第15話 15、会津磐梯山登山

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 4月になっても相物性講座には4年生も大学院生も入って来なかった。

歓迎会も無く、上坂とマリアは落ち着いた日々を送っていた。

 研究者マリア・ダルチンケービッヒは研究生になって2年目の7月初旬には3報目の論文を書いて投稿した。

2報目の論文の続編だった。

超遠心機による遠心加速度に対する試料の変化量に関する実験だった。

その論文でマリアは「試料に変化を与える遠心加速度には閾値(しきいち)が存在する」と主張した。

 続編の論文は通りやすい。

測定試料についても測定の実験系についても前の論文で認められているためか、査読者は安心して論文を査読することができる。

マリアの論文は修正なしでアクセプトされた。

 上坂大地はオートバイでの北海道旅行を計画していた。

大学院卒業後の就職先もいずれ確実に決まるだろうし、オートバイ旅行は大学を卒業した時からの計画だった。

 「上坂さんは夏休みを取ってオートバイ旅行をしようとしているようね。」

マリアは二人を分けている書庫越しに上坂に声をかけた。

「分かってしまったかい。」

「そりゃあ、何となくね。就職先は決まったの。」

「ほとんど決まった。警察庁にいくと思う。」

「まあっ、警察官になるのね。上坂さんは色々知っているし強そうだから適しているかもね。」

「サンキュー。どこでもよかったんだけど仕事が分かりやすそうだったから。」

 「旅行先はどこ。教習所で話していた北海道なの。」

「そうだ。でも東京からフェリーで苫小牧に行くか高速道路で函館に行くかで迷っている。」

「それは旅行の目的によるわ。例えば北海道のめぼしい山を全て踏破するような目的なら両方の利用がいいわ。確か、駒ケ岳は札幌より南にあるわ。」

「なるほど。全山踏破か。考えなかったな。道路をオートバイで走ることだけを考えていた。」

「道路を風切って走ることも楽しそうね。でも山に登って山の息吹に触れるのも楽しそう。」

 「ほー。ところで、マリアさんは空中を飛べるのだろ。登山したことはあるのかい。」

「一度もないわ。山の頂上なんて一飛びで行くことができるし、山道を歩く必要はないわ。」

「ふーん。じゃあ、山の息吹に触れたことがないんだ。」

「一本取られたわね。確かに山道はこの辺りの風景とは違うでしょうね。面白そう。」

 「・・・マリアさん、一緒に行かないか。」

「えっ、上坂さんと。」

「マリアさんは僕より圧倒的に強いし、僕がおかしくなってマリアさんを襲うこともない。僕もマリアさんがいれば安心だ。そんなことより、ずっと話をすることができる。」

「まあ、それもいいわね。・・・いいわ。一緒にオートバイ旅行をしましょ。登山付きでね。」

「了解。最高だ。ほんと。最高だ。」

 上坂大地は詳細な旅行計画を立てた。

日程は11日間だった。

お金持ちのマリアは上坂にインカム一体型のヘルメットをプレゼントした。

お揃いの白のヘルメットで上坂には顎の部分が開閉できるシステムタイプのヘルメット、マリアはジェットタイプのヘルメットにした。

風防のあるマリアのバイクではフルフェースタイプは必要なかった。

これでツーリング中でも会話できる。

 上坂が計画を作っている時マリアは言った。

「上坂さん、一つ旅行先を加えて欲しいのだけどいいかしら。」

「いいとも。マリアさんのご希望地はどこだい。」

「北海道ではないんだけど、東北道の途中にある磐梯山に登ってみたいの。」

「会津磐梯山かい。なぜだい。」

 「私を作ったのはイスマイル様。イスマイル様のお父様は川本五郎様。川本五郎様を作ったのは川本三郎様なの。川本三郎様は会津磐梯山でUFOを目撃したのですって。私の直感なんだろうけど、会津魁斗さんの名前を聞いた時、会津磐梯山の名前が浮かんだの。同じ会津でしょ。会津魁斗さんが地球人以外ならオーラが無いことも、そうかもしれないって納得できる。身を隠す様に居なくなった理由も何となく納得できるわ。」

