第264話 剽窃行為の結末
鴨志田さんは捜索に向かう劇団員の後ろ姿を見送った
その横で、劇場内の捜索から戻った警察官が町田さんに報告する。
「ロビーや客席周辺では爆発物らしき物は発見できませんでした」
「引き続き探してくれ。観客に被害が及ぶ事態は避けたい」
警察官は町田さんに敬礼すると再び楽屋から出ていく。
町田さんは木下さんの遺体と検分している鑑識の警察官を隠ったブルーシートを覗き込んだ。
「手がかりになりそうな所持品は無かったのか?」
「所持品は財布のみでしたが現金等は残っています。財布には運転免許証も入っていたので、身元が確認できたのですが、記載された住所に署員が向かっています」
町田さんは渋い表情でブルーシートの囲いから僕たちの傍に戻る。
「今のところ木下さんが爆破予告犯だという確証はありません。彼と一緒にいるところを目撃された、小林さんに事情を聞きたいですね」
町田さんの言葉を聞いた山葉さんは、自分のバッグから榊の枝を取り出した。
山葉さんはいざなぎ流の祭文を唱えながら、榊の枝を自分の顔の前にかざし、その場でクルクルと水平方向に回転していたが、木下さんの遺体がブルーシートで覆われている辺りを向いて静止した。
「小林さんは、この方角にいるはずだ。こうして方向を定めながら、そちらに進んでいけば、小林さんにたどり着けると思う」
彼女は自分の術の精度を確信した表情だが、僕は疑問に思った。
「その方向に木下さんの遺体があるから、彼の霊に反応しているのではありませんか?」
山葉さんは僕の疑議に不服そうに答える。
「私がイメージしているのは間違いないく小林さんだ。初対面の時に彼の頭頂部が禿げていることに気が付いて凝視していたので、鮮明に思い浮かべる事が出来る」
町田さんが僕たちの間に割って入った。
「山葉さんが、小林さんの方向を示していると言うのならば、僕に考えがあります。ちょっとこちらに来てください」
町田さんは僕たちを手招きして楽屋から出ていき、僕たちはそれに従った。
「それでは、ここで小林さんがいる方角を、示してください」
山葉さんは言われるままに、先程と同じ動作を繰り返し、ロビーから客席や舞台の方向を指して静止する。
町田さんは、自分が持ち歩いているクリップボードにはさんだ紙に何かしら書き込むと、更に僕たちを手招きする。
町田さんが僕たちを案内したのは、ロビーの正面入り口を挟んだ反対側の端の辺りだった。
そこで山葉さんはもう一度、先程と同じ動作を行い、客席の方向を指して静止する。
町田さんは、クリップボードに挟んだ紙に何か書き込むと、それを僕達の前に示した。
「これは、この劇場の見取り図なのですね」
僕はつぶやきながら彼が差し出した図面を眺める。
劇団キキ専用劇場の平面図には、三本の直線がひかれ、直線が交わる場所で小さな三角形が作られている。
町田さんは山葉さんが小林さんの居る方向を示した時に、劇場の平面図上に彼女が示す方向を直線で示していたのだ。
「この直線が交わってできた三角形の位置に行ってみましょう。舞台の裏手にあたるはずです」
町田さんは僕たちを促して再び楽屋へと戻っていく。
僕と山葉さんは慌てて町田さんの後を追う。
町田さんは楽屋で鴨志田さんに見取り図を見せて尋ねた。
「この場所を確認したいのですが、上演中に立ち入ることは可能ですか」
「ええ、そこは次に出番がある役者が待機したり、幕間に入れ換える大道具や背景を置くスペースです。こちらにどうぞ」
鴨志田さんは舞台裏の薄暗いスペースに僕たちを案内する。
下町を思わせる書き割りなどが並ぶ中で、鴨志田さんは足を止めた。
「見取り図に示された場所は、この辺りですね」
雑然とした雰囲気の舞台裏には、人影は無いように思われたが、僕はウイスキーと煙草の香りが入り混じった饐えたような臭いを感じた。
臭いの発生源を探すように視線を上に向けると、街並みのセットの上に、身を隠すように横たわった人影が見える。
「そこに、誰かいますよ」
鴨志田さんも人影に気付くと、人影に声をかけた。
「小林君なのか?そんな所で何をしている」
横たわっていた人影は、ビクッと身動きしてから上体を起こした。
「来るな。俺はもう終わりだ。こうなったらこの劇場ごと道づれにしてやる」
小林さんの手には家庭用電化製品のリモコンを思わせる小さな装置が握られている。
「どういうことだ?ちゃんと説明してくれ」
鴨志田さんが問いかけると、小林さんは装置を握りしめたまま答える。
「俺はシナリオの件で、木下に強請られていたんだ」
「何故だ?君はシナリオを書いたわけではないのに」
鴨志田さんの言葉に木下さんは首を振る。
「俺が藤堂さんに話したネタは、木下が書いた小説を思い出して剽窃したものだったんだ」
鴨志田さんが顔色を変えた。
「どうしてそんなことをしたんだ」
「俺はシナリオ制作に関わりたかったんだ。藤堂さんは新作を執筆するときに、関係者と飲みながらネタを拾う事がある。俺が提案したネタを使ってもらえたら、共同執筆者になったみたいで嬉しかったんだ」
小林さんは顔色が悪く、額に汗を浮かべながら話を続ける。
「ところが、もう会うことなどないと思っていた木下が、突然僕を訪ねて来たんだ。そして、開口一番に、劇団の新シナリオが彼がかつて書いた小説の盗作だと言う。俺が青くなったのは想像に難くないと思う」
小林さんは自分のシャツの袖で額の汗をぬぐうと、低い声で話を続けた。
「その時点で、俺は木下に素直に事実を話して赦しを求めたんだ。彼は正直に話してくれたからその件は不問にすると俺に言ってくれたが、その代わりに俺のしたことをばらされたくなかったら、彼の爆破計画に協力するように強要された」
早い話が、不問にすると言いながら小林さんは爆破計画の共犯に仕立てられたのだ。
小林さんは更に話を続けた。
「俺が木下に何故爆破計画を継続するのかと尋ねると、あいつは楽屋の貴重品紛失事件で犯人の汚名を着せられ、劇団から追い出された事を腹に据えかねているからだと言うんだ」
「木下君を殺したのはお前だな。どうして警察に届けなかったんだ」
鴨志田さんが口を挟むと小林さんは右手で握った装置を高く掲げて言った。
「俺にだって良心はある。盗んだ財布を木下の鞄に入れて濡れ衣を着せたのは俺の仕業だと白状して、爆破を思いとどまるように説得したんだ。しかし、あいつは逆上して俺に殴り掛かってきたんだ。俺は身を守るために手近にあった電源コードであいつの首を絞めて殺した」
「お前がこそ泥の真犯人だったのか。その上木下君を殺すなんてひどいやつだ」
鴨志田さんが街並みのセットから小林さんを引きずり降ろそうとすると、小林さんは手に持った装置を鴨志田さんに突き付けた。
「これは、木下が作った爆弾の起爆装置だ。俺は体調が悪くて死にそうだが、皆を道連れにしてやる。何もかも燃えてしまえば全てが木下の犯行とされてそれで終わりだ」
小林さんは装置のスイッチを押した。
僕は思わず目を閉じた。こんなところで爆破事件に巻き込まれて命を落ちすのだろうかと、後悔や怒りがない交ぜになった思いが僕の頭を駆け巡った。
居合わせた全員が、身動きもできなかったが小林さんがボタンを押して、かなりの時間が経過しても幸い爆発も火災も発生しない。
「確保しろ」
町田さんの声が響き、町田さんの後を追って来た警察官たちが小林さんを取り押さえると、引き摺るようにして連行し始めた。
「助かったみたいですね」
僕が山葉さんに話しかけると、彼女は厳しい表情で小林さんが取り落とした装置を指差した。
「安心するのは早い。それは動いているようだ」
舞台裏の薄暗い床に転がった装置を見ると、表面の液晶表示がカウントダウンするようにその数字を変え続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます