第十五章

 「藤堂」との電話を切った後、涼介は倉庫の中にある部屋の扉についている小窓から閉じ込められている子供を眺めた。

 Tシャツにジーパンと言うラフな格好をしているその子供は、後ろ手にロープで縛られ、口にはガムテープが張られている。両足も縛られて完全に自由を奪われている。

 連れてこられるまでに抵抗したのか、ただ単に殴られたのか、眼尻を切って血が少し滲み出ている。腕からも血を流しながら子供はぐったりとしていた。

「おい、大丈夫か?」

 周りに他の誰もいないことを確認して、涼介は小さな声で子供に声をかけた。

 涼介の声にピクッと反応した子供は、床に横たわったまま、顔を涼介の方に向けた。

 顔はまだ幼いが、顔や腕はよく日焼けしていて黒く、がっちりとした体格だ。 目つきは鋭い。さすが大物ヤクザの子供、と言っていいのだろうか。涼介を睨んでいる。

「大丈夫だ。夜になったら助けてやる。それまで待っていろ」

 涼介の言葉に驚いた子供は、小窓から覗く涼介の目をまじまじと、言葉の真意を確かめるように黙って見つめていた。

 涼介は腕の時計を見ると、時間は午後三時すぎ。暗くなって助けに来るとなると夜中の十二時過ぎだろうか。それならあと九時間以上ある。

「腹は減ってないか? まあ今減ってなくても食える時に食っといた方がいいと思うがどうだ? 食べるか?」 

 涼介の優しい囁き声に、警戒しながらも子供は軽く頷いた。

 涼介は、よし、待ってろ、と言って部屋から離れて倉庫の入り口まで走り、外を覗いた。ざっと見て三人ほど倉庫の外を男達が見張っている。

 そのうちの一人に涼介は声をかけた。

「あの~、スミマセン」

 一番近くにいた男が倉庫の中から覗いている涼介の方を振り向いた。

「なんだ? しっかり見張っていろ」

「いえ、ここでずっと見張っているように言われているんですが、私、昼飯食べ損ねているんですよ。夜通し見張っていますから、申し訳ないんですが、会社に置いてあるパンかなにか、いただけると有難いんですが」

