第34話十年前❶

 私は、父の生まれた地である日本という国に留学させてもらうため、母に頼み込んだ。母は、私に厳しい印象はなく、お願いすれば、大抵のことは承諾してくれた。

 しかし、今回はそうもいかなかった。一人では、ろくに外へも出なかった私が、長期に渡り国外で生活することが心配だったらしい。だが、更に頼み込んだ結果、いくつかの条件付きで、母親の承諾が得られた。ここまで、無理を通した理由は、父のを知ってしまったからである。あれを阻止するには、なんとしてでも足掛かりを見つける必要があった。

 日本に行ったからといって、何かわかる保証もないが、早ければ数年で信じられないほどの被害が出るかもしれない。私は、微量ながらも仲間と呼べる存在を日本で作る必要がある。だが、これは誰でもいいという話でもないのだ。

 この秘密を知り得たことが、露見すれば、それこそ私の目論みは消滅してしまう。信用できる人間が見つけられるかどうかなど、確信が得られるはずもない。そんな無謀な目的を果たすため、私は日本行きを決意した。

 そして、自身に課せられた、その使命を果たすために与えられた猶予は、僅か一年。日本語もまともに話すことができない私が、本当にそんなことができるのだろうか…。

「等々、明日ね」

「はい、お母様。きっと、アンリサイド家の名に相応しい成長を遂げて、帰ってきます」

 私の部屋に訪れた母は、やはり心配そうな面持ちだ。ここ数日は、気分が優れないように見えるほどに、表情を曇らせていた。理由は一つしかないだろうが、今から止まることはできなかった。

「たった一年だから、心配しないで、お母様。それに、お母様のお陰でセミアさんに、ついてきてもらえるもの」

 セミアというのは、アンリサイド家の使用人の一人で、ちょうど母の後ろで顔を伏せて、立っている人物のことだ。

 そして、これが今回留学に向かう場合の条件であるところの一つ。日本に向かう際、セミアさんを同伴させること。母の親切はありがたいが、現状これが、最大の障害となっている。

 セミアさんの前で、父の秘密を口走るわけにはいかないのだが、彼女は確実に私の近くに常駐することになるだろう。たった一年しかないのに、これでは自由に動くことができない。迷惑をかけるわけにはいかないと、反論はしてみたが、当然受け入れられることはなかった。本当に困った。

「それでも、心配だわ。本当は、私が行ければよかったのだけれど…」

「それをしたら、留学にならないわ。それに、お母様は責任者として、この場にいる必要があるものね」

 付き人がついている時点で、留学の体をなしていない気がするが、こうしなければ行かせてもらえないのだから、仕方がない。

「それは、そうかもしれないけど…」

「きっと、大丈夫だから。安心して」

 一向に不安な表情を浮かべたままの母は、ふと何かを思い出したかのように、どこかへ去っていってしまった。どうしたのかと、母の背を見つめていると、セミアが口を開いた。

「恐らく、あなたに渡したいものがあるのだと思います」

「渡したいもの?それは何?」

「それに関しましては、セシリア様からご説明していただけると思います」

 何か、意味ありげな言葉だが、母が来ればわかるということなら、待つことにしよう。しかし、荷物はすでに日本に送ってしまっているため、大きなものだと持ってはいけない。

 そんな心配をしながらしばらく待っていると、母親が戻ってきて手を差し出すようにして、私に何かを手渡してきた。

「これを、持っていって」

 母の掌には、トランプのような雰囲気だが、正方形という不思議なカードが、五枚重ねられていた。

 受け取って、眺めてみると、それぞれに違う数字が印刷されていた。その数字というのが、『13』だけ二枚存在し、他に『2』『02』『6』と書かれていた。しかし、相変わらず意味はわからない。

「お母様、これはなんですか?」

「ふふふ、ちょっとしたお楽しみよ。並び替えると、お父さんの好きな数字になるみたい。日本語をお勉強して解いてみてね」

「あ、ありがとうございます」

 私が不思議そうにカードを眺めていると、少し自慢げに母は口を開く。

「大ヒントあげちゃうわ。カードをよく見ると、組み合わせになるカードもあるから、観察してみるといいわよ」

「そうなんですか…」

 全く意味がわからないが、父の好きな数字という単語が、今の私には重要に思えた。信頼に足る人物を探すことと同時進行になってしまうが、こちらも考えてみることにしよう。

「でも本当は、『0』は別の方がいいんだけどね…」

「お母様、何か言った?」

「いいえ、何でもないわ。こちらの話よ」

「そうですか…」

 確かに今、『0』が別だとかなんとか言っていた気はするが、特には問題ないということなのでしょうか。それにしても、いくら眺めていても全く意味がわからないわ。やはり、日本語を勉強して解くしかないということみたいですけど…。今後のことを考えれば、どっちみち、日本語は読み書きできた方がいい。そのついでということにしてみましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る