第420話 オークションの出品物
中澤教授が落札したオークションの取引先を探す道のりは、首都高速道路を降りたあたりから難航し始めた。
東横線の元住吉界隈の幹線道路から外れた住宅街で僕たちはほぼ道に迷っていた。
「ほぼ」というのは、カーナビゲーションにネット通販ショップの電話番号が入っているので、その電話番号の登録住所付近には誘導してくれるから完全に迷ってしまうわけではないからだ。
しかし、カーナビゲーションの仕様上、目的地近辺で放り出されてしまうため、三差路が多く土地勘のない場所ではたちどころに自分たちの言いを見失ってしまう。
「山葉さんさっきもこの辺りを通り過ぎた覚えがありますよ」
僕が指摘すると、山葉さんは無愛想に答える。
「わかっているよ。でも、ネット通販ショップがあるはずのミニヨン二号館という建物が見つからないから、繰り返しその辺りを通る羽目になるだけの話だよ」
低速で住宅地を走行しながら周辺の住宅まで探すのは危ないので、建物の確認は僕がするべきところだが、僕は何回同じところを通ってもそれらしき建物を探し出せないでいた。
中澤教授のお宅で調べた際に判明したネット通販業者の住所はこの辺りにあり、番地以下のアパートやマンション名、に相当する部分にはミニヨン二号館と記載されていたのだ。
問題のエリアの見通しの悪い三差路を曲がると僕たちの車は、正面から来たミニバンと鉢合わせしそうになったが、その車には見覚えがあった。
「栗田准教授のエスティマですね」
僕がつぶやくと、山葉さんは表情を明るくした。
「前後して到着したが、向こうのカーナビゲーションでもこの辺りを示しているから遭遇できたわけで、大まかな位置としては間違っていないはずだ」
「そうですね。栗田准教授が手招きしているみたいだから付いて行きましょう」
僕が指摘するのと同時に栗田准教授のエスティマは後退して三差路の一つの道に後進のまま入り込んでいき、山葉さんもWRX-STIでゆっくりとその後を追った。
その道はその先で行き止まりになっており、いわゆる袋小路の形となっているが、突き当りの部分にはゲートがあり、その向こうには小さな駐車スペースと商業用の倉庫的な建物が見えている。
栗田准教授と、中澤教授がミニバンを止めて降りたのを確認して僕たちもWRX-STIを路上に駐車すると、車外に出た。
栗田准教授は僕たちが近づくのを見て、道の突き当りにある倉庫のような建物を示す。
「この袋小路に入り込んだ時に、そこに見える倉庫が「ミニヨン二号館」だと気が付いたのです」
僕は自分がミニヨン二号館なるものがアパートかマンションだろうと無意識のうちに決めつけて探していたのが間違いだったと悟った。
「なるほど、私達はてっきりマンションかアパートのような集合住宅の一室とばかり思っていたので、見つけられなかったようです」
山葉さんが栗田准教授に説明し、僕は山葉さんも同じ考え違いをしていたことを知り、ホッと一息ついた。
倉庫にはシャッターが下りた大きな開口部の他に、ドアも取り付けられており、そこに控えめにミニヨン二号館と表示板があった
「とりあえず、訪問してみましょう。見たところ関係者以外立ち入り禁止の表示は見当たりませんから、来客は拒まずなのでしょう」
山葉さんは開かれたままのゲートから倉庫に歩み寄り、倉庫の入り口ドアの横に有るインターホンの呼び出しボタンを押した。
インターホンから応答は無かったが入り口のドアがわずかに開き、奥から誰かが片目だけのぞかせてこちらを見ているのが見える。
「すいません。お宅からオークションで落札した品物について話が有るのですが」
山葉さんが中澤教授から借りたフィギュアを示すと、ドアの奥の男性は素早くドアを閉じようとしたが、山葉さんは自分の足をドアと建物の間に挟んでいた。
「ちょと、オークションで支払いまで終わっていたらうちはもう感知しませんよ。押しかけてきてトラブルを起こすなら警察を呼びますよ」
扉の奥にいた男性はドアを閉じて締め出すことは諦めたらしく半分ほど開けたドアから顔をのぞかせた。
