第419話 漏出する情報

僕は山葉さんが考えていることがおぼろげに分かる気がしたが、同時に懸念が芽生えた。

「山葉さん、配送を匿名で頼む人は個人情報の類は漏らさないはずですよ。オークションサイトから出品者を突き止めて、男の子の霊を浄霊するつもりなら、それは難しいのではありませんか?」

オークションサイトの多くは、落札者と出品者だけが連絡できるシステムを構築しているが、連絡する際は相互に知り得るのは相手のIDと住所地の市町村名程度でトラブルになった場合は事務局が仲裁に入る。

代金支払も、オークションサイトがクレジットカード等の支払いを代行し品物の到着後に支払うことが出来るシステムが導入されており、オークションサイト固有の支払システムを使用する限りは落札者が出品者を特定することは不可能だ。

僕の質問を聞いた山葉さんは、中澤教授がパソコンのブラウザソフトを立ち上げるのを見ながら、苦笑気味に答える。

「それは私もわかっているよ。しかし、日常的にオークションに出品している人ならば、非合法に近いグレーゾーンの品物を出品するときには細心の注意を払うはずだが、合法品を出品する際には気が緩むはずだ。「京極さんフィギュア」以外の品物を出品しているかを調べ、他の品物のオークションから漏出する情報を拾い集めたら、意外と個人を特定することが可能かもしれない」

僕は彼女の論理に納得はしたものの、うまくいくか気が気でない。

中澤教授はもはや山葉さんに頼り切った様子で、オークションサイトを開いた。

「これがあのフィギュアを落札したときの取引です。出品したときの内容がまだ削除されずに残っていると思います」

山葉さんは、パソコン操作を中澤教授から引き継ぎ、出品されていた品物のページから次々と新たなウインドウを開いていく

「ふむ、思った通り出品者は複数回品物を出品していた形跡がある」

「どうしたらそんなことがわかるのですか」

僕が尋ねると、山葉さんは新たに開いたウインドウを示した。

「オークションサイトの設定で、出品者と落札者にはそれぞれ評価が付けられるし、出品者者が他にも品物を出品している場合は出品リストを閲覧できる。この出品者の場合はアクセサリーとか電化製品それに洋服の類も多いみたいだ」

「でも、他の品物でも個人情報が出ている訳ではありませんよね」

僕は彼女が示す出品リストを眺めるが、同じオークションサイトだけに個人情報は示されておらず、出品者の住所地が神奈川県の川崎市だと判るのみだ。

「もちろんそうだ。しかし、オークションに掛けるのはそれなりに手間がかかるので、不落に終わった場合は自信のショップに並べて通販しているとしたら?つまり、同じ商品名で検索をかけて、オークションサイトの写真と同じものを発見できたら、そのサイトの主がオークションの出品者と同一人物だ」

山葉さんは、自身の言葉通りに出品リストの商品名をコピペして次々に検索していき、やがて彼女の手が止まった。

彼女が開いたのは個人がネット販売をしているサイトで、そこでは種々雑多な品物が販売されているが、彼女の検索に引っかかったのは巨大ロボット物アニメの女性キャラクターのフィギュアだった。

「このフィギュアは人気があるため相当数がオークションに流れているが、出品者が最低制限価格を設定していると不落となる場合がある。この出品者も人気が高いのを当てこんで最低制限価格を高めに設定していたために不落になって、一時的に自分の通販サイトに並べたのだろうな。フィギュア自体の写真はネットに大量に出回るわけだが、識別に使えるのは、画像に写り込んだ背景だ」

彼女が示すフィギュアの背景は、中澤教授が取引した相手が出品しているフィギュアの背景と全く同じだった。

「それでは、この通販サイトを運営する人が中澤教授に「京極さんフィギュア」を販売したのですね」

「間違いないだろう。他人の写真を転載して偽のサイトを作る人間もいるが、この場合はそれの可能性は低い」

山葉さんは妙に楽しそうな顔で僕に説明するが、中澤教授は不安そうな表情のままで彼女に尋ねた。

「出品者を突き止めたとしても、単に販売を仲介しただけなのではありませんか?」

「その可能性は高いですね。これからこの出品者の自宅を襲撃、もとい訪問してどこで入手したかを聞きだして初めて霊障の原因に迫れるわけです」

山葉さんは華やかな笑顔を浮かべて答えるが、霊障の解消に至るまでには様々な困難が予測された。

「中澤先生、折角彼女がオークションの取引先を突き止めてくれたのだから、そこを訪ねてみませんか」

栗田准教授が中澤教授に勧めるが、中澤教授は気乗りがしない様子だ。

「いや、このフィギュアを携えてその人を訪ねたとして、クレームをつけて金品を要求する類の人と思われて警察沙汰になるような事態は避けたいのですが」

彼の心配はもっともだが、山葉さんは何か思惑があるのか、自信のある表情で言った。

「大丈夫です。その辺の渉外は私たちに任せてください。何はともあれこのフィギュアの元の持ち主に辿り着かないと男の子の霊が出現する原因さえわかりませんからね」

中澤教授は二人に押し切られたようにうなずいたのだった。

「それでは善は急げなのでこれから出かけることにしましょう。中澤教授は私の車に乗ってください」

栗田教授は中澤教授に告げると、川崎のオークション出品者の住所と連絡先をスマホで撮影している。

僕もカーナビに入力するために同じようにスマホでパソコンの画面を撮影して、中澤教授のお宅を後にした。

栗田准教授は、必要になるかもしれないと中澤教授に問題のフィギュアを持参させている。

浦安の住宅街を抜けて、僕たちは湾岸高速に乗って川崎市を目指した。

久しぶりにWRX-STIのステアリングを握った山葉さんはインターチェンジで高速道路の本道に合流すると、景気よくシフトアップし速度を上げていく。

「湾岸道路を走るのも久しぶりだね。たまにはドライブするのもいいものだ」

高速道路に乗ると視界が広がり、東京湾がある左手の方向には青い空が広がっている。

「栗田准教授たちが見えなくなっちゃいましたけど、どうしますか」

「大丈夫だよ、カーナビを使ったら同じ場所に到着するはずだから」

山葉さんは、どう見ても久しぶりの探偵ごっことドライブを楽しんでいた。


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