 涼介は下手に出て男にお願いした。

「しょうがねえな。まあ俺達もどうせ後で何か食わなきゃいけないからな。ちょっと待ってろ。持って来てやる」

 そう言って男は他の見張りの男に声をかけて、その場を離れた。

 しばらくしてビニール袋を持ってきた男はその中から菓子パンを四つほどと缶のジュース数本を取り出して、涼介に渡した。

「これで最低、朝まで我慢しろ」

 涼介は頭を下げて礼を言い、倉庫の奥の部屋に戻り、鍵で子供が閉じ込められている部屋の扉を開けて中に入った。

 横たわっていた子供は涼介が入ってくると怯えた。

「静かにしていろよ。見つかるとひどい目に会うから大人しく食べて飲め。いいな」

 そう言って涼介は子供の口のガムテープをゆっくり途中まで剥がした。そして菓子パンを千切っては口の中に入れてやり、ジュースの缶を開けて飲ませてやった。

「手足を自由にしてやれたらいいんだが今は駄目だ。逃げる時には外してやるから我慢しろよ」

 そう優しく言いながらパンを食べさせてくれる涼介に対し、子供は警戒心を徐々に解いていき、素直に静かにパンを食べ、ジュースを飲んだ。

 お腹が減っていたのかパンをバクバク食べる子供を見て微笑みながら、菓子パンを二つ食べさせた後、

「残りはまた後でな。もしもの為に取って置くから」

 涼介はパンとジュースを部屋の片隅に隠しておいた。

 一度、扉の外から覗いて倉庫の中には誰も入ってこないことを確認すると、涼介は子供に話しかけた。

「俺は涼介。訳あって多賀見組の下働きみたいなことをしているが、お前の敵じゃない。

 詳しくはここを無事出してやってからしてやるが、俺を信じろ。いいな。逃げる時は一瞬が勝負だ。躊躇せず俺の指示に従ってくれ」

 真剣な目で見つめる涼介に子供は頷いた。そして

「僕は兼次。ありがとう」と小さな声で言った。涼介はニヤッと笑い返した。

「よろしく、兼次」

 涼介が挨拶を返したその時、ガタッと倉庫の外で小さな音が聞こえた。すばやく涼介はガムテープを兼次の口に貼り直し、部屋から出て鍵を閉めた。

 扉の外で何もなかったように座っていた涼介の所に、多賀見組の男が数人入ってきた。一人はたしか組の若頭だったはずだ。他には先ほど兼次を連れてきた男達がいた。

「ちゃんと見張っていただろうな」 涼介が頷くと

「開けろ」 男の一人が涼介にそう命令した。

 涼介が兼次のいる部屋の鍵を開けると、若頭他二人が部屋の中に入った。他の男達は部屋の外で待機している。涼介も同じ様に部屋の外で待っていた。

 部屋の扉を開ける時にちらりと中を除くと、兼次は大人しく横たわってじっと目を瞑っていた。

「おい、起きろ!」

 そう言って人を蹴り上げる音が聞こえた。おそらく若頭が兼次を蹴ったのだろう。

「グウッ!」 ガムテープに口を塞がれたままの兼次は蹴られた痛みで唸った。

「何だその眼は。ガキのくせに生意気な面、してんじゃねえ!」

 もう一度蹴り上げる音が聞こえた。兼次が一度蹴られて最初に涼介を睨んだ時の様なあの鋭い眼でおそらく若頭のことを睨んだのだろう。

 もう一度蹴り上げる音が聞こえた。その度に苦しむ兼次の唸り声が聞こえた。

「恨むんならてめえの親父を恨め」

 そう言ってもう一度若頭が兼次を蹴り上げようとして足を振りかぶった時に

「あの~」と涼介は部屋を覗き込みながら間抜けな声をだして若頭に呼び掛けた。

 涼介の声に気を削がれたのか、若頭は兼次を蹴る足を止めた。

「なんだ、てめえは! 邪魔してんじゃねえ!」

 若頭の隣にいたもう一人の男が涼介を睨みながら怒鳴った。

「ああ、スミマセン。いやそいつはここで処分するんですか?」

 涼介の質問に怒鳴った男は更に怒りだしだ。

「それがどうした! お前には関係ねえだろ! 黙ってろ!」

「いえ、ここで処分するのはちょっと、と思いましてね。ここは拳銃も薬も置いてあって結構組関係の皆さんが出入りされている倉庫ですから、ここで処分したりしてそいつの血が床に残ったりすると後でまずい事にならないかな~って思いまして。スミマセン、余計な事を言いまして」 涼介の言葉に怒鳴っていた男を若頭は手で制して少し考えた。

「そうだな。ここは一旦こいつを拉致して隠しておくだけの場所だ。処分は別の場所でやる予定だからな。確かにここにこいつの血痕が大量に残っていたら後で面倒になるかもしれん」 若頭はそう言った後、

「まあ、こいつを切り刻むのは後のお楽しみだ。ここにもうしばらく置いておけ。明日にはまた別の場所に動かす。こいつの親父の反応次第でな」と付け加え、

「しっかり見張ってろ」と涼介に指示して部屋を出て行った。

 涼介を怒鳴っていた男は、部屋を出る時に涼介の顔をいきなり殴った。たいした威力ではなかったが、涼介は大げさに床に倒れた。

「てめえ、逃がしたら殺すぞ!」涼介を殴った男はそう言い残して倉庫を出て行った。

 男達が車に乗って倉庫を立ち去った音を確認してしばらく時間をおいてから、一度閉めていた部屋の扉を静かに開けた涼介は、兼次に歩み寄り

「大丈夫か?」と声をかけた。

 蹴られたはずみで口からガムテープがはがれていた兼次は、

「俺は大丈夫。助けてくれてありがとう。涼介さんこそ僕のせいで殴られて大丈夫でしたか?」小さな声で涼介を逆に心配した。

「お前いい奴だな。おじさんはあれぐらい大丈夫だ」

 そう笑った涼介は、兼次の頭を撫でた。 

 あたりが暗くなり、夜の十時を回った頃、涼介の携帯が鳴った。電話に出ると、相手は「藤堂」だった。

「涼介。今から五分後に組織の仲間の警察が、その倉庫に駆け付ける。そいつらが倉庫の中から拳銃の音が聞こえたという通報があったという理由で倉庫に入ろうとする。そうしたら倉庫の裏口から子供を連れて逃げろ。子供の手足が縛られているなら、足だけ外して一緒に逃げろ。裏口には組織の仲間がいるから、そいつに先導してもらって逃げるんだ。いいな。万が一に備えて拳銃は保持しておけ」電話は一方的に切られた。

 時計で時間を確かめながら兼次の足を結んだロープを外し、兼次に状況を説明した。

「良いな。お前は一言もしゃべるな。俺の言うとおりについてくればいい」

 その時、倉庫の外が騒がしくなった。「藤堂」の手配通り、組織の仲間が騒いでいて、組の連中と倉庫に入れろ、入れるなと押し問答しているのだろう。

「こっちだ!」

 倉庫の裏口から兼次を連れて出た涼介は、暗闇の中で二人の男がいることに気づいた。一人は明らかに多賀見組の男だ。一度見たことがある。もう一人の男の顔に涼介は覚えが無かった。しかしこいつもヤクザの様な顔をしている。

 ― どっちが組織の人間だ? 二人ともそうか? 二人とも違うのか?

 多賀見組の男だと言っても組織の人間でないとは限らない。涼介の知らない所で仲間が潜伏している場合もある。そう「藤堂」からも教えられた。

 とりあえず涼介は二人に向かって言った。 

「入口に警察が来ている! こいつが警察に見つかると若頭に殺される! 早く別の場所に移さなければ!」兼次を連れて、倉庫の入り口とは逆の方向に涼介は走った。

「それならこっちだ!」

 見知らぬ男がそう言って走った。涼介達は先頭を走る男について行く。もう一人の多賀見組の男は黙って一緒についてきた。

 多くの倉庫が立ち並ぶ横浜の倉庫街を、わずかに照らす街灯の明かりの中、涼介達は疾走した。

 しばらくまっすぐに走っていた所で、涼介達の後ろを走っていた多賀見組の男が、涼介の腕を取って突然倉庫の横道に逸れた。

「「藤堂」さんの指示だ」

 小さな声で囁いたその言葉を聞いた涼介は、この男が組織の仲間だと理解した。先頭を走っていた男は多賀見組の別の男だったようだ。

 先頭を走っていた男は、途中で涼介達がついてきていないことに気づき、走っていた道を戻り、涼介達を見つけた。

「待て! こら! どこへ行く! 逃げるな!」

 そう怒鳴りながら追いかけてくる。立ち並ぶ倉庫の間を右に左に走る男の後をついて走っていた涼介達の目の前に、別の多賀見組の男二人が立ちふさがった。

「お前ら、何逃げてんだ!」

 怒鳴った男達のうちの一人が涼介の隣にいた兼次を捕まえようとしたその瞬間、涼介は男の顎に鋭く正拳突きを入れた。顎が砕けたような音がしたと思うと、男はその一発でひもの切れた操り人形のように崩れ落ち、意識を失った。涼介の小学生から鍛えてきた空手の成果がここで出た。

「てめえ、ぶっ殺す!」

 もう一人の男が涼介に殴りかかった。体格では涼介より圧倒的に男の方が大きい。

 涼介は男のパンチをボクシングのように軽く潜り抜け、男の懐に素早く潜り込み、今度は肘で相手のみぞおちを突いた。

 突かれた腹を押さえて体を九の字に曲げて苦しむ男の側頭部に涼介は強烈な右回し蹴りをいれた。

 脳震盪を起こしたその男も先ほどの男の様に意識を失って、ゆっくりと地面に倒れた。

 あっという間に二人の男を倒した涼介のすさまじい空手の威力に兼次が呆然としていたところを、背後から追いかけてきた男が掴みかかってきた。

「捕まえたぞ!」

 兼次は男に腕ごと抱き締められた。しかし武道を少しばかり習っていた彼は、とっさにかかとで男の足の甲を思いっきり踏みつけた。

「ギャッ!」

 男が痛みで思わず兼次を捕まえていた腕を緩めたため、体ごと突き上げて男の顔面に頭突きを入れた。

「グワッ!」

 掴んでいた腕を離し頭突きされた顔を抑える男のこめかみに、涼介は再び強烈な右回し蹴りをいれた。

 この男もその一発で気を失い、地面にうずくまった。

「お前もなかなかやるじゃないか」

 涼介に褒められた兼次は思わず顔を赤くした。

「これに乗れ!」

 声がする方向を見ると車が一台止まっていた。車の運転席には別の組織の男が座っている。多賀見組に潜入していた組織の男はその場に残り、涼介と兼次だけが車の後部座席に乗り込むと、車は発進しその場を離れた。

 無事倉庫街を抜け街中を抜けた所で、涼介はやっと安心して兼次の手を縛っていたロープを切って自由にした。

「無事、逃げられたな」

 涼介が兼次の頭を撫でながら笑った。この時、緊張していた糸が切れたのだろう。彼は涼介の胸の顔をうずめ、声を殺して涙を流した。そうだ。ヤクザの息子だと言って強がっていたとしてもこの子はまだ中学一年生だった。やはり恐ろしかったのだろう。

