時に生じる波紋

第444話 莉咲の誕生日

春の訪れを感じ始めた頃、僕の娘の莉咲は一歳の誕生日を迎えた。

僕の両親や山葉さんの両親にとっては初孫なので、可愛くて仕方ないという状態のようだ。

しかし、コロナウイルス感染症が蔓延している状況下で普段はおいそれと会いに来ることもできないため、莉咲の誕生日に内村家と別役家が集まり、誕生祝いパーティーを開くことになった。 

問題はその会場で、そこそこの人数が集まることになるため、レストラン等を使うことを諦め、カフェ青葉の店舗を使う話が持ち上がったのだった。

僕は自分たちで料理を作ると山葉さんが落ち着かないだろうと、仕出し料理の配達を頼み、臨時休業にした店舗でパーティーを開く準備をしていた。

別役家については、山葉さんの母の裕子さんが、出産前から手伝いのために東京に出てきたため、山葉さんの父の孟雄さんが単身で四国で暮らしていたが、この機会に上京ししばらく滞在することにしたようだ。

内村家、つまり僕の家族は赤羽の実家からタクシーを使って駆け付けた。

人数分の電車賃を払うより一台のタクシーに乗った方が感染防止にもなるからましだという理屈らしい。

普段に比べて大勢に人々に囲まれた莉咲は最初こそ、周囲の人々の様子を窺っていたが、やがてパーティーの主役らしく愛嬌を振りまき始めた。

山葉さんが焼いたパンケーキを頬張る莉咲を見ながら僕は幸せな時間をかみしめていた。

一歳を迎えたとはいえ、莉咲はこれから言葉を憶え、お箸の持ち方に始まって文字の読み書き等、様々なことを学習しなければならないが、僕は彼女のこれからの人生を幸せなものにしなければと新たな責任を感じるのだった。

莉咲の誕生日の翌日、僕は大学院がオンライン授業とウエブ会議システムを使ったゼミしかないため、外見上は正規スタッフのごとく朝からカフェの仕事にいそしんでいた。

「ウッチーさん、授業の時間になったら遠慮なく言ってくださいね」

スタッフの祥さんが気を遣うが、僕としてはカフェが多忙な時間帯は仕事をしていた方がむしろ落ち着く。

「ありがとう。オンライン授業はオンデマンドタイプが多いから仕事が暇なときに見るよ」

祥さんは僕の説明に納得して業務に戻り、入れ替わるように二階の居住スペースから山葉さんの父の孟雄さんが姿を現した。

孟雄さんは田島シェフに料理のことを尋ねたり、挙句は田島シェフのプライベートなことを根掘り葉掘りと聞き始めたので、調理を手伝っていた山葉さんはたまりかねたように言った。

「お父さん、シェフは忙しいのだからむやみに話しかけないで。それに、調理中は極力無言で作業しましょうと言っている手前困るのよ」

「すまん、すまん。物珍しくてつい調子に乗ってしまった。」

孟雄さんが、恐縮した雰囲気で厨房から出たので、僕はフォローするつもりで彼の後を追った。

厨房を出ると通路を挟んで和室があり、最近は休憩室や学生アルバイトがオンライン授業を視聴する場所として使いまわしているが、山葉さんが祈祷を行う「いざなぎの間」としても使われている。

孟雄さんは、山葉さんがしつらえた「みてぐら」を眺めていたがやおら顔をあげると僕に言った。

「山葉もいざなぎの祭文をかなり覚えたから大夫を名乗らせてもいい頃かもしれないね」

孟雄さんの言葉を聞いて僕は意外に感じる。

「普段あまり会う機会がないのにどうやって口伝を伝授しているのですか」

「あの子がセッティングしてくれたウエブ会議システムを使って時々教えているのです。大夫となったところで特に変わることもないのですが、あの子の自信につながればいいと思っているのですよ」

