第15話 コミュニケーションに難のある者達

「単刀直入に言います。……お友達に、なってください!ANOのフレンド登録もよろしくお願いします!」



 ナギサ達はカエデに連れられてやってきた、ターミナルを出てから少し行ったところにあるレストランのソファー席に揃って座っていた。

 一方にはナギサとシューマ。そしてその正面にはカエデとアーメス。


 広々とした店内には自分と同じようなプレイヤー同士で飲食を行っている者達から、ドウルと連れ添って飲食を行っている者達もおり、そこそこ賑わっている。現実世界でいうファミレスのような雰囲気が広がっているとナギサは感じた。


 そして全員が着席し、店員によって水が4つ運ばれてきた後でカエデが頭を下げ、そう言ってきたのである。



 ――え、どういうこと?



「……うちのマスターのカエデは大学に入ってから友達が出来なくてな」


「バ、バカッ……!それ言う!?」



 ナギサとシューマが突然の申し出に軽く戸惑っているとアーメスが口を開く。

 この人はプレイヤーが使役するドウルというよりは保護者みたいな人だな、と2人は思った。



「同じゼミの人間とも妙にノリが合わず、他人と話すキッカケは掴めない。そう悩んでいた時だ。いつものようにANOにログインしたら見たことのある顔がいたらしくてな?偶然を装って出くわせば話の一つでも出来るんじゃないかって思ったワケ」



 アーメスがナギサの方へと視線をやる。


 そうだ、確かにこの女性……カエデとは今週の必修の講義で席が隣だった。

 しかしそれは今週の講義でたまたまそうだっただけであり、先週の講義では別にそうではなかった。経済学入門は座席指定の講義ではない。


 更に隣に座っていたカエデは確か講義の中盤から完全に爆睡していた。自分の顔をまともに確認する時間なんて講義前に席に着くときか、講義後に退出するタイミングしかないハズ――。


 ……もしかしてその時にチラッと見ただけの自分の顔をずっと覚えていたということか?



「……というわけだ。なんか初心者狩りに絡まれてたのは想定外だったけど、おかげで一緒に戦えた。これって何か運命感じないか?

せっかくうちのコミュ障ボッチマスターが勇気を振り絞ったんだ。受けてあげてくれないかな」


「ぐふぅっ!」



 “コミュ障”、“ボッチ”という単語にダメージを受けたのかアーメスの隣でカエデが胸を抑えた。



 ――ええと、こういう時はどう返せばいいんだろう……?



 “友達になってください”という台詞は漫画や小説なんかで割とよく聞く言葉な気がするが、それを言われた相手はどう返していた……?


 いやいや、こういう時にフィクションの反応を参考にしようとするのは駄目だな。ちゃんと自分の言葉で語らねば。

 だがどう返すのが正解なんだ?ただ一言“はい”と答えるだけじゃ味気なさすぎるし……。もうちょっと長い文章で返した方がいいか?


 ――“こちらこそ、よろしくお願いします”?……よしこれだ。これでいこう。ザ・王道って感じ。


 でも即座に返答したら“えっ、何こいつ。めっちゃ食い気味にくるじゃん。気持ち悪っ”とか思われそうだから、一口水を飲んでからいこう。よし、いこう。



 と、こちらも大概コミュニケーション能力に難のあるナギサが目の前のコップに入った水に口をつけた瞬間。



「いいぞ」



 あっさりとシューマが答えたのでナギサは水を吹き出しそうになった。


 ――僕がせっかく勇気を出そうとしたのにこいつは……!物怖じしないというか、なんというか……!


 随分とあっさりな返答にアーメスもカエデも意外だったのか、目をキョトンとさせた。



「……えっ?そんなあっさりでいいのか?いや、別に深く悩む問題でも無いけどよ……」


「逆に聞くが、別に悩む要素なんて無くないか?友達になるか、ならんかだろ?」


「なんつーか凄いなあんた……。シューマ様だっけ?」


「様はつけなくていい。そう呼ぶのはシャルディだけだ」


「分かった。えーっと、隣のあんた……ナギサ君?もいいよな?」


「げほっ、ごほっ……。え、あ、よろしくこちらこそ!お願いしますですます!」



 “こちらこそよろしくお願いします”と言おうとしたのだが、水が気管に入ったような感覚がして、むせたこともあり、軽いパニックを起こしたため変な文法で返事をすることになってしまった。

