第18話襲撃
朝五時の出発可能時間から二時間後、じゅうぶんに睡眠を取った第20クラスは進行を開始して一時間。
昨日と同じく、何人かが先行して危険がないか確かめるような形だが、年少組を気遣う余裕はなく、かなり速いペースで進行している。
現在、全体の十番目くらいに位置付けているが、先頭争いとの距離は相当あるらしく、目標を一位になることから、少しでも順位を上げることに切り替えたクラスも多くあり、前を行くクラスの罠が多くある。故に、このペースはだいぶキツい。
「どう考えてももたないよなぁ……」
思わず天を仰ぐ。先頭集団に追いつくためには必要なハードーワークなのだが、小さい子達には負担が大きすぎる。
「とは言っても他に方法がないだろう」
偶然、近くを歩いていたラークも苦々しい顔をするが、彼の言う通り、代案もないのでこうするしかないのだ。
「魔法で道を整備したらまだマシになるんじゃない?」
「……あとどれだけ距離があると思ってる。それに、今日通る道は魔物がより出やすいらしい。クラスの者が幾ら魔物に慣れていようと、この森の魔物は規格外だ。パニックに陥らないとも限らない。その時に、動ける者だけで処理できるように備えておかないといけないだろう」
お前と戦った熊が、この辺りにいる魔物よりちょっと強かっただけなんだけどな、とは言えない。
基本的に、麓に住んでいる魔物は、生徒一人でもなんとか倒せるレベルなのだ。
「ふーん。万が一のことなんて考えてる余裕ないと思うんだけど」
「うるさい。いいからさっさと歩け」
そう言ってラークは前の方へ行った。
気休め程度だが身体強化の魔法でも掛けておくか。遥にバレるとマズいからな。
それにしても今日は視線を多く感じる。魔物や獣のものもあるが、それ以外の悪意に満ちた視線もだ。
ガサガサ、と草木を掻き分ける音が俺の目の前ーー列の中央辺りに響く。
ちなみに、魔物と獣の判別は、体内に魔石があるかないかで判別される。
「離れろっ! 魔物かもしれない!」
ラークの声により細長く並んでいた隊列か分断される。
「キシャァァァッ!」
そして、二つの隊の間から、体長三メートルはあろうかという大蛇が姿を現した。毒々しい色の表皮に、カラフルな斑点のある蛇。名前は知らない。
突如として出現した魔物に騒然とする現場。
俺も事前に気づいていたが、少し離れてついてくる他のクラスの生徒たちが気がかりで場を離れられなかった。
「落ち着けっ! 戦う勇気がない者は蛇から離れろっ、他は火以外の魔術を撃てっ!」
動揺に荒れる場をラークが一喝すると、誰もが指示通りに動き始める。このクラスの中心はラークになっているようだ。
詠唱中の魔法士は格好の的である。大蛇が最前線にいる生徒を噛み殺さんと顎門を開ける。
「ひいっ!?」
子供一人なら余裕で一飲みできるほど空いた口に、対象にされた生徒たちは恐怖を覚え、詠唱が中断される。
「はあっ!」
「ギッ!?」
白髪の少女が、蛇に空から踵を落とす。
獣人の強靭なパワーと、落下の力も加わった蹴りは大蛇の大口を閉じただけでなく、その頭を地面に叩き落とす。
身体を地面に鞭打った大蛇は声にならない声をあげ、身体を震わせた。
僅かな静寂。その隙に俺は叫ぶ。
「ラーク! お前は他の生徒を連れて先に行って!」
「お前はどうするつもりだ!」
「そこの女の子と一緒にこいつを止める!」
大蛇に加え、茂みに隠れている何者か。彼らから力を抑えてこの人数を守りきるのは厳しい。なにより、あまり全力をみられたくないのだ。
「このルールは全員到着でゴールになるんだぞ! それを分かってるのか!」
「分かってる!絶対追いつくからっ」
「くっ……わかった!」
薄っすらと、俺の実力について感づいているラークはしぶしぶ引き下がってくれた。ラークの決定に他の生徒も異存はないようだ。
白髪の少女が蛇の気を引いている間に、最後まで残っていたアイラ以外がラークのいる、前の隊に加わる。
「アイラはみんなの怪我を治してあげて」
「……わかった。無茶したらダメだからねっ!」
アイラは心配そうな顔を見せたが、それも一瞬。すぐに前の隊に合流した。
彼らは揃うや否や、駆け足で森の中へと消えた。
白髪の少女を見ると、大蛇相手に優位に立ち回っており、このままいけば倒せそうだ。
なら、俺は他の奴らに専念するか。
「くくっ。こいつは良かった。わざわざ自分から孤立してくれるなんてな」
「これで、僕たちの順位はまた一つ上がりますね」
ガサガサと茂みを歩く音に紛れて男たちの声がする。
