第248話 覇者の末裔

戦国時代の武将とその家来を相手に対峙するのは、気持ちがよいものではない。

相手は日本刀や長槍で武装しているのにこちらは丸腰なので、争いになれば著しく不利だ。

「僕達に何の用があったのですか」

僕が平静を装って尋ねると、家来の侍はかしこまって答える。

「先にも申しました通り我が主、楠木一正様から、お願いしたい事があるからです」

「人に頼み事をする時に騙して連れ去るのがお前たちの流儀なのか」

僕の隣から山葉さんの声が響いた。彼女はクールな表情の中に冷たい怒りをみなぎらせている。

できるだけ相手を刺激しないでおこうと考えていた僕の配慮は一瞬にして無駄になったようだ。

「朧車で迎えに上がった際は、虚偽の説明をしてすまなかった。どうしても頼みたい事があった故、無理にでも来ていただこうとしたのだ」

武将姿の楠木氏が初めて口を開いた。

「私たちはそんな怖いものに乗せられていたのか?」

「見た目はトヨタのミニバンそっくりだけどディテールがいい加減でしたからね」

スピードメーターの外観はそっくりでも、表示の文字部分がにじんで見えなかったり、ドアノブがドアと一体化して全く動かなかったりすると結構怖いものがあるが、

僕は朧車改造ミニバンの話は脇に置いて本題を尋ねることにした。

「僕たちに何を頼むつもりなのですか」

僕の質問に答えて、武将姿の楠木一正氏はゆっくりと話し始めた。

「私の子孫が僅かばかりの資産を巡って骨肉の争いを始めており、このままでは一人として残らず、我が家系は絶えてしまう雲行きだ。何分我らの姿を見ることができる人は少ない故、強引な方法で私のもとに来ていただこうとしたことをお許し願いたい」

山葉さんは彼が持った長槍を眺めながら少し皮肉な雰囲気で尋ねた。

「お家の資産を巡る争いでは第三者が口を出せる余地はあまりないかと思いますが」

「普通ならそうだが一族の中に人の道に外れ肉親の命を奪おうとしているものがおり、とても見てはいられない。どうかこれ以上犠牲者が出ないようにお力を貸していただきたい」

彼は長槍の柄を下にして立て、頭を下げて見せる。山葉さんは態度を和らげて彼の依頼とは関係のない話を始めた。

「あなたの一族は滅びたとされているのだが?」

「私の父は大坂夏の陣で豊臣方に付いて戦い、戦が終わった後に捕らえられて刑死した。父の家臣の一部の者は私を擁立すればかつての同志が集結し叛旗を上げることができると考えて密かに私と兄を父のかつての領国に連れて来たのだ」

僕は面白くない話が長くなりそうな予感がしてうんざりしたが、山葉さんはその話に食いついた。

「史実ではあなたは捕らえられて処刑されたとされている。どうやって生き延びてこの地で子孫をのこしたのかすごく興味があるから教えてくれ」

楠木氏は傍らに立つ彼の家来を示した。

「あ奴は父の家来の息子で我が竹馬の友であり、私の身代わりとして処刑されたのだ。それほどまでの犠牲を払ったのに我が家系が絶えると思うと断腸の思いだ」

僕は、大坂夏の陣の敗残の将の子孫だと言い張る楠木氏が気の毒になったが、山葉さんは更に指摘した。

「あなたについての話を覚えている限りでは、あなたがその甲冑と槍を携えて出陣したことは無いはずだ」

「この装束は祖父が身にまとっていたもので、私自身は戦に出陣したことなどない。祖父を慕うかつての家来の想いが私にこのような姿を強いるのだ。父は関ヶ原の戦いでは徳川方と戦うことなく終わり、本来なら所領を安堵されていたはずなのに本国で謀反を起こした家来がいたばかりに流浪の身となり最後は大坂夏の陣で豊臣方について戦い、後に刑死した。」

楠木氏がうんざりした表情でつぶやいた時、僕たちの背後から声が響いた。

「それは気の毒な身の上だな。お家再興を願うと言えば聞こえはいいが、変化を望まなかった家来衆のエゴがそなたの父上を破滅に招いたと言って差支えない。未だにそのような格好をさせられているのは気の毒だからこの娘にそなたにまとわりつくつく邪念を祓わせてしんぜよう」