古代神道の口伝がウエブ会議システムを通じて伝授されていると聞いて、僕はミスマッチも甚だしいと思うが、本人たちはいたって真剣だ。

「大夫就任のために仕上げをしたいとおもうのだけど、もう少し滞在させてもらっていいかね」

僕は遠慮がちな孟雄さんの言葉に可笑しくなって微笑しながら答えた。

「そんなに遠慮することはありませんよ。この建物だって山葉さんが手に入れたものですからね。好きなだけ滞在してください」

孟雄さんは表情を緩めて、人好きのする笑顔を浮かべた。

「ありがとう。欲を言えば僕は亨君にもいざなぎ流の術お使いこなしてほしいと思っているのです。君は霊感も強いし素質としては抜群のものがあると思う」

僕にとっては、いざなぎ流は研究対象でもあるので、それは願ってもない話だった。

「そうですね。是非教えてください」

孟雄さんは僕の言葉を聞いて相好を崩したが、彼が何か話そうとした時、店舗からのドアを開けて小西さんが顔をのぞかせた。

「ウッチーさん、お客様の小学生くらいのお子さんが莉咲ちゃんにプレゼントを持ってきたと言っているのですがどうしますか」

僕はどうしようかと、孟雄さんの顔を見たが、孟雄さんは僕に行くように目配せしているので、ぼくは孟雄さんに頭を下げてから小西さんがいる店舗内に移動した。

小西さんの言葉から僕には誰が来ているのか見当がついていたが、店内に入り小西さんが示すお客さんを見ると僕の予想どおり、それは柳瀬春香ちゃんと彼女の母だった。

春香ちゃんは定期的に七瀬カウンセリングセンターでカウンセリングを受けているが、その帰りにカフェ青葉に立ち寄ることが定例となっており、常連のお客さんとなっている。

春香ちゃんは未来視の能力を持っており、十数年後に成長した莉咲は春香ちゃんの能力を使って意識だけの存在ではあるが時間を遡上することを事を試みて成功している。

「内村さんすいません。春香がどうしても莉咲ちゃんに誕生日のプレゼントをあげたいと言うのでそちらの方に無理にお願いしてしまったのです。これは春香と一緒にお嬢様のために選んだ品物ですのでどうかお受け取り下さい」

春香ちゃんの母は常識的な人で、申し訳なさそうに僕に告げる

「僕は別にかまいませんが、お客様にうちの娘にプレゼントを頂くのも申し訳ないくらいですね」

僕の方も恐縮気味に彼女に告げると、春香ちゃんはゆっくりとした口調で僕に話す。

「春香はね莉咲に早く大きくなってもらって一緒に遊びたいの。莉咲はすごく頭が良くていろいろなことを思いつくのよ」

「これ春香そんなことを言っては駄目でしょう」

春香ちゃんの言葉は、美咲嬢が春香ちゃんのために作った教育プログラムで禁止コードに該当する内容と思われ、彼女の母は慌てて止めようとする。

「僕たちは事情が分かっているから気にしなくてもいいのですよ。それよりもこんな高価なおもちゃを買っていただいて申し訳ないです」

ラッピングの合間から見えているのは動物の形を切り抜いた木の積み木で、同じ素材の箱に入っているものだった。

僕と山葉さんが莉咲のおもちゃとして買おうかと思うが、少し値段が張るので購入を悩んでいた品物だ。

「いいえ、こちらに伺うようになってから春香が良くなったのがわかるのです。私たちの気持ちと思ってお納めください」

僕は有りがたくプレゼントを受け取ることにして箱を手に取ったが、その時春香ちゃんが再び口を開いた。

「でもね、積み木よりも莉咲ちゃんが変な奴に連れて行かれるから気を付けた方がいいよ」

僕は彼女の言葉を聞いて凍り付いた。

春香ちゃんが未来視に基づいて警告しているとしたら、それは言葉通りの形で莉咲の身に降りかかる凶事の予言に他ならないからだ。

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