 涼介は肩を震わせる兼次の頭を黙って抱き締めた。

 

 兼次の命を救って川竹組に連れてきた涼介に、幹部である彼の親父は人目をはばかることなく涙を流して喜び、頭を床につけて土下座してまでお礼を言った。

 その後、「藤堂」からの申し出を正式に受けた川竹組の幹部達は、涼介達の組織の味方になることを約束してくれた。その証として後藤兼次自身を涼介に預けることまでした。

 兼次には、川竹組幹部直属の裏部隊二十名とその配下にいくつかの中堅の組までつけられた。その後兼次は涼介のもとで働くことになり、また彼の父は川竹組では大きな力を持つ大幹部にまでなり、涼介達の組織とは切っても切れない深い関係を持つようになった。

 一年以上多賀見組に潜伏していた涼介を引き剥がしてまで仕掛けた「藤堂」の思惑は見事に当たった。いやその思惑以上の成果を組織に与えた。兼次を救出したことで、多賀見組に潜入し続けることができなくなった涼介ではあったが、代わりに川竹組の全面協力を得て、多賀見組に潜入させた組員から幼稚園事件の真相を探り出すことに成功したのだ。

 多賀見は無言の圧力を榎木判事にかけるため、榎木親子殺人計画を立てた。

 最初に、通り魔殺人の被害者に見せかけるため、精神科に通う患者をリサーチして症状がそれほど深刻でないテルユキに白羽の矢を立てた。

 テルユキが、榎木親子が通う幼稚園の近くに住んでいることやその家族構成を調べた多賀見組は計画した。そしてテルユキの家族をテルユキの目の前で妹以外皆殺しにして、妹を人質にして榎木親子の殺害計画を持ちかける。

 テルユキは精神科に通院していると言っても症状は軽いため、理解力はあると見ていい。抵抗するようであればまた別の患者を探せばいいだけだ。そしてテルユキが幼稚園で榎木親子以外にもダミーで何人か切りつけたり殺したりすれば榎木親子を狙っての犯行だとは思われにくい。

 さらに事件が一通り終わった時には、幼稚園の場所を管轄にしている警官で、借金で首が回らなくなっている羽山という巡査がいることも調べていた多賀見組は、羽山をいいくるめてテルユキを射殺してもらえば、死人に口なし、妹も殺しておけば精神異常者による一家殺人及び無差別殺人の完成、となることを考えた。

 羽山は前金として借金をある程度返す金を渡し、後で成功報酬として大金を渡す約束をして後始末すればいい。

 犯行の実行日は羽山の勤務時間中でまた大雨が降る日が良いだろう。いろんな証拠が雨で流されることと、テルユキ親子を殺すのも雨の音で近所に声が聞きとられない日がいい。ちょうど都心では東京サミットに備えて厳戒体制が組まれ多くの警官がその応援に駆り出されている分、郊外における防犯体制が甘くなっている。多賀見達は作戦の大筋が決まった所で、あとは実行日を天気予報と羽山の勤務時間で考えればよかった。

 そんな時、途中で羽山が妙な事を言い出した。どうせ人を消すのであれば、もう一人処分したい男がいると言うのだ。それが涼介の父、岸大介だった。大介は羽山が多賀見組からの前金で借金の一部をギャンブルで儲かったことにして返済したことを調査しており、かなり詳しいことまで調べ上げているという。

 そこで多賀見組では大介の身辺調査をしたところ、大介が息子に付き添って学校の進路相談に行く話を羽山が聞いており、そこから事件に大介も関わるようにさせるために、梅雨の時期、前日の夕方から大雨が降る、涼介の進路相談の日を作戦実行日に決めた。通常なら警官が休みなどとれない時期ではあるが、羽山を通じて必ずその行事に参加させるよう仕向けさせた。

 計画通り、その事件の日に大介は息子と一緒に現場近くを通り、さらに大介が犯人に致命傷を負わされるという幸運もあって、羽山は犯人のテルユキと大介の射殺に成功した。羽山は多賀見組の協力を得て、射撃訓練も非合法な場所で何度も繰り返し行っていたほどその日に備えていたという。

 計画通り進んだ後は、羽山を退職させ、多賀見組は羽山を引き殺して処分した。

 川竹組の協力を得た組織は、テルユキの家に侵入して一家を殺害した多賀見組にいた坊主頭の男を含めた六人の実行犯と、榎木一家やテルユキ一家から情報収集して事件当日の連絡係をするなど事件に関わった他の男達が組長やその時の幹部を含め十人。計十六名が羽山巡査を博打で追い込み、事件に関わらせた上で始末したのもこの男達であることを確定させた。

