第250話 真犯人の末路

僕達は市内の果物屋で真理さんのためにお見舞い用の果物を詰め合わせたバスケットを購入した。

最近では見かけないパッケージだがお見舞い用という事がわかりやすくて良い。

山葉さんが先に立ち、その後にバスケットを抱えた僕、さらに孟雄さんと公文さんが続くという一行は、真理さんが入院しているという市民病院を訪ねた。

受付で真理さんの病室を聞き、廊下を進むうちに僕は一行の頭数が増えていることに気が付いた。

公文さんの後ろに、楠木建設とネームが入った作業服を着た男性が二人連なっている。そして、その二人はどうやら生身の人間ではないようだった。

「山葉さん、死霊みたいなのが二人もくっついていますよ」

「私も今気が付いた。あの二人、正晴さんに似ているような気がしないか」

彼女の指摘通りその二人の顔は、昨日僕たちを案内した正晴さんにどことなく似ている。

僕は楠木正道さんと正嗣さんが転落事故で死んだのは仕事で工事現場を見に行った帰りだと聞いたことを思いだした。

「もしや、一昨日に事故死した二人なのでは」

「そう考えるとこれまでに聞いた話と符合するな」

二人は無表情に僕たちの後ろをついてくる。

山葉さんは呪を唱えて二人の霊を浄霊するわけでもなくそのままに放置している。

「あの二人を何とかしなくていいのですか」

「正規の葬儀が終わっているし、これから行く先はあの二人の肉親の真理さんが入院する部屋だ。たまたま行先が同じだっただけかもしれないからこのまま様子を見よう」

以前山葉さんに聞いた話では、死者はしばらくの間家族を見守る期間もあると言う。幽霊の姿を見たからと言って闇雲に浄霊するわけにはいかないようだ。

市民病院の最上階である六階にある真理さんの部屋に辿り着き、来意を告げると彼女は僕たちを招き入れた。

真理さんは個室に入院しており、首に頸椎固定カラーと呼ばれるギブスのようなものをはめた痛々しい姿だった。

「ご丁寧にお見舞いなどしていただいて恐縮です」

真理さんはベッドの電動機能を使って上体を起こすと、僕たちに礼を言う。

「自動車の故障で事故に遭われたと聞きましたが、大変でしたね」

山葉さんが当たり障りなく挨拶し、僕はお見舞いの品物をベッドサイドのテーブルの上に置いたが、僕たち以外にも見舞客が訪れたらしく、菓子箱が置いてあった。

僕の見ている前で二体の幽霊はベッドの端に腰かけた真理さんの左右を囲むように立っている。

それだけでなく、真理さんの体には手のひらに乗るくらいの青白い光点が無数にまとわりつき、ゆっくりとしたスピードでランダムに動き回っている。

僕は以前にも同じような事象を目にしたことがあり、それらは物欲に捕らわれたものに寄り憑く餓鬼だということだった。

「急にブレーキが効かなくなったのです。幸い、道路がカーブした山側の法面に衝突したので転落などせずに止まることができました」

真理さんは当時の状況を思い出したらしく緊張した表情で話す。

「走り始めた時には影響がなくて、しばらく運転するとブレーキが効かなくなるように細工をするのは微妙な加減が必要ですよね」

山葉さんが微笑を浮かべながら尋ねると、真理さんの表情が硬くなった。

「何をおっしゃっているの?私には何のことだかわからないわ」

横で見ていた公文さんが驚いたように山葉さんの顔を見るが、彼女はさらに続けた。

「さしずめ、ブレーキホースに微細な切れ目を入れてブレーキフルードが少量づつ流出するように細工をしたのかな?それにはガレージに置いてあった剪定鋏あたりが適役かもしれませんね」

「し、失礼なことを言わないで。何故私が自分や家族の車に細工をしないといけないのよ」

山葉さんはフッと鼻で笑うと真理さんに畳みかけた。

「私はあなたが自分の車や家族の車に細工をしたとは一言も言っていませんよ。一般論として、もし犯人がいるとしたらという仮定の話をしたのです。それなのにあなたは自分のことを指摘されたと思ったようですが、何か心当たりでもおありなのかな」

真理さんはキッと顔を上げると山葉さんに抗議する。

「汚いわよ。そんなやり方で誘導したって裁判では証拠能力は無いはずよ」

山葉さんは余裕のある表情で真理さんを見返す。

「その通りです。でも、正道さんや正嗣さんに少しでも申し訳ないと思うなら、警察に自首して罪を償ってほしいと思うのです。自分の罪を由美さんに擦り付けるために自ら事故を起こすような真似はやめた方が賢明でしたね」

公文さんがじっと見つめる前で真理さんは蒼白な顔でうつむいていたがやがて、ポツリポツリと話し始めた。

「私は父が遺言を残していると知っていたらあんなことはしなかった」

公文さんが前に進み出ると優しい口調で話し始める。

「正道さんが由美さんを配偶者に迎えても、遺産の配分は彼女と自分の子供たちの人数割りで均等に相続させるというものですね」

真理さんは公文さんの言葉にうなずきながら言葉を続ける。

「私は一時、高級ブランドのバッグや靴を買うことを趣味にしていていつの間にか多額の借金を抱えていたの。これまでは審査の緩いローンを借りて返済にあててごまかしていたけど、あっという間に金額が膨れ上がっていった。もう父の遺産をあてにするしかない状態だったの」

