第28話洋館2F⑩

 スピカの表情は曇っていた。彼女に何か、思うところがあるのは、反応を見ればすぐにわかる。視線はまっすぐ俺を見つめているが、どこか決心が揺らいでいるような、そんな表情だ。

 数秒の沈黙を挟んだ後、俺は直接的な言葉を用いて聞き出す選択肢を取った。

「スピカ。やっぱり、お前は何か知っているんだな。それは、今でも俺には、言えないことなのか?」

 そう尋ねると、スピカはしばらく目を閉じた。そして、深呼吸を二度してから、目と口を開く。

「わかったわ。ここまで来たら、話すしかないわね。私の知っていることを全て話すわ」

 この館に入ってから、ずっと行動を共にしてきて、彼女が何か隠していることは早々に気づいていた。しかし、俺はそれを聞き出せなかった。

 それは、彼女の意思を尊重するとか、彼女の気持ちを考えた結果ではない。俺自身が、単に怯えていただけだ。真実を知った時、俺の中に残された、根拠のない希望が消え去ることが怖かったんだ。

 でも、今は違う。彼女も、俺も全てを受け入れる覚悟ができた。受け入れた上で、生き延びる覚悟が。

「この一件は、私の父親、創本香士郎が引き起こしたことなのは、ほとんど間違いないわ。そして、まずはこれを見て」

 そう言って手渡されたのは、スピカが最初に眺めていた、分厚く冊子のようにまとめられた書類だった。俺は、それを受け取って、眺めてみたものの、箇条書きされた英語が、等間隔で陳列されているだけで、それが何かは全くわからなかった。見た感じは、人の名前のようだが…。

 ある程度まとめてめくって眺め続けていると、文字列が少し変わったと感覚的に気づいた。最後の二ページほどの変化だが、英語表記だった文字列が、アルファベット表記に変わっていた。つまり、ここに書かれている名前は、日本人のものと思われる。

 そして、そこには、俺の名前もあった。

「こ、これは…」

「…あなたは、この島に辿り着いたことが…、いいえ、あの船に乗り込んだことが、偶然だったと思う?」

 俺の反応を見たスピカが、突然口を開いた。それを聞いて、全てを話すと言った割に、曖昧な質問がなされたと思ってしまった。

「あぁ、俺があの旅行に行ったのは、福引で当たった結果だし、偶然って言うのが正しいと思うけど…」

 答えながらも、何か引っかかる質問だという思いが拭えない。というより、このリストと合わせて考えれば、こんなことを聞いてくる理由など一つしかなかった。

「いいえ、残念ながらそれは間違いよ。あなたは、意図的にあの船に乗せられた」

「…」

 俺は、何も言い返せなかった。その真偽は、この場で確かめられるようなことではない。それより、続く言葉に注意を払う。深刻な表情を浮かべる俺に対して、スピカは告げる。

「あの船に、集められた人たちは、性別も年齢も国籍すら違うけど、たった一つの共通点があったの。私だけがわかる、共通点がね」

「集められた?共通点?」

「そう。共通点は、私と関わった、または、関わった可能性がある人物という点」

 スピカはそう言い切ると、続けて衝撃が走るような一言を付け加えた。


「そして、その人たちが集められた理由は、私を含め、船に乗り込んだ人たち全てを、まとめて殺害するためよ」


「な、何を言っているんだ…?」

 彼女の発言は、突拍子の無さが限度を超えていると感じた。あの船に乗っていた全ての人間が彼女と関わりがあり、船に集めた理由が、殺害しようとしたためだと…。そんなことが、果たしてあり得るのだろうか。

「いや、待てよ。それじゃあ、やっぱり俺も、過去にスピカと関わりを持っていたということになるのか?」

「恐らくは、そうね。私はあなたのことは覚えていないし、あなたも私のことを覚えていない。けれど、会ったことがある。たぶん、私が日本に滞在した時通っていた学校で、クラスメートとしてだと思うけど…」

 そこまで聞かされると、散りばめられていたピースが事実を形作り始めた。俺は、この島でスピカと出会った時の会話を思い出す。彼女は約十年前日本に来たことがあった。そして、俺はその時期に、英語を勉強したいと考えていた記憶がある。それに、スピカは俺が年齢を教える前に、歳が同じだと言い当てていた。この事実と、今の話を合わせて考えれば、俺たちが会ったことがある裏付けになる。

 そうなれば、こんな偶然が起こったことを疑うのも納得できる。だが、それを事実とした場合、納得し切れない部分も出てくる。

「だ、だが、俺があの福引を引いた日、あの店に行ったのも、福引の券を手にしたのも、そもそも当たりが出たのだって偶然だ。それなのに、俺が意図的にあの船に乗せられたというのは、無理があるんじゃないか?」

 そう、俺が抗議すると、彼女は平然と言い放った。

「それじゃあ、聞かせてもらうけど、あなたがその店に行ったのはどうして?」

「え?あぁ、チラシを見たんだ。電子レンジが壊れていたから、ちょうどいいと思ってそこに行った」

 まさか、このチラシが俺をあの場所へと誘導させるための罠だったのか?そう思ったが、それでも俺が素直にそこに行くかどうかはわからないはずだ。そんなことを思っていたが、スピカは、俺の心を読んだかのように発言した。

「あなたが気にするべきは、チラシ自体ではなくて、チラシが届いたという出来事そのものよ」

「出来事そのもの?どういうことだ?」

「わからない?そのチラシが罠だとして、それが届いたとなれば、罠を仕掛けた人物はすでに、あなたの住所を把握しているということになる。そうなれば、別にいくらでも手は打てる」

「で、でも!それなら、そんな手間のかかる手段を使わなくてもよかったんじゃないか?そうだ、直接ポストに入れれば、確実にその人間の手に渡る。普通選ぶなら、こっちじゃないか?」

 焦って発言したが、あながち間違ってはいないはずだ。むしろ、正しいとすら思える自分の意見は、スピカの意見によって、即座にねじ曲げられた。

「普通なら、そうかもしれないわね。恐らくそれは、最終手段。例えば、あなたは宝くじで当てた十万円と給料で貰う十万円。どちらが嬉しいかしら?」

 そう聞かれて、俺は自分の不甲斐なさに落ち込んだ。スピカの言いたいことは、すぐに理解できた。どうやら俺は、まんまと踊らされていたらしい。

「福引で当たりを引かせた方が、自分が幸福だと感じられる。人間の心理的な側面を利用し、より確実な乗船を促すようにと、計画された手段ね」

 改めてスピカに言われてしまい、絶望にもにた感情が湧いてくる中、ふと新たな疑問が浮かんだ。

「でも、実際その手段を取った場合、手間がかかりすぎる。しかも、福引を引きに行った人間に対しては、それでいいかもしれないけど、それ以外の人間はどうするんだ?乗船券を手にしても、行かない奴もいるだろ?事実、俺が乗り込むときは、日本人なんか全然見なかったぞ。俺がお前とクラスメートだったことが、船に乗せられた理由なら、もっといるはずだろ?」

 そう言うと、スピカは再び表情を曇らせた。

「そう。そこが問題なの」

「どういうことだ?」

「乗船券を手にしても、日本人がアメリカから就航する世界一周の旅に参加する確率は、限りなくゼロに近いわ。それは、少し考えればわかることだから、あの男も当然理解しているでしょうね。そこで、さっきのボイスレコーダーの内容…」

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