男性はジーンズの上にスタジアムジャンパーを羽織り、カールのかかった髪を肩まで伸ばした長髪だが、その髪は手入れが行き届いているとは言えず、汚れてほつれた雰囲気が否めない。
小太りな丸顔に迷惑そうな表情を浮かべた彼は、どうやら仲間を呼んだ様子で、その背後からはジャージ姿で体格の良い男性が現れたのだ。
ジャージ姿の男性は短髪で顎髭を生やし、筋肉質の顔には鋭い表情を浮かべている。
「ナキさん、この人たちがオークションで落札した品物についてお話が有ると言うのですが」
ナキと呼ばれた男性は鋭い目で僕たちを一瞥すると、寡黙な雰囲気で僕たちに言う。
「話が有るなら中にどうぞ」
僕は、ナキと呼ばれた人のいかつい風貌を見て「やっぱりもういいです」と言ってそのまま帰りたくなったが、山葉さんがフィギュアを抱えてミニヨン二号館にずかずかと足を踏み入れるので仕方なくその後に続き、更に栗田准教授と中澤教授も室内に入った。
建物の中はドアの近辺は机などが配置されているものの仕切りは無く、その奥にある広い倉庫スペースが見渡せたが、僕は倉庫スペースに置かれた家具や電化製品のそこかしこに見える人影に気づき、再び何もかも放り出して帰りたくなった。
その人影は半透明に透けていることから明らかに死霊と考えられ、僕たちが建物内に入ったことに気が付き一斉に視線をこちらに向けた気がしたからだ。
山葉さんも眉間にしわを寄せて倉庫内の人影を見たが、事務所内にいた人々に視線を戻す。
僕たちに応対した男性二人に加えて小柄な女性も加わって三人のスタッフが僕たちと対峙する形になった。
「私がこのショップの責任者の神林です。私は古物商の免許も持っているし、取引終了後のオークション品についてはクーリングオフの対象外ですからね」
神林さんは僕たちがオークションの落札品について苦情を申し立てて返品に来たと思った様子だ。
「いえ、返品を要求するわけではなくて、このフィギュアを入手した刑をお聞きしたいのです。実はこのフィギュアに子供の霊が取り付いているらしく、持ち主の方に霊障が現れているので、原因を探ったうえで私たちが浄霊するつもりなのです」
「れ、霊障!?」
神林さんはあきれた様子で僕たちの顔を見回すが、意外なことにジャージ姿のナキと呼ばれた男性が口を開いた
「ほら、カンバさん俺が言ったとおりだろ。ここで扱っている品物には得体のしれないものがくっついていることが多いんだってば」
「鳴山君が怖がりなだけと思っていたけど、本当かしら?鳴山君が見て何かがいると思う品物をこの人たちがどう思うか聞いてみましょうか。どれか適当な品物はない?」
神林さんはナキと呼ばれていた男性に促し、鳴山さんという苗字らしい男性は倉庫の中ほどにある液晶テレビを指さした。
「あのテレビに何か取り憑いているのがわかるか?」
鳴山さんが指さしたテレビの横には確かに小柄なお祖母さんが佇んでおり、幽霊の詳細が見えづらい山葉さんは僕に尋ねる。
「私には詳細が見えないのでウッチーがどんな人か説明してくれ」
僕は仕方なくその霊の外見的な特徴を説明し始めた。
小柄なお年寄りの女性で、銀髪の短髪でヒョウ柄のスエットみたいな服を着ており、スエットのお腹の当たりにヒョウの顔がプリントしてあるのが特徴ですね。
鳴山さんは顔色が青ざめたものの、液晶テレビの当たりを見据えながら神林さんに告げる。
「この間のユニットバスで半分溶けた状態で見つかったばあさんがヒョウのスエットを着ていた。あのテレビあそこから持ってきた品物だよな」
神林さんは事務机から伝票をまとめたファイルを取り出すと長髪の男性に渡した。
「森田君、品番を紹介して。ヒョウ柄のおばあちゃんの名前は石川さんだったと思うから」
長髪の男性は伝票と液晶テレビの品番を照合していたが、やがて顔をあげた。
「その通りみたいですね」
神林さんは僕たちに振り返った。
「あなた方の主張にも根拠があるらしいけど、私たちに何をしてほしいの?」
彼女は文字通りの意味で困惑しているようだった。
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