「そうか。それは良い。明日から俺と一緒に仕事をしような」

 

 何だかまた嫌な顔で……う~ん、これはいたずらっ子の顔? まぁ、そういう顔で笑っている。

 自分から振った話なのだけど、フレデリックのニンマリとした顔を見たら、なんだか嫌な予感しかしなかった。






 昨日命じられた通り、私はフレデリックの執務室に仕事をしに来ている。

 いつも通りのドレスに身を包み、書類を作成しているフレデリックの腕の中。

 私をお膝に座らせて、器用に書き物をしているわ。


 って、これすごく恥ずかしいんですけど。

 ああ、文官の人が怪訝そうな顔で見ている。大臣の中には苦笑いしている人もいるし。

 人の出入りも激しいこの執務室。入って来た人は、私達の光景を見て固まって、気を取り直したように自分の仕事に戻っている。


 なんだか、みんなの視線が痛い。


「あの」

「却下だ」

「まだなにも言ってません」

 もう諦めた。朝から何度も懇願しているので、聞いてももらえなくなってしまった。


 私は、お膝に座ったまま、するりとフレデリックの首に手をまわし、もたれかかる。

 そうするとちょうど私の口が耳元に当たるから。


「前方左に二名、入り口付近に一名でしょうか、例のにおいがするのは」

 目線だけで、フレデリックは私を見る。


 前方の二人の内、一人は外務大臣、その横は補佐。入り口付近の方は、軍部の司令官の一人だろうか。

 わたくし越しに、みえますでしょう? フレデリック。


 はたから見たら寵妃の逸脱した行為。昼間から国王をねやに誘っているように見えるだろう。

 …………子どもが眠たそうにしているように、見えるかもしれないけれど。

 色々考えたら恥ずかしいので、何も考えないようにしている。


 診療所とは違うにおい……ここはオープンスペースとはいえ、角にあるお部屋なので、フレデリックが使っているデスクは一番奥の壁際にある。

 なのに、ここまで濃厚ににおいが漂ってきているって事は、誰かが持ち込んでいる?


 体の力が抜ける。頭がボーっとしてきた

 まずいと思う。誰かが支えてくれないと座ってもいられない。


 ここは……ダメだ。


「姫?」

 フレデリックが、異変に気付いて私の体を抱えなおしてくれた。

 力が入らない……なぜ、みんな気付かないの? こんなに……。


 もう……どう見えても良い。早くここからフレデリックを遠ざけなければ。

 力を振り絞って、首元にしがみ付く。

「早く、部屋へ。お願い」

 目尻に涙が溜まって、潤んでいるのが分かる。


「換気……を」

 フレデリックのすぐそばまでやって来ていたクライヴに言った。

 クライヴが指示を出すと、壁際にある窓を開け、数人が大きめの扇子をどこからか持ってきて、扇ぎだしたのが見えた。


 フレデリックは、私を抱きかかえ大股で執務室を後にした。

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