第56話賢い子

 モルという17歳の賢い少女がいた。

 この少女、周りの友達のいうことをいつも完全論破し、悦に入っていた。

「やっぱり世の中、お金よね~」という友達に対して、

「あんた、そうは言うけど、お金より人を大切にしないと、不幸になるわよ」とモルは決めつけ、そして論破した。

 「いじめられる人って、それなりの理由があるからいじめられるのよね~」という友達には、「あんた、そうは言うけど、いじめるほうは、いじめやすい人だったら、誰でもいいのよ。要は全部いじめって、いじめるほうの都合でやっているのだわ。そんなの本当に勝手よ」とモルは言い、友達を完全論破した。

 モルはいつも相手を徹底的に論破するのであるが、それにはモルなりの正義感があった。

 「人を大切にする」、それがモルの至上価値であった。

 でも、ここで矛盾するのではあるが、モルは人を大切にしない人には容赦がなかった。人を大切にしない人は、「人の敵である」とモルは極端に思っていた。


 モルは学校の倫理の授業が好きだった。

 ここでは先生は「人を大切にするように」といつも教えていた。

 ある時、倫理の授業の先生である女性教師ネネがモルに言った。

 「モル、あなたはなぜ人は他人を大切にしないといけないと思うの?」。

 ネネ先生は、あえてモルに人としての根本問題を聞いてみた。

 モル、嬉しそうにちょっと困った感じでモジモジしていたが、はっと何かに気づいたらしく、「先生、私はこう思います」と言って答え始めた。

 「ネネ先生、人は他人を大切にしないと、世間で生きづらくなります。なぜなら、人との信頼関係を土台として社会は成り立っているからです。だから人を大切にすることによって、自分も救われるんです。そう、他人を大切にすることは自分を大切にすることでもあるんです」。

 モルはそう答えると、ドヤ顔をし、周りを見渡した。


 ネネ先生はふぅ~とため息をつくと、こう言った。

 「モル、あなたは正しい。でもね、あまりに正しいことを人に押し付けるのは、それはある意味暴力でもあるの。

 あなたの言うことが間違ってるとは思いません。でもね、あなたのいつもやっている「論破」は正義の押し付けかもしれない。

 モル、「正義」を訴える前に「寛容」でありなさい。

 たとえ、間違っていることを言う人にでも、完全に論破するのではなくて、そんな人にも逃げ道を残しておいてあげなさい。

 そうすれば、その間違ったことを言った人も改心するチャンスを得て、正しい道に戻ることができるかもしれない。

 モル、あなたに必要なのは「寛容」さよ」。


 モルはネネ先生が言ったことにひどく感銘を受け、先生に言った。

 「ネネ先生、わかりました。私はこれから寛容さをみんなに広めます。そうすることで社会はよりよいものになるのですね」。


その後、モルは「寛容」さがいかに大事かということを友達に言って回り、それに反対する友達を完全論破した。

 

 結局、モルの根本はなにも変わらないのであった。


(終)

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