第12話 12、歓迎会
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ソフトボール大会のしばらく後で上坂大地がマリアに言った。
「マリアさん、マリアさんが飲食しないってことは知っているけど歌はどうなんだい。」
「いままで歌を歌ったことはないわ。どうしてそんなことを聞くの。」
「馬場先生から僕とマリアさんの歓迎会を開くように言われた。歓迎会は本来は教室の先輩たちがそれを企画するらしいんだがこの講座には僕たち二人しかいないだろ。自前で自分らの歓迎会を計画しなくてはならないんだ。」
「まあっ、それは大変ね。歌は練習するわ。一週間もあれば歌えるようになると思う。」
「そいつは凄いな。マリアさんの声は口から出ているけど喉にスピーカーでも付いているのかい。」
「いいえ。声は人工声帯から出しているわ。私の声は私のもの。アクアサンク海底国のロボットはみんな違う声で話しているわ。私たちは声帯と口の形と舌の形で発音するの。人間と同じ。イスマイル様はできる限り人間と同じになるようにロボットを設計されたの。人間と違うのは声を出す時の空気は出すだけなの。人間のように息を吸いながら声を出すことはできないわ。」
「了解。僕の考えなんだけど、僕たちの歓迎会はカラオケ店に行ってからボーリング場でゲームをすることにしたらどうだろうか。カラオケ店では料理は出るが軽いスナックと飲み物だけだ。ボーリング場では馬場先生と岡田さんはボーリングを楽しめばいいし、僕とマリアさんはボーリングの試合をすることができる。」
「上坂さんとボーリングゲームで試合するの。」
「僕は学生時代には遊びまわったからね。ボーリングには少し自信があるんだ。」
「いいわ。手加減しないわよ。」
「望むところだ。ボーリングは奥が深いんだ。マリアさんでも手こずると思うよ。」
「楽しそう。」
マリアは見誤った。
歌を覚えるには歌を聞かなければならない。
歌を聞くには時間がかかる。
楽譜を見ても歌の感じはなかなか伝わらない。
早送りをしても歌の感じは変わる。
カラオケに入っている曲は多い。
数週間かけても時間が足りない。
結局、マリアは歌ってみたい歌だけを覚えることにした。
週の半ばの水曜日、午後5時になると相物性教室の面々は近くのカラオケ店に行った。
カラオケ店は馬場教授のおごりでボーリング場は各自の支払いとなっていた。
カラオケ店の部屋のソファーにかけた馬場教授が最初に挨拶をした。
「今年はありがたいことに上坂大地君が教室に来て、しかもマリア・ダルチンケービッヒさんが研究生になってくれた。うちの講座も少しは講座らしくなった。まあ、大学教授は気楽な職業で講義さえしていれば定年までクビになることはない。教室に在学生がいないのは少し恥ずかしいことだが、細々と研究を続けていれば何とか面目は保たれる。だが今年からは大学院生と研究生がいる講座になった。うちの講座も普通の教室になった。実に喜ばしいことだ。上坂君もマリアさんも存分に研究してほしい。」
上坂大地が司会を兼ねて言った。
「ありがとうございました。新入生の僕たちも一生懸命頑張ろうと思っております。今日の予定を先にお知らせしておきます。ビールで乾杯した後に直ちにカラオケを始めます。ここではサンドイッチやつまみ、それとアルコールとソフトドリンクが出ます。カラオケは2時間で終了し、その後、後楽園のボーリング場に徒歩で行きます。ボーリングを2ゲームしてから解散です。それではアルコールが全く効かないマリアさんに乾杯の音頭を取ってもらおうと思います。マリアさん、よろしく。」
「上坂さん、私、『オンド』って分かりません。どうするのですか。」
「一言挨拶してから『それでは皆さんの健康を祈ってカンパーイ』って言ってからビールを飲めばいいんだ。もちろんマリアさんは飲むふりをすればいいよ。」
「了解。・・・アクアサンク海底国の一介の兵士だった私が日本の大学で研究できることができるようになったのは夢のようなことです。それでは皆さんの健康を祈ってカンパーイ。」
皆も「カンパーイ」と言ってビールを飲んだ。
マリアはビールジョッキをしばらく見つめていたが、手に持ったジョッキのビールを口から流し込むように半分飲んだ。
上坂は驚いたようにマリアに言った。
「驚いた。マリアさんはビールを飲めるのかい。」
「少しならね。体の中に溜めておくの。もちろん消化はされないわ。」
「凄いな。でも飲み方が少し変だった。口の上から一気に流し込むんじゃあなくてジョッキを傾けて少しずつ飲んだ方がいいよ。」
「ありがとう。これからはそうするわ。飲めることは知っていたけど液体を飲んだのは今日が初めてなの。」
