第226話 刀剣女子の集い

「私の両親はその刀を処分してしまうつもりなのです。これまで存在すら忘れていたのに、私たちが見つけたとたんに古い言い伝えを思い出して、災いが起きるからと手放そうとしています。あなた達はこの刀をどこかに転売することを頼まれているのですか」

女性は思いつめたような表情で僕に尋ねる。

僕は気を飲まれてぽかんと彼女の顔を見ていたが、オーダーを取ったところだったのを思い出しておもむろにコーヒーのドリップをはじめながら彼女に言った。

「転売を頼まれているわけではありませんよ。僕は栗田准教授の研究室の大学院生の内村というものですが、准教授に頼まれたのは刀に邪霊の類が付いていたらお祓いしてくれという程度のことです」

ペーパーフィルターの中でコーヒーの粉はお湯を含んでゆっくりと膨らんでいく。それと共にカフェ青葉特製ブレンドの香りが辺りに漂った。

「すいません。私は黒田由香里といいます。栗田真由美、栗田准教授の娘の友人です」

由香里さんはしっかりした口調で名乗ると大きなため息をついた。

「日本刀がお好きなんですか?」

「ええ、まあ」

気のなさそうな返事だが、声に力が入って彼女の意図を裏切っている。

僕は淹れ終わったホットコーヒーをカップに注ぐと由香里さんの前に置いた。

「あの同田貫にどんな言い伝えがあるか知りませんが、何か只事でない雰囲気を帯びているのは確かです」

「そうなんですか」

由香里さんはカップに手をかけた手を止めて言う。そして僕の表情を窺いながら遠慮がちに聞いてきた。

「真由美に聞いたのですけど、あなたは物に宿った心が読めるそうですね。それは審神者としての能力なのですか」

准教授に話を聞いた時から推測していたのだが、由香里さんたちは刀を主題にしたオンラインゲームを好んでいて、現実にだぶらせているようだ。

そのゲームではプレイヤーは審神者と呼ばれ、刀に宿る心を美男子キャラクターに具現化させて戦わせる設定だ。

どうやら彼女は僕の話も栗田准教授とそのお嬢さん経由で聞き及んでいるようで、過去に僕が物に宿った強い思念を読み取った話をゲームの審神者になぞらえて考えているらしい。

ちなみに、本来の審神者とは古代神道の祭祀で神託を受けて、神意を解釈して伝える者を指す。

「いいえ、僕は審神者の能力があるわけではありませんよ」

とりあえず僕は否定した。

いずれの意味においても僕は「審神者」としての能力を発揮しているわけではないからだ。

とはいえ、僕は彼女の考え方を一方的に否定する気にもなれなかった。僕自身も軍艦を美少女のキャラクター化したゲームに入れ込んでいたので彼女の気持ちも理解できる。

「でも、物の記憶が読み取れるのならあの刀の記憶も読める訳でしょう?」

彼女はどうしても問題の日本刀「同田貫」に宿る記憶を読ませたいらしい。僕は苦笑しながら言った。

「映画に出てくるサイコメトラーみたいに、手に取った物に意識を集中したらなんでも読み取れると言うわけではないのですよ。今日の午後に祈祷を行うことになっていますがそこで過去に刀を所持した人の記憶が読み取れるかは不確定です」

僕自身はサイコメトラーごっこをすることには消極的だ。品物に染み付くほどの記憶というのは往々にして持ち主が死に至るまでの最後の闘いの記憶だったり、深いトラウマの元凶だったりする。

例えば、戦時中のビルマの山奥で敵に追われながら飢えに苦しんで死ぬまでの記憶や、戦国時代に時の体制に蜂起した陣営に加わり、鎮圧されるまでの記憶を追体験するのは愉快なことではない。

しかし彼女は僕の考えを知るよしもなく、さらに食い下がって来た。

「もしよかったら、私も刀の祈祷をするときに立ち会わせてもらえませんか」

どうしたものだろうと僕が考えていると、いつの間にかカウンターの中、僕の隣に山葉さんがいた。

「あなたの家はあの刀を先祖が使ったものとして代々受け継いで来たのですか」

「はいそうです」

由香里さんが山葉さんに答えながら背筋を伸ばした。

「それならばあなたは立派な関係者です。お時間があるならば是非、祈祷に立ち会ってください」

山葉さんが微笑を浮かべながら答えると、由香里さんは嬉しそうに言った。

「本当ですか。私は真由美からあなた達の話を聞いていたので、うちの同田貫のお祓いをするときは絶対に立ち会いたいと思っていたのです。ありがとうございます」

彼女は礼を言った後も、何か言いたそうに僕を見ている。

「あの、他にも何かあるのですか」

僕が声をかけると、彼女は言いづらそうな様子で僕に尋ねた。

「良かったら私の友達も一緒に見させてもらっていいですか」

僕はどうしたものかと思い、山葉さんの表情を窺うが、山葉さん本人は屈託がない表情で言う。

「かまいませんよ、少し手が空いてきたのでお友達が来たら始めることにしましょうか。こちらにスイーツメニューもありますからどうぞ」

彼女は鷹揚に由香里さんの友人の同席を認