「会津魁斗か。変な男だったよな。力があるくせに隠していた。OK、1日追加して磐梯山登山を組み込もう。」

「ありがと。」

 夏のある日の早朝6時、二人は旅行に出かけた。

二人のオートバイの両側と後部席には夏山登山の必需品と簡単な野営用用具が積まれた。

旅行での宿泊はホテルや民宿を予約してあったが、山での非常の場合を想定して野宿の用意もしたのだ。

もちろん高性能雨具も準備してあった。

 二人は都心を抜けて東北高速道に入り、時速200㎞で走り、1時間で郡山に到着した。

郡山ジャンクションで磐越自動車道に入り、磐梯河東インターチェンジで一般道に入り、8時には最も標高が最も高い駐車場の磐梯山八方駐車場に到着した。

駐車場にはすでに数十台の自動車が駐車しており、その何台かでは登山者が車の扉を開けて登山の準備をしていた。

 マリア達は駐車場の一番奥にオートバイを停めた。

上坂がマリアに言った。

「マリアさん、僕はここで登山服に着替えることができるがマリアさんはこのままでは着替えにくいだろ。僕がターフを張っていてあげようか。」

「心配してくれてありがとう。大丈夫、心配しないで。それより驚かないでね。」

「驚くって何だい。」

「見ていれば分かるわ。」

 そう言ってマリアはオートバイから登山用の洋服と小さな風呂敷を取り出し、バイクと駐車場の柵の中間に行き、風呂敷を地面に敷いてからシースルーケープを広げた。

マリアの姿は頭から消えていき、風呂敷だけが残っていた。

やがて風呂敷にはマリアの着ていたつなぎが空中から落ちて来て、しばらくするとマリアが脚側から姿を現した。

マリアは登山服に着替え終えていた。

 上坂は驚いた顔でマリアを見つめて言った。

「驚いた。マリアさんは消えることができるのかい。」

「そうなの。シースルーケープって言ってね、イスマイル様が発明されたの。欠点はシースルーケープの中は光が来ないので真っ暗なの。さっきは暗闇でつなぎを脱いで暗闇の中で登山服に着替えたわけ。」

「透明マントか。すごいな。」

「いずれアクアサンク海底国の兵士は全員装着する様になるわ。」

 「どういう仕組みなんだい。」

「ケープの材質が重要らしいわ。ある角度でケープに入った光はその進行方向に来るとケープを出るんですって。だから光は繊維の中を通るってわけではないのだと思うわ。だって可視光が繊維分子の中を通ったら光は当然吸収されてしまうでしょ。おそらく全反射を利用しているのだと思う。」

「イスマイル・イルマズか。天才だな。」

「尊敬しているわ。」

 登山の準備ができるとマリアはオートバイに跨(またが)り、再びケープを広げてオートバイごと消え、空中に浮遊してオートバイを柵の外側の崖の下に運んだ。

上坂のバイクもケープを広げて消えてからステップを足の甲で支えハンドルを掴んで崖下に運んだ。

「これで誰も悪戯(いたずら)はできないわ。登山に行きましょうか。」

マリアは姿を現し、当然という調子で言った。

上坂は呆れ顔で「了解」と言っただけだった。

 二人は駐車場を横切って登山口から登山を開始した。

登山道が広い場所では上坂とマリアは並んで歩いたが山道が狭くなると上坂が先頭で登った。

上坂大地は健脚だった。

汗もほとんどかかずに健脚ペースよりも早い速度で登って行った。

もちろんマリアには何の問題も生じなかった。

マリアは広いブナ林の中の道で「これが山の息吹ね」と言いながら楽そうに上坂と歩いた。

 二人は「中の湯跡」で短時間の休憩を取り、1時間でお花畑に達した。

「素敵な場所ね。」

マリアが辺りを眺めながら言った。

「林道もいいけど、山は何と言っても見晴らしのいい場所がいい。」

「そうね。・・・あっ、ここだわ。左側が崖になっていて小高い丘越しに山々が連なっている。」

「何だい、それは。」

 「川本三郎様がUFOを見た場所。左の崖の向こうに山々が連なっているでしょ。だいたいあの辺りにキャノピー付きの紡錘型の飛行物体が写真に写っていたらしいわ。方向は左上から右下への線上。」

「ふーん。大きさは。」

「分からないわ。遠近が分からないから。重要なことは水平飛行ではなかったってこと。上昇していたのか降下していたのね。だからこの辺りにはUFOの基地があるかもしれないわ。」