「マリアさんを作ったイスマイル・イルマズさんはつくづく凄い男だと思うよ。」。
「ありがとう。これからも色々教えてね。」
「OK。」
カラオケは馬場教授が最初に歌い、岡田事務員が続き、上坂は慣れたように歌ってマリアの順番が来た。
上坂が言った。
「えー、先にお知らせしておきます。マリアさんはこれまで歌を歌ったことがなかったそうで、この日のために一生懸命練習したそうです。それではその成果をどうぞ。」
「カラオケに入っている曲を全て覚えることはとてもできませんでした。それで、とりあえずイスマイル様のお父様がトルコでトルコ語で歌った曲を練習しました。最初は『荒城の月』で次の順番が来た時は『古城』を歌おうと準備しました。そしたら上坂さん、『荒城の月』をお願いします。」
「了解。」
マリアはソプラノで「荒城の月」を朗朗と歌った。
マリアの声は澄んだ音色を持ち、その声量は凄まじく、ビールのジョッキは動かなかったが水の入ったコップは共振して水面に輪波が生じた。
マリアが歌い終えると皆は声が出なかった。
「凄い。凄いね、マリアさん。とてもそんな声は出ないよ。声に感動して鳥肌が立った。」
しばらくして上坂大地がマリアを見つめて言った。
「ありがとう。声帯をいつもの会話よりかなり緊張させたから。」
馬場教授も言った。
「僕は音楽は素人だけど僕も鳥肌が立った。そんな声だったら何度でも聴きたいと思うだろうな。」
岡田事務員が言った。
「声だけじゃあないわ。歌もとっても上手。プロのソプラノ歌手みたいだったわ。」
「ありがとうございます。一生懸命練習した甲斐がありました。」
マリアは次の順番の時には「古城」を同じようにソプラノで歌った。
カラオケの伴奏の高さは男性用に低かったが、マリアは伴奏のキーを無視してソプラノで歌った。
マリアの「古城」も素晴らしい歌だった。
マリアの次の順番が回って来た時マリアは「準備した歌がない」と言ってパスした。
マリアの4回目の順番が回って来た時、上坂大地がマリアに言った。
「マリアさん、これでここでのカラオケは最後になる。もう一回歌ってくれないか。もう一度マリアさんの声を聴きたい。どうだろう、何かないかい。同じ歌でもいいよ。」
「んー、同じ歌ではちょっと変ね。そうね、練習した時に聴いて気に入った歌でもいいかしら。練習はしてはいないけど。」
「もちろんいいさ。むしろその方が少し安心できる。」
「まあっ。それじゃあ『早春賦』を歌うわ。古い歌だけどカラオケに入っているかしら。」
「もちろん入っている。僕も好きな歌だ。マリアさんの好みがわかる。」
マリアは「早春賦」をふたたび透き通るようなソプラノで歌った。
早春賦は3拍子の曲だった。
前の二つの歌では直立して歌ったマリアだったが早春賦ではマリアの体は自然にゆっくりと左右に揺れた。
マリアが本当に歌いたかった歌のようだった。
カラオケ店からボーリン場まではそれほど遠い距離ではなかった。
マリア達がボーリング場の受付カウンターに行くと中には周りより少し歳を取っているような男が受付の女性に何かを指図していた。
その男は上坂を見ると喜びを顔に出して言った。
「上坂様。いらっしゃいませ。お久しぶりでございます。今日はお仲間とご一緒ですか。」
「うん、支配人。うちの講座の面々だ。4人だから1レーンだけでいい。頼むよ。」
「よろしゅうございます。上坂様なら中央付近がよろしいですね。」
「まかせるよ。」
「今日も派手に花火が打ち上がりますか。」
「どうかな。最近はやってないからね。」
そんなやり取りを興味深げに眺めていたマリアはボーリングの準備している時に上坂に言った。
「上坂さんはここではお馴染みさんなのね。」
「まあ、昔は遊んだからね。」
「花火が打ち上がるってなあに。ここは室内でしょ。」
「このボーリング場ではストライクが続くとレーンの奥のディスプレイが派手に点滅して大きなドラの音が出るんだ。それを花火が上がるって言うのさ。」
「そうなの。上坂さんはよく花火を打ち上げたのね。」
「昔はね。」
マリア達は中央付近のレーンでゲームを始めた。
順番は馬場、岡田、上坂、マリアの順番だった。
上坂はどこかから預けてあった16ポンドの自分の球を持って来てボールリターンに置いた。
マリアはもちろんボーリング競技は勉強してあった。
マリアにとって球の重さは重い方が有利であることを知っていたが、ボーリング場のボールラックにはマリアの好みに合うものはなかった。
重いボールの穴は穴の巾がマリアの小さい手には合わなかったからだ。
マリアは結局14ポンドの球を選んだ。
上坂大地の腕は落ちていなかったようだった。
まっすぐ進んで左に曲がるフックボールを投げてストライクを次々と決めて行った。
