第249話 ママ友候補
任意の事情聴取と言っても、警察が被疑者と目した相手を呼びつける時は相当にその人物を疑っている場合が多く、僕たちの場合もそれにあたる。
別役家がある山の上から麓に降り、街の警察署まで出向いて要件を告げると僕と山葉さん、そして孟雄さんは別室で事情聴取を受けることになった。
僕の担当になったのは昨日と違い、山葉さんの同級生の弟だと言う公文さんだった。
「どうして僕たちが犯人扱いされているのですか」
僕が少し不機嫌に公文さんに尋ねると、公文さんは申し訳なさそうに応えた。
「実は昨日山葉さんが指摘されたガレージに残った油染みを鑑識が調べた結果ブレーキフルードだと判明したのです。ところが、その結果を聞いた署の上層部は、犯人しか知りえない秘密の暴露にあたるのではないかと考えたのですよ。その上、楠木真理さんが交通事故でけがをされたのでさらにあなた方や由美さんへの疑いが強まる結果になったのです」
僕は納得がいかないので彼に食い下がった。
「山葉さんは自分に見えている事実を指摘しただけで、秘密でもなんでもないでしょう。それにもし僕たちが犯罪に関与しているなら、そんなことは絶対話さないはずですよ」
公文さんは両手を上げて僕を抑えるような仕草をしながら言う。
「僕も上層部にはそう言っていますから、どうか落ち着いてください。それでも、動機の面で言うと、他の方が事故で亡くなれば由美さんが相続できる遺産が増えるのは確かなので我々は事情を聴かざるを得ないのです」
公文さんが困った表情を浮かべて僕を見つめるので、僕もそれ以上彼に食って掛かることはしないことにした。
「真理さんのけがの具合はどうなのですか」
「彼女の場合もブレーキが効かなくなって国道のカーブを曲がり切れず、山際の斜面に衝突したのです。幸い車体をこすりながら止まる形になったので、軽傷で済んだようです」
公文さんは事故の状況を僕に教えてからため息をついた。
その後、公文さんは一昨日に空港に到着してからの僕たちの行動を聞いたが、僕が話す内容は昨日話したのと変わりようがない。
結局、僕たちは早々に開放されて警察署を後にすることになった。
警察署のロビーで山葉さんや孟雄さんと顔を合わせると、公文さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「折角の帰省中に何度も足を運んでいただき申し訳ありません」
「いや、それはいいのだが私には少し引っかかることがある。楠木家は大きな邸宅で警備会社のステッカーが貼ってあったし、防犯カメラも作動していたはずだ。もし犯人がガレージで楠家の家族の車のブレーキに細工をしたのならば、ガレージに出入りする様子が防犯カメラに映り込んでいるのではないかな」
公文さんは足を止めて山葉さんの顔を見た。
「実は今回の件とその前の正道さん、正晴さんの事故の前の防犯カメラ画像を楠木家から提供してもらいました。今担当者が画像を見ているところですよ」
公文さんは僕たちを手招きした。
公文さんは僕たちを警察署内の一室に案内した。そこでは制服の婦人警官と男性警官がじっと画面を凝視している。二人の前の大型液晶画面に映っているのは楠木家のガレージの前あたりだ。
二人は動画を止めると、物問いたげに公文さんの顔を見る。
「今日、任意で話を聞かせていただいた方々だ。防犯カメラの画像に写っていなかったかな」
「さっき公文君と一緒に登場していましたよ。ガレージの中は写っていませんが入ってから数分で出て来たと思います。」
婦人警官が指摘すると公文さんは頭をかいた。
「その時のことはいいよ、それ以外では人の出入りは記録されていないかな」
「人の出入りはやたら多いです。昨夜が正道さんと長男の正嗣さんのお通夜でしたからね。でも、家族用のガレージに立ち入ったのは今確認できているのは真理さんだけでした」