 この男達を特定するまでに十年の月日がかかった。その間、別の構想や事件、病気などで亡くなった男達を除いた全ての人間は組織によって何らかの社会的制裁を受けさせた。

 実行犯の主犯核の坊主頭の男だけは、川竹組によって組同士の抗争に巻き込まれたように装って闇に葬られた。

 後は、河原源蔵をどう葬るかが涼介達組織の長年の問題であったのだ。

  

 これら全ての調査を十年以上かけて調べ上げた涼介は、早くから黒幕の一人と判っていた河原源蔵を陥れるために並行して調査をしている中で、河原圭という、源蔵の息子とは思えない異質な存在がいることに気づき、味方につけるべく早くから圭への接近を試みた。これには組織の一員であった譲二と、途中から榎木智子も加わって行われた。

 涼介は河原達の調査を進めながら、自分の自由な時間を作る為に警察をやめて『セイフプレイス』のNPO団体の職員となり、一方で新たに仲間になった後藤兼次と香川謙太郎で『騎士探偵事務所』を設立したのだ。実態は『セイフプレイス』の裏の調査部隊であり闇の仕事を行う特殊部隊となった。

 組織が決めた決定は、河原源蔵、そしてその息子河原浩司への社会的制裁に加えて河原家の違法取引などの政治的秘密情報とそこから不当に得た莫大な隠し財産を組織が手に入れる、ということになった。

 源蔵の長男である圭に関しては、源蔵に対して決して協力的でないことから、できるなら河原家への制裁から外される方針となったが、源蔵側につく可能性も考え、秘密情報や隠し財産を相続できるようにするため圭に組織の人間が近づき、彼の子供を産むという作戦が採られた。

 そうすれば、将来的には河原源蔵の財産を相続することになるからだ。次男である浩司が結婚し、そちらにも財産が移る可能性もあったが、社会的抹殺などから将来相続できないよう仕向けるということも組織では考えられていた。

 圭の子供が相続を受けるのは、遅ければ何十年とかかってしまう気の長い話ではあるが、ここまですでに三十年を費やした組織としては、これからの何十年も長くはない。

 組織の目的は被害者が加害者に対して単純に復讐するというものではない。隠れた犯罪者を追い詰めることは行うが、その復讐は被害者の生きている時に行わなければならない、という時間的制限はない。

 将来、何十年かかろうとも犯罪者には何らかの制裁を下し、そしてその犯罪者が不当に得た財産などを組織が得ることにより、被害者集団を経済的に支援し、また新たな犯罪被害者を生むことを防ぐ、または新たな犯罪被害者の復讐の為の作戦費用として使用することが組織の大きな目的の一つとなっている。

 こうやって得られた資金によって、譲二のように幼くして両親を亡くした子供の教育、生活資金として使われ、またこれから幼くして全く身内がいなくなってしまう河原圭一のような子供を組織は育てていくのだ。

 組織に育てられた子供達は、大人になれば社会に出て働いて稼ぎ、その収入の一部を組織に寄付して還元しながら時として組織の為に働くことをする。

 譲二や謙太郎のように社会的に大きく成功して大きくお金を稼いで組織に寄付して、さらに組織の一員として働く者もいれば、涼介や兼次のようにもっぱら組織の為に働く者もいる。

 もちろん、今回の生保の外務員であった菅沼ひとみと河原浩司をからませて二千万円を騙し取った時に使ったエキストラの様な協力者達のように、普段は普通に働きながらほんの少しだけ作戦に協力している仲間達もいる。

 その仲間も全てこの何十年もの間、生み出された隠れた犯罪被害者遺族本人であったり、その子供、孫達であったりするのだ。

 中国語で潜規則チエン・クイ・ツア、「見えないルール」「闇(裏)のルール」と言う意味の言葉がある。組織はこの「潜規則」によって運営されている。組織は裏の非合法な組織だ。 

 組織はその運命を受け入れていくしかない。綺麗ごとじゃない。善人ブルつもりもない。英雄気取りもしない。あくまで悪人だ。悪の組織だ。ただ組織は必要悪だと思っている。悪がこの世に無くならないように、組織も生き続ける。しかし組織には組織のルールがある。手段は選ばない。しかし私利私欲に走らない。それが組織の「潜規則」だ。

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