馬場教授と岡田事務員はボーリングを楽しんでいた。
マリアはストライクがほぼ取れると解説にあった1ー3ピンの間のポケットに向かって直球を投げた。
1フレーム目ではストライクが取れたが2と3フレームでは7ー10ピンのスプリットになった。
そこのボーリング場ではストライクが出ると前のディスプレイが光り、ストライクが2投続く、いわゆるダブルでは表示が点滅した。
上坂がストライクを3回続けるとディスプレイは「ドーン」という大きなドラの音と共にディスプレイは点滅し、ディスプレイには「ターキー」と表示された。
ボーリングの用語は食べ物が多いらしい。
上坂が4回ストライクを続けるとドラ音が2回鳴ってディスプレイには「ハムボーン」と表示された。
上坂が5回トライクを取ったときにはドラ音3回と「ファイブバーガー」だった。
その辺りからマリア達のレーンは周囲の注目を集め始めた。
上坂が6連続ストライクを取ると周りから小さな響(どよ)めきが生じた。
ドラ音4回と「シックスパック」だった。
マリアは2回のオープンフレームの後はストライクを連続させた。
マリアにもようやくドラの音(ね)が響き出した。
馬場教授が言った。
「上坂くん、君はボーリングが上手いね。」
「はい、学生時代は遊びまわっていましたから。」
「マリアさんも上手だ。初めてのボーリングなんだろ。」
「はい、でも上坂さんにボーリングの決闘を申し込まれたので勉強しました。」
「マリアさんの球は上坂くんの球よりもずっと早いんだがどうしてかね。」
「はい。速さを遅くするとボールが転がり、レーンの床の状態のせいか、目的の場所に当たらないのです。それでピンに当たるまでボールを転がせないように滑らせております。」
「君にとってボーリングの球は重くないのかい。」
「はい、こんな球ならソフトボールのように空中を飛ばしてピンに直接当てることができると思います。球は砲丸投げの男子砲丸の重さ以下で長さは野球と同じ18mくらいですから。」
「いやはや、おそれいったね。」
上坂はその後ストライクを取り続け、セブンパック、エイトパック、ナインアロー、テンアロー、イレブンインアロー、最後にパーフェクトを達成した。
マリアは4フレーム以後は全てストライクだったが二つのオープンフレームがあったので247点で試合を終えた。
上坂に賞賛が集まったのは当然であったが、ストレートだけで9投連続ストライクを取ったマリアも注目された。
華奢な美女が上坂より早い球を投げたのだ。
上坂は駆けつけたボーリング場の支配人からパーフェクト達成の記念品をもらった。
支配人は上坂よりもマリアを見つめていた。
「上坂様、このお嬢様はどなたでしょうか。並々ならぬお腕をお持ちのようですが。」
「マリアさんって言うんだ。うちの教室の研究生。今日はマリアさんと一騎打ちさ。まずは一勝ってとこだ。」
「それは楽しみですね。もう一回拝見できるのですね。」
「2ゲームの勝負だよ。」
2ゲーム目、投げる順番はマリア、上坂になった。
マリアと上坂は花火を派手に打ち上げ続け、二人ともパーフェクトを達成した。
9フレーム辺りになると、マリアと上坂がストライクを取るとその度に周囲から歓声が上がった。
二人は揃ってパーフェクトの記念品を支配人から貰った。
歓迎会はボーリング場で解散となった。
馬場先生と岡田さんは地下鉄で帰宅し、マリアと上坂は大学の研究室に戻る道を歩いた。
途中でマリアは上坂に言った。
「一騎打ちで負けたのは2回目だわ。私、上坂さんが最後の投球をした時、失敗するように願ってしまったわ。それは良くない事よね。」
「そんなことないさ。人間なら誰でもそう考える。勝負だからね。マリアさんはロボットではなく人造人間だからね。人間だ。」
「ありがとう。」
「マリアさんが一騎打ちで負けたもう一つって何だい。」
「それはシークレット様との決闘。私が愚かな動きをしたので弾を当てられてしまったの。」
「ふーん。マリアさんに勝ったのか。シークレットさんって強いんだな。」
「シークレット様はイスマイル様が50年前に手作りしたロボットの1号機。ずっとイスマイル様の秘書をなさっているの。」
「なかなか歳を取らない国王と死なないロボットブレーンか。アクアサンク海底国が強いのは当然だな。」
「今のところはね。でもイスマイル様は奥様がお亡くなりになってからどこにも留学なさっていないの。国は進歩が止まったらいずれ衰退するわ。私、人工知能がどこまでできるのかを試してみたいの。」
「マリアさんみたいな人造人間が海底国の進歩の一端を担(にな)えば国は続くね。」
「そう思いたいわ。」
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