 そもそも仮想空間なのに、むせることあるのかよ。



「あっ。なんか本質的にはうちのカエデと一緒っぽい」


「こ、コミュ障仲間……?」


「ぐえっ!」



 カエデから“コミュ障”という単語が発せられ、それが言葉の矢となってナギサの胸を撃ち抜いた。

 ANOでは常にソウハがおり、大体はシューマ達もいるのでなんとか落ち着いているものの、普段の鳴海凪紗という男もコミュニケーションは基本的に苦手な男であるため“コミュ障”という言葉は割と刺さる。


 おそらくこの状況がカエデと二人きりだったならば、全く会話が出来ていないだろう。



「ええと、と、というわけで!」



 カエデがバッ!と勢いよく起立し、頭を下げながら片手を差し出した。



「カエデです!よろしくお願いします!!」



 店内にいる客の視線が一斉にこちらに集まる。

 当然だ。あれだけ大声を出せば誰だって何があったのか気になる。というかこれ初日にも似たようなことあったな……。僕とシューマの顔、あの店の店員に覚えられてたりしないかな……。と恥ずかしい思いをした。


 ええと、これは僕が手を握ればいいのかな。同年代の女子の手って触るの緊張する……。

 と、ナギサも席から立ち上がり、テーブル越しに差し出された右手に対してこちらも手を差し出――。



 ピンポーン!



 突然呼び鈴が鳴った。

 それはどうやらこちらの席から押されたものらしく、ウェイトレスがそそくさとナギサ達の席に走ってくる。呼んでからすぐにやってくるとは出来た店員だ。と、感心するほどの心の余裕は今のナギサには無い。



「ミルクティー一つ。アイスで。ガムシロップは5個お願いします」



 立ち上がり右手を差し出したまま硬直しているカエデと、同じく立ち上がって右手を差し出そうとしたまま硬直しているナギサ。

 そして“なんだこの状況は”と困惑しているアーメスを一切気にしてないとばかりにシューマが自分の注文を行う。呼び鈴を鳴らしたのは当然彼だ。



「はーい、了解しました。ご注文は以上ですか?」


「以上で」



 自分の分だけを注文したシューマはとっととウェイトレスを帰し、コップの水に口をつける。

 2口ほど飲んだ後、ふぅ、と一息。



「マイペース過ぎないかあんた!?」



 アーメスの驚愕した大声が店内に響き渡る。

 ナギサとカエデはこれからどう動けばいいのか全く分からず、そのままの体勢で静止していた。



「いや、お前達もなんで固まってるんだよ!?握手すればいいだけの話だろ?」



 ――そう言われても、タイミングというものが分からんのです。






  ◆






「じゃあ、気を取り直して――、今日の出会いを祝して……乾杯!」



 ナギサとカエデがようやく握手を交わして席に着いてしばらくしてからのこと。

 喫茶店の店内にアーメスの快活な声が響いた。



「か、かんぱい!」


「乾杯っ!」


「乾杯」



 それに合わせて他の人間3人組も自分の分のドリンクを持ち、それを掲げて声を出す。

 アーメスの手にはグラス一杯のコーラ、ナギサの手にはオレンジジュース、シューマは半分ほど飲みかけのミルクティー、そしてカエデの手にはマンゴーサワーが握られていた。


 大学1回生だと未成年でもお酒を嗜む人間がいるとは聞いていたが、まさか目の前の人がそうだとはなぁ……。人間見た目じゃわからないものだ。


 というかこの人、だいぶ胸が大き……いかんいかん。失礼だぞ、などと思いながらナギサはオレンジジュースを口に含む。

 相変わらず仮想空間なのに味覚の再現度が凄まじい。この味知ってるわ。ファミレスでよく飲むオレンジジュースそっくりだわ。



「……そういえば、凄いねアーメスって。あれだけの攻撃を食らったのに全然ダメージ受けてないみたいだった」



 何か話題を作らねば。隣の友人はいついかなる時もマイペースなので役に立たん。と思ったナギサは先ほどの戦闘を思い出して言った。


 団体戦でも使っていた”アイアース・シールド”。

 あれがかなりの防御力に優れた必殺スキルだということは理解したが、それを使う前からヒナの攻撃スキルを受けても平然としていた。防御面のステータスが相当高いのだろうか?