どうやら、全員ゴールで、完走と認められることを利用して、他クラスにちょっかいを掛けに来たらしい。
大蛇と戦っている少女に勝ち目はないと思っているのか、隠れていた五人全員がこちらに姿を現した。
こちらに残った帯同している冒険者を見るも、傍観を決め込んでいるようだ。おそらく、婆さんに、ルール外の事態にも基本的に見守っていな。とか言われているのだろう。
「……本当に良かったの? こっちに全員が残っちゃって」
「なんだ? お前が俺たちより強いって言いたいのか?」
「アッハッハ! これは傑作ね! こんなにちっさい男の子が私たち第8クラスより強いなんてっ」
第8クラスの生徒と聞いて、冒険者の瞳が見開かれる。まあ、俺が第20クラスなのだから、力量差がありすぎると考えるのが普通だろう。
冒険者がこれを止めようか迷っているうちに、襲撃者五人がそれぞれの得物を構える。
「心配しないでください。ちょっと大きな怪我をさせるだけです。たぶん、意識は失いますが、起きたときに全て終わっていますよ」
言い終わるや否や、ナイフを持った女の子が肉迫し、別の三人が詠唱、最後の一人は俺の周囲に簡易魔法ーー火の玉や石の礫を放って回避行動を制限する。
「やあッ!」
第8クラスとあって、個々の力もウチとは比べものにならないくらい高い。
高速で切り掛かってきた女の子に無手の俺は危機に陥る。
「ど、どこからそんなものを!?」
わけでもなく、氷の剣を作り出し、応戦する。
虚を衝かれた女の子は剣戟によりナイフを弾き飛ばされる。
「ちょっと大きな怪我で済んだらいいねッ!」
「ーー爆ぜろ『爆風烈火』」
「ーー絡め取れ『大地泥土』」
「ちっ」
追撃に出ようとするも、目の前で空気が爆裂、足場は泥沼となり、その対処に追撃の機会を逃してしまった。
「あ、あの子ヤバいよっ。無詠唱で氷の剣作っちゃった!」
「嘘だろ? あんなガキが無詠唱なんかできるわけがねえ」
両者の距離が開いたことで攻防が止まったそのとき、どしーん、と地響きがした。
その方向を見てみると、大蛇が生き絶えており、それはつまり白髪の少女が勝ったことを意味していた。
「あれに勝ったのか……気を引き締めていくぞ、みんな」
どうやらあの大蛇は第8クラスでも警戒する強さらしい。……なぜあの少女が第20クラスにいるのか、ますます謎である。
ともあれ、彼女の戦いも終わったのだ。こちらも早く終わらせるべきだろう。
相手はもう既に詠唱を始めている。俺も適当に詠唱しておこう。
「雷神よ、我に力を貸したまえ『雷撃』」
俺が適当に詠唱しているのに比べ、大技を放とうとしているぶん、相手は魔法の完成が遅い。
俺の指から五本の雷が撃ち出される。
「くっ、こんな底辺クラスに負けられるかッ!」
全員に命中したかと思われた雷撃は、先ほど俺の回避行動を邪魔した男が、雷撃のうちの一本を何かの魔法で弾き、意識を保った。
「……やるじゃん。さすが第8クラスだね」
「うるせえ。……なんでお前みたいな奴がこんなクラスにいる?」
俺が微笑みを返し、もう一度放たれた雷撃を見た男は舌打ちをする。そして呻き声をあげて、意識を手放した。
「ふぅ。後はこいつら叩き起こして口止めか……。やばっ、あの子に聞かれたかな」
そう思い、白髪の少女を探すと、大蛇の近くに倒れていた。慌てて駆け寄り顔を見ると、少女は顔を歪めていた。
「ちょ、どうしたんだ!?」
「大技使っちゃって身体が動かないんだよ……ってきゃあ!?」
倒れた大蛇を見ると、胴体から千切れていた。
「なんもしてないじゃん!?」
耳を触られたことで、だいぶ俺を警戒している。
しかし、大技を使った反動で身体が動かないだけなら一安心だ。
ただ、何もしていないのに悲鳴をあげられるのはいただけない。
「や、やめてよっ、動かない女の子にイケナイことするなんて最低だからね……」
耳をビクビクさせて、瞳を潤ませて見られるとなんというか……庇護欲が出てくるな……。
「そんなことするわけないじゃん……いや、したんだけど」
「……し、仕方ないから信じてあげるけどっ」
ツーン、という感じで言い放たれ、予想外の言葉に思わず笑みがこぼれる。
「ありがとね」
「うっ……うん」
「ちょっと待ってて。用事済ましてくるから」
会話が途切れたため、俺は倒れている連中を口止めしに向かった。
少女の顔が少し赤かった気がするが、大丈夫だろうか。
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