楠木氏に話しかけたのは高田の王子だった。高田の王子とは山葉さんがいざなぎ流の祈祷で「すそ」や呪詛の類を清めるために使う式王子の名だ。

「あなたは本物の高田の王子様なのか?」

山葉さんが問いかけると高田の王子は申し訳なさそうな表情で彼女に告げる。

「式王子たるもの術者に従うのが本来だが、この者があまりにも気の毒なので肩入れしてしまったのじゃ。許してたもれ」

山葉さんは柔らかな微笑を浮かべると高田の王子に答えた。

「いつもあなたにはお世話になっているから、恩を返せる機会があるとしたら私はうれしいです」

高田の王子は嬉しそうに目を細めると山葉さんに語りかけた。

「それでは本末転倒なのを承知でお願いしよう。そなたが祈祷を行い楠瀬家にまつわりつく邪念を取り払うように命じてくれれば、私はその通りにして彼の苦しみを取り除いてくれよう。その上で彼の子孫が途絶えないように尽力してやってくれ」

高田の王子の言葉は難解だったが、山葉さんは明るい表情でうなずいた。

「もちろん、そうさせてもらいます」

山葉さんは、巫女姿で御幣を手にするといざなぎ流の祭文を唱え始めた。

舞踊のように緩やかに舞いながら祭文を唱える彼女の姿はいつしか、高校生の頃の姿から現在の彼女に戻っている。

祈祷を終えた時、楠木氏と家来は戦国の武士の姿から質素な姿となっていた。

「あなたにまつわる徒な期待を抱く邪念を一掃しました。当時の衆勢の期待が作り上げた偶像を背負わされてさぞやお疲れでしょう」

山葉さんが語り掛けると、楠木氏は穏やかな微笑を浮かべる。

「そのことにお気遣いいただけるとは思わなんだ。我が子孫が少しでも生き延びられるようにご尽力いただけるなら、貴殿が喜ぶようなお礼をする力は我らにはないとはいえ、そなたの子々孫々まで健やかに過ごせるように祈念いたそう」

楠木氏は穏やかな表情で山葉さんに告げると、傍らの家来と共に姿を消した。

跡に残された僕は、周囲が妙に赤く見えることに気が付いた。近くから寝息が聞こえてくる。僕は自分が夢から覚めつつあることに気が付いた。

夢から覚めて目を開けると、隣に敷いた布団に横たわる山葉さんが僕の顔を見つめていた。

「おはようウッチー。ウッチーと同じ夢を見ていた気がするよ」

「それは事実ですよ、楠木家の先祖が僕達をフォローしてくれたのはいいですが、現実の楠木家の争いを早く止めなくてはいけませんね」

僕の答えに、山葉さんは目を細めると、半身を起こして自分のお腹を押さえながら僕に言う。

「相変わらず生真面目だな。遺産相続を目当てに姉弟姉妹で殺し合う一家など関わりたくもないが、今回は成り行きでそうせざるを得ないようだな」

「割と冷たいことを言うのですね」

僕がつぶやくと彼女は厳しい表情で僕の言葉に応える。

「昨日、正晴さんが事故を起こした時にたまたま私たちは同じ自動車に乗っていなかったが、ほんの少しタイミングがずれていれば一緒に谷底に落ちていたかもしれない。私はこの子を守るためにも危害を加えてくる相手には厳しく対処するつもりだ」

山葉さんは立ち上がると寝室のカーテンを開けた。

窓の外では晩夏の明るい日差しが溢れており、別役家がある山の斜面の下方では谷を埋め尽くした雲が雲海を形作っていた。

別役家の居間で朝食をいただいている時、家の固定電話の呼び出し音が響いた。

電話に応対していた孟雄さんは通話を終えると僕と山葉さんを呼び寄せた。

「警察署の公文さんから電話があった。楠木真理さんが自損事故を起こして病院に搬送されたそうだ。公文さんは任意で話を聞きたいと言っているがどうする?」

任意の事情聴取と言っても、十分嫌疑を持って呼びつける場合もある。

僕は、新たな攻勢が僕達に押し寄せてきたことを知った。

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