公文さんは眉をひそめた。

「どうしてお父さんやお兄さんにそのことを相談しなかったのですか?多少は小言を言われたかもしれないけれど借金は片付けてくれたと思いますよ」

「父に叱られるのが嫌だったのよ。」

真理さんは公文さんを睨むとさらに続けた。

「おまけに父と来たら高齢で弱るどころか私よりも若い女性を後妻に迎えると言い出す始末。もしそうなれば妻は法定相続分で遺産の半分取り、私たちの取り分は半減する。その前に父が事故死でもしてくれたらと思ったのよ」

山葉さんは眉間にしわを寄せて真理さんの左右に立つ人影を見ながら言った。

「あなたのお父さんは子であるあなた方が相続する遺産が減らないように気を配っていたのに、そんなことは考えも及ばなかったようですね」

「うるさいわね。後知恵で分かったようなことを言うのなら誰にでもできるわ」

公文さんは真理さんの前に立つと、静かな口調で告げた。

「署までご同行願えますか?任意で同行していただけないなら、楠木正道さん、正嗣さん殺害の疑いで逮捕状を取ってから改めて伺うことになりますが」

公文さんの言葉を聞くと真理さんは素直に立ち上がった。

「わかりました。これから全てのことを白状します」

公文さんはホッとした表情で彼女を廊下に誘導したが、彼女は廊下に出たところで突然走り出した。その左右には二体の幽霊も見えており、まるで幽霊が真理さんを誘導しているようだ。

僕達が止める間もなく、真理さんは廊下の突き当りの扉を開けると、そこに設置されていた非常階段の手すりを乗り越えて虚空に身を躍らせていた。

「しまった」

山葉さんが悔しそうにつぶやいた時、重い衝撃音が非常階段のはるか下の方から伝わって来た。

僕が恐る恐る下を見ると、非常階段の下に横たわる真理さんの体からゆっくりと血の染みが広がりつつあり、その周囲を青白い光が取り囲み、輪になってぐるぐると回っていた。

真理さんの周囲を固めていた正道さんと正嗣さんの霊は、真理さんが落下していったのと同時に興味を失ったように非常階段から離れるとその姿は次第に薄れて見えなくなっていった。

その日の夕刻、僕達は由美さんの住居を訪ねて、いざなぎ流としては簡素な祈祷を行った。

「取り分け」の部分を孟雄さんが唱えている時に、僕は見てぐらの近くにうっすらと人型を認めた。

「やはり現れましたね」

「うむ、逆恨みで祟ろうとするのかそれとも取り憑こうとしているのか」

その人型は真理さんの霊だった。僕たちはこうなることを警戒していたのだ。

「私が全力を尽くして、由美さんを守ってみせる」

山葉さんは孟雄さんに代わって祈祷を引き継いだ。

彼女は緩やかな動きで舞いながら「りかん」と呼ばれる祈祷の核となる部分を唱えた。

真理さんの霊は人の姿を失い、青白い光の塊となっていく。山葉さんはその光を自分の手の平に引き寄せた。

山葉さんが強く気を込めると、真理さんの霊魂であった青白い光はどことも知れない時空に送り出されていった。

儀式の最後に山葉さんは一礼し、僕たちは由美さんの住居を後にした。

「私たちは、楠瀬一正氏の希望に沿うことができたのだろうか」

山葉さんは帰途に就きながら自信のない表情でつぶやく。

「少なくとも楠瀬正晴さんは命を取り留めたし、由美さんのお子さんも無事ではないですか。彼に頼まれたことは果たしたのだと思いますよ」

僕は自分でも自信がないままに山葉さんに告げたが、彼女はそれなりに納得した表情をした。

「山葉や内村君がいなかったら、おそらく正晴さんも事故で死に、由美さんのお子さんもこの世に生を受けることなく終わっていたのかもしれない。良い結末ではなかったが、最悪な状況は回避できたのではないかな」

山葉さんの父、孟雄さんは静かにつぶやくとポケットから取り出したシガリロに火をつけた。

「お父さん、煙草は止めるのではなかったの?」

山葉さんにたしなめられると、孟雄さんは慌ててシガリロの火を消すとポケットから取り出した携帯灰皿にしまった。

「そうだった。健康のためにこれはやめることにしたんだ」

彼は自分に言い聞かすようにつぶやくと僕たちに自分の乗用車に乗るように促した。

予約を取り直した東京行きの飛行機の定刻が迫っていたのだ。

見送りに来た由美さんが手を振るのを見ながら僕たちは空港を目指した。

国道から見える小高い山にはゴルフ場建設工事が進みつつあり、その上の尾根にある楠木家初代当主を祀る祠は、人目に触れることもなく密かにたたずんでいるはずだ。

遺産相続のために血族を手に掛けた惨劇は終わり、ゴルフ場の建設現場は静かな田園地帯の雰囲気を取り戻していた。

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