 それほどでもない、と得意げな顔をするアーメスの隣でカエデが自分のアクロスデバイスを操作して、一つの画面をナギサの方へと向けた。スキルカードの表示画面だ。



「えーっとね。”アイアース・シールド”がこういうスキルなんだ」




 <アイアース・シールド>

 レアリティ:SR

 チャージ時間:長

 分類:防御/盾限定

 ・聖なる神の加護を自らの盾に与える。自身の半径8m圏内で発生した飛び道具による攻撃を全て盾へと引き寄せ、その後自身の防御力と防具耐久力をスキル終了後まで150%アップ。残りHPが60%以上なら上昇値を更に50%プラスする。

 装備時、自身のHPが90%以上ならばスキルによるダメージを半減させる。




「なるほど……。完全に防御に特化した能力なんだ。面白いね」


「そうそう。特に開幕スキルブッパしてくる相手には結構刺さるんだよ。団体戦とか人の多い場所で使うとなると攻撃誘導効果がたまにキズなんだけどね。いくら防御力を上げても全部の遠距離攻撃を肩代わりしないといけないのはちょっと大変で」


「でもこの前使ってなかった?団体戦でロビンってアーチャー相手に」


「あっ、あれ見てたの?いやー、あれは向こうのチームに飛び道具持ちが彼一人しかいなかったからね。5人のうち3人くらいが飛び道具持ちだったら発動タイミングをミスると危なかったかも」



 楽しそうにカード談議に花を咲かす2人。それをアーメスが満足げな顔で眺める。やはり保護者のようだ。

 そんな2人の輪に混ざろうとしたのか、それとも単にミルクティーを飲み干して退屈なのか、シューマも口を開いた。



「つまりそっちと戦う時はHPが90%以下になるまで通常攻撃で攻めればいいんだな?」


「ははは……。まあそういうことだね」



 カエデは苦笑しながらマンゴーサワーに口をつける。

 自分の愛用しているスキルをわざわざこちらに教えたのだ。どうやらカエデは自分たちのことを“気の置ける存在”だと認識したらしい。


 さきほどの友達申請を受け取ったことも合わさって、ナギサはなんだか照れ臭い気分だった。横に座っているシューマは平然としているが。



「あ、そうだ。カエデさんってお酒飲むんだね。同じ一回生なのにちょっとビックリ」



 乾杯直後に思ったことを口に出すナギサ。カエデはマンゴーサワーをまだ口に付けたまま、否定の意を示すように空いている方の手を左右に振る。そして口に含んだ分を飲み干し、グラスを置いてから言った。



「大丈夫大丈夫。先週20歳になったから」


「あ、そうなんだ。おめでとうございます」



 ……ん?先週20歳になった?



「……もしかして浪人生やってたのか?」



 ナギサよりも先にシューマが質問した。てっきり同じ大学1回生で同年代だと思っていたが、年上だったようだ。

 ――しまった!年上なのを知らずにタメ口混じりで話してしまった……!とナギサは心の中で軽い自己嫌悪に陥る。

 それに対してもカエデは首を軽く振って否定する。



「違うよ!ボクは2回生で…………って、あれ?君たち1回生なの?」


「そうだが?俺とこいつは今月頭に入学したばかりで…………え?2回生?」


「え?先輩だったんですか?」


「え?あんた達カエデの後輩だったのか?」



 4人全員がどうやら勘違いをしていたらしい。

 カエデは桜川大学の2回生で、同じ講義を受けていたナギサを同学年だと思った。そしてナギサはそんなカエデを自分と同じ1回生だと思っていたわけで――。

 それに気付いたカエデは。



「あっ、そうか。そうだよね。あの講義って1回生の必修だもんね。そりゃそうか……。ちょっと考えたら分かるだろボク――」



 と、気の抜けた顔でブツブツと呟き、そして最初にミッション内で喋っていた時のような快活な調子の声で言った。



「なーんだ!後輩だったんだね君たち!あー、緊張して損した!とりあえず、今日は友達になってくれてありがとうナギサ君、シューマ君!大学生活でもANOでも困ったことがあったら何でもボクに相談してくれたまえよ!あ、先輩だからって無理に敬語使わなくていいから。タメ口かんげー!」



 ――こちらが後輩だと分かった瞬間急に饒舌になったー!?


 ナギサとシューマは先ほどまでのカエデからは想像できない、はつらつとした声に驚愕した。

 これにはアーメスも驚いたようで。



「格下相手だったらそんな態度とれるのかよ……」



 と頭に手を当てて困った顔をしていた。

 そして“格下”というワードに反応したのかシューマが眉をピクリと動かす。……あっ、しまった。この男は他人から下に見られるのが嫌いな人間だった。



「俺が格下だと?大体貴様、2回生の癖にナギサと同じ必修受けてるのはおかしいだろ!」


「き、貴様!?……仕方ないじゃんか!去年は寝坊して期末試験受けれなかったの!」


「あれ昼前の2限だろ!10時30分開始の講義に遅刻とかありえんわ!どんな生活習慣してんだ!」


「大学生ってのはたまに昼過ぎに起きたりする生き物なんだよ!君たちもいずれ分かる!というか、何だよ“貴様”って!タメ口はいいって言ったけど、先輩に対する敬意が足りないんじゃない!?」


「1回生と同じ講義受けてる先輩に敬意ぃ?ハッ!」


「あー!鼻で笑ったなー!?大体、君なんてナギサ君のオマケみたいなもんだし!別に君とは友達にならなくていいもん!」



 ギャーギャーと言い争いを繰り広げる2人をまぁまぁ、他のお客さん達の迷惑になるから、と2人を諫めるナギサとアーメス。するとナギサとシューマの腰に装着されているアクロスデバイスから光が放たれた。


 その光は4人が座っている席の通路側に向かい、2人の人型を形成する。

 ……ソウハとシャルディだ。2人は自分たちが仲間外れにされていると思ったのか、少しお怒りの様子だった。



「ずるいですよ。みんなでお茶なんて。なんで私達を呼ばないんですか」


「そうですわ。確かにデバイスの中で休んでいたい気分でしたけど、何も言わずに仲間外れなんて失礼じゃありません?」



 すると2人が出てきたのを離れた場所から確認した店のウェイターが早歩きで近付いてきた。



「困りますお客様。ドウルが同席する場合は来店の際に言っていただかないと」


「す、すみません。勝手に出て来ちゃって……。以後気を付けます」



 ――大体なんだ?女の癖に一人称が“ボク”って。アニメキャラの真似か?

 ――一人称は関係無いだろ!君はその喋り方を直さないと友達無くすぞ!


 と言い争いを続けるカエデとシューマの代わりにナギサが謝罪する。

 ウェイターは軽くお辞儀をしてから、カエデとシューマの方を少しばかり迷惑そうに見て帰っていく。



「は、恥ずかしい……。しばらくこの店に来るのは控えようかな……」


「僕もそうしよう……」



 周りの客からは時折苦笑され、そして店員には迷惑そうにされたことでナギサとアーメスが羞恥に身を焦がした。

 そんな2人の悩みなど全く知らないソウハとシャルディはそそくさと席に座り、メニュー表を手に取る。



「ナギサ君ナギサ君。私、抹茶のアイスクリームが食べたいです」


「あ、じゃあワタシはマンゴープリン…………って、シューマ様はなんだか忙しそうですわね。じゃあ、通りすがりのただのナイト殿、ワタシの分の注文お願いしますわ」


「なんで俺にたかる!?というか“通りすがりのただのナイト”はカエデが勝手に言っただけだっつーの!」


「あったま来たァ!ボクと戦えシューマ君!いや、シューマァ!先輩の力を見せてやる!表に出ろこの野郎!」


「いいだろう!俺達の魔弾でその脳天を撃ち抜いてやるわ!」



 ――あー、もう。なんだかめちゃくちゃだよ。



 ナギサは深く頭を抱えながらも、“でもこういうのってちょっと楽しいかも”と、賑やかな声を聴きながらそう思った。












 フレンド登録完了!

 プレイヤーネーム:カエデのフレンド承認を受け取りました。




 PLAYER_NAME カエデ

 ID Dorokin

 DOUL アーメス

 RANK E

 MESSAGE:

 よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る