「ふーん。いつのことだい。」

「東日本大地震の半年前よ。」

「なるほど。この辺りに基地があるならもうすぐ来る地震調査のため危険を犯して真昼間(まっぴるま)に飛んでいたんだろうな。」

「そうかもね。」

 二人が弘法清水の休憩所に着き、上坂が水場で水を飲んでいた時、店屋の若者がマリアに言った。

「お嬢さん、えらく早く登ったね。登山口からたった1時間半しかかかってないよ。」

「あらっ、そんなことがどうして分かるの。」

「登山口にはカメラがセットされていてね、登山者と装備と時間を記録しているのさ。遭難防止。お嬢さん達のアベック登山は分かりやすかったからね。軽装備だったし。」

「私たち登山道を駆け上がって来たの。軽装備だから。」

「それにしてもお嬢さんは汗ひとつかいてないんですね。すごいな。」

 そんな話をしていると上坂が水場から戻って来た。

「どうしたんだい、マリアさん。」

「私たち短時間で登って来たんですって。普通は健脚で1時間50分のところを1時間半でここに到着したそうよ。中の湯跡では休憩を取ったのにね。」

「そうだろうな。・・・店員さん、実を言うと僕らはね、スーパーマンとスーパーウーマンなんだ。めったにいないよ。こんなスーパーペアは。ふっふっふっのふ。」

 「そうらしいですね。でもそんなに珍しいことではない様ですよ。この店を開いて直ぐの頃だったかな。大柄な男の方がお客さんと同じ1時間半で登ってきたことがありましたよ。無愛想なお客さんでね、僕が健脚を褒めると僕を睨(にら)んでから直ぐに頂上に登って行きましたよ。」

「ふーん。そんなスーパーマンがこの世にいたんだ。スーパーマンの大安売りだな。」

 「今日は日帰りですか。」

「日帰りだ。スーパーマンは忙しいからね。」

「どうぞお気をつけて、スーパーアベックさん。」

「サンキュー。」

 弘法清水から頂上まではあっという間だった。

マリアと上坂大地は記念撮影してから山頂を一巡し、下山を開始した。

二人は山の息吹を感じようとしながら山道を下り、正午前には八方駐車場に到着した。

往復4時間の登山だった。

 駐車場には人が少なかった。

会津磐梯山には宿泊できる山小屋が無いので宿泊する登山者は周辺の宿に宿泊する。

正午あたりは出発する登山者も到着する登山者も少ない。

マリアはオートバイを谷から引き上げ、シースルーケープの中で素早くライダースタイルになった。

上坂も茂みの中でライダースタイルに着替えた。

 二人のライダーは東北高速道に戻り、青森を目指してツーリングを開始した。

上坂の昼食は途中のサービスエリアで取ることにした。

マリアと上坂は安達太良サービスエリアで休憩し、上坂は大型の昼食を取った。

二人は大した休憩時間も取らずに再び高速ライダーになって450㎞先の青森を目指した。

 東北高速道は幹線道路なので片側が4車線になっており、速度は無制限だ。

高速で走る時は内側の3車線目を走行する。

内側の4車線目は追い越し車線だ。

マリアと上坂は郡山に来るときは時速200㎞で来たが、安達太良サービスエリアを出発してからは時速を250㎞にあげた。

風速70mだ。

風防のない上坂は襲いかかる風圧と戦うことを楽しんだ。

 「マリアさん、調子はどうだい、」

上坂はインターカムでマリアに声をかけた。

「安定してるわ。でもこのバイクのエンジンではこのスピードが限界ね。性能的には時速300を超えることができるはずだけど風防の圧力が相当強いみたい。」

「少し落とそうか。」

「ううん、もっと早くしてもいいわよ。」

「でも、マリアさんのバイクは限界なんだろ。」

 「私の体には重力制御パネルが着いているでしょ。今は重力遮断を切っているから私の体重は200㎏。進行方向に加速すれば重力加速度が進行方向に加わるの。バイクのハンドルを押す形になるのね。どれくらいになるかは分からないけど、・・・ちょっと試してみるわね。加速車線で加速してみる。」

「大丈夫かい。」

「ダメそうならバイクを浮遊させてしまうから大丈夫。」

 マリアはゆっくりと加速車線に入り、ハンドルをしっかり握って自分の体を前方に加速した。

マリアのオートバイは突如スピードを上げ、あっという間に上坂のオートバイを抜き去り、見えなくなった。

「マリアさん。聞こえるかい。」

上坂の声がインターカムから叫んだ。

「聞こえるわ。スピードを落とすわね。」

「すごい加速だね。まだ見えてこない。250キロも出してるのに、僕は止まっている様な気がしたよ。」

「私の加速度は重力加速度に近いから空気の抵抗と拮抗するまで加速できるの。でももう止めるわ。空中を進んでいるのと同じになってしまうの。風を楽しむツーリングじゃあないから。」

「了解。」

マリアと上坂は2時間で青森に着いた。

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