第534話 サイコメトラーウッチー健在
祥さんは僕たちの反応をもとに的確に状況を推察したようだった。
「もしかして邪霊に憑依されて失踪したってことですか?ウッチーさんの時と同じパターンでしたから、坂田警部にお願いして顔認証システムでも使って追跡してもらったらどうですか」
彼女は霊能力者だけに状況の呑み込みは早いが、僕の心にサクッと刺さるセリフを吐く。
「いや、坂田警部があれを使ったのは往々にして職権乱用だと思った方が良い。そうたびたび無理なお願いをするわけにもいかないと思うよ。ウッチー捜索に皆が協力してくれた時に、彼の奥さんの奈々子さんが指令センターの役目を買って出てくれたので、坂田警部としても無碍に断るわけにはいかなかったのだね」
山葉さんはフォローするというより、僕に追い打ちをかけるような言葉を連ねるので僕はなんだかいたたまれない気分に追いこまれていく。
「坂田警部も奥様には勝てないということなのですね」
「その通り、綾香ちゃんが生まれた頃に坂田警部が捜査本部に張り付きにならざるを得ない事件が発生した時には、奈々子さんは坂田警部に家に帰ってきてほしくて私達に事件解決にむけた協力要請があったくらいなのだ」
山葉さんが坂田警部の置かれた状況を説明するが、祥さんは配膳用のカートの向きを変えつつ山葉さんに告げた。
「日頃の彼だったら絶対に受け入れない話ですね。それでは私は料理が冷めないうちにお客様に運ばなければいけませんのでこの辺で失礼します」
祥さんは去り際に山葉さんに何か耳打ちして店舗部分に戻って行き、僕は微妙にホッとしながら鳴山さんに尋ねることにした。
「鳴山さん、森田さんはミニヨン二号館に戻ったのでしょうか?」
僕は差し当たって森田さんの情報を持っている鳴山さんに彼の行方に心当たりがないか聞くつもりだったが、鳴山さんはスマホで通話の呼び出し中だったらしくコールを止めると、別の相手にコールしなおした。
二度目の相手はワンコールで出た様子で、鳴山さんは早口で用件を告げる。
「カンバさん?鳴山です。森田の奴が山葉さんの祈祷を受ける前にカフェ青葉から逃げ出したのですが、そちらには戻っていませんよね?」
通話の内容から判断すると、鳴山さんは森田さん本人を呼び出そうとしていたが、応答がないためミニヨン二号館で留守番をしている神林さんに連絡を取っているようだ。
「いや、元の森田には戻っていないと思う。そちらに姿を見せたら俺が帰るまでミニヨン二号館に引き留めておいてください」
鳴山さんは通話を終えると僕の質問に律義に答える。
「ウッチーさん、森田は電話で呼び出しても出ないのです。ミニヨン二号館に立ち寄ったらうちの神林が引き留めてくれるはずですが、ここを出てから直行してもまだあそこには到着していないはずです」
彼は森田さんがトイレに立ってから経過した時間を考慮して冷静に到達範囲を計算している。
「彼が祈祷を受けることを回避したのだとしたら、意識失ったふりをして私たちの会話を聞いていた可能性が高い。おそらく、捜索の手が伸びると予測して自分のアパートや職場であるミニヨン二号館には近寄らないのではないかな」
山葉さんも落ち着いた雰囲気で彼の行動を予測しようとしているのに、僕は文庫本を片手に何をすべきかわからず途方に暮れている状況だ。
「祥さんはさっき山葉さんに何と言ったのですか」
僕が尋ねると山葉さんは肩をすくめる。
「去り際に栞が気になると言っていたが彼女はフロアマネージャーとしての仕事があるから、この件には深入りさせられないな」
僕は祥さんの言う栞というのが自分の持っている文庫本に挟まれていた栞に違いないと気付いた。
問題の栞が和室の畳の上にあるのが目に入る。
その栞はありふれた栞ではあるが、出版社が文庫本の販売時に挟み込んでいる印刷物の栞ではなく、手作りの雰囲気が感じられた。
僕が栞に手を伸ばそうとすると山葉さんが制止する。
「待て!ウッチー、私が違和感を持ったのはその栞かもしれない。触るならばそれなりに心構えをしてからの方が良い」
このような状況では霊感を持つ山葉さんの意見は尊重するべきだった。
僕も霊感持ちではあるが、山葉さんは陰陽師として修業しており、知識も豊富なのだ。
「結界の効果を考えるとこの栞に霊が取り憑ているのでは無く、持ち主か栞を作った人の思念が残っているのではありませんか?」
僕が質問すると山葉さんは考え込むそぶりを見せたが、栞を拾い上げようとはしない。
「そうなのだ。きっとその栞に残る思念を読み取れば、森田さんに取り憑いた死霊に関連する情報を得ることが出来るはずだが、ウッチーにサイコメトラー能力を発揮してもらうことは躊躇してしまう」
鳴山さんはしゃがみ込むと栞を近くから観察し始め、僕もそれに倣ってなき山さんの横に膝を付いて栞を眺める。
その栞は小さな花を押し花にして張り付けた可愛らしいデザインだったが、余白部分に手書きの文字が記されていた。
「何と書いてあるのでしょうね」
残念ながら僕は近視気味なので、手に取らないとその文字を読むことは出来そうにない。
「ちょっと待って下さいよ。綺麗な字なのだけど小さいから読みづらくて」
鳴山さんは更に顔を接近させて栞の文字を読み上げた。
「お仕事を真面目に頑張って下さい」
「なんだ、ありきたりな励ましの言葉なのだな」
山葉さんは鳴山さんが読み上げた文面を聞くとつまらなそうに言ったが、僕は栞にその文面が記されていることが微妙に引っかかる。
「でも、手紙とかに書いてあるならまだしも、栞にその文面を書くシチュエーションってあまり考えられませんよね。その栞に誰かの思念が残っているのならばそれを読み取った方が良いのではありませんか」
山葉さんは栞と僕の顔を見比べながら、判断に苦しむ様子だった。
「確かに、ウッチーにこの栞に残された記憶を読んでもらえたら、森田さんを乗っ取った死霊の手掛かりがつかめるかもしれない。しかし、今回の死霊は得体が知れないところがあるので私としてはウッチーにサイコメトラー能力を発揮してもらうことは気が進まないのだ」
山葉さんが生真面目な表情で僕の顔を見つめるので、僕は記憶を読み取るべく畳の上の栞に手を伸ばす。
「待ってくれウッチー、以前ウッチーが物に残った記憶を読み取った時に、傍にいた人もその体験に巻き込まれた話を聞いた覚えがある。私も一緒にいれば何かあってもウッチーを守ることが出来るかもしれない」
「そういう話だったら俺もご一緒させてもらいますよ」
山葉さんは僕の左手を両手でしっかりと握り、鳴山さんは僕の頭に自分の手を乗せるという妙な態勢で僕は問題の栞を拾い上げたのだった。
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