公文さんは何か考えている様子だったが、婦人警官に目を移した。
「ありがとう。続きも頑張ってくれ」
彼女は憔悴した表情でうなずいた。
再び、警察署のロビーに戻る途中で公文さんが状況を説明し始める。
「あの二人はこの二日間防犯カメラの画像を見続けているのです。見落としが無いように早送りなどはしませんからね」
僕は目の下にクマを浮かべた二人の顔を思い出したが、二人の苦労に対する思いとは別に心の中のどこかに引っかかるものがあった。
ロビーでは僕たちと同じように事情聴取されていたらしい由美さんの姿も見えた。
しかし僕は彼女の周りに青白い光が沢山付きまとっているのを見てギョッとする。僕の横にいた山葉さんも眉間にしわを寄せて由美さんを見つめている。山葉さんにも僕と同じように霊と思われる光が群がっているさまが見えているのだ。
山葉さんが彼女に声をかけるそぶりを見せた時、由美さんはふいにしゃがみこんだ。
「大丈夫ですか」
山葉さんは駆け寄って由美さんに声をかける。
山葉さんは由美さんの肩に手をかけると、電流に触れたように手を引っ込めた。
「あなたはお腹に赤ちゃんがいるのですね」
「そう、正道さんの形見が私のお腹の中にいるの。話がややこしくなるから、警察の連中には黙っていてもらえるかな」
山葉さんは由美さんの顔を見ながらうなずくと、小声で祓い言葉を唱えた。
由美さんの体にまとわりついていた青白い光ははじかれたように由美さんの体から離れると、蜘蛛の子を散らすように周辺に飛び去って行く。
「何をしたのですか」
僕が尋ねると、山葉さんは微笑を浮かべて答える。
「高田の王子に由美さんに向けられた呪いや悪意を取り除くことを頼んだのだ、彼に対する報酬に相当する私の神楽の舞は後払いだ」
僕の頭に公家姿の高田の王子が口元を笏で隠して微笑んだ顔が浮かぶ。
僕はしゃがみこんだままの由美さんに手を差し伸べて言った。
「大丈夫ですか、ロビーのソファーに座れば休めると思いますよ」
由美さんは、首を横に振ると素早く立ち上がった。
「もう大丈夫、気分は良くなったからお気遣いは無用よ。むしろあなた達を事件に巻き込んだ無責任な通報に腹が立ってきたわ」
由美さんの表情を見て、山葉さんは微笑みながら話しかける。
「うちの子と同学年になりますね。夏休みでこちらに連れて帰った時に遊び相手になってくれたらいいな」
山葉さんの言葉で由美さんの張り詰めていた表情が緩むのがわかった。
「あなたもお子さんができるのね。もしも正晴さんが事故を起こした時に同じ車に乗っていたら楽しい未来が台無しにされていたかもしれない」
山葉さんは穏やかな表情で由美さんに応える。
「何事もなかったからもう大丈夫ですよ。あなたも自分の体をいたわってください」
山葉さんが諫めると、由美さんは手近にあったソファーに腰を下ろした。
山葉さんは由美さんが落ち着いたのを見届けると公文さんに向き直って告げた。
「乗用車のブレーキホースに細工をしようとしたら、ボンネット等を開けねばならず、道路端でそんなことをすれば嫌でも目に付いてしまう。ボンネットを開けないようにしたところで、路肩で乗用車の下をのぞき込んで作業でもしようものならこの辺では近所の住民の目についているはずだ」
「つまり、周辺の住民に聞き込みをしろとおっしゃりたいのですか」
公文さんは警戒気味に問い返す。山葉さんはゆっくりと首を振りながら立ち上がった。
「私は事故でけがをされた真理さんのお見舞いに行くつもりだ。公文さんも一緒に行ってみないか」
山葉さんが浮かべた微笑に惑わされて、公文さんは無意識のうちにうなずいていた。
山葉さんは孟雄さんと僕を順番に見ると、付いてくるように身振りをして孟雄さんの車を置いている警察署の駐車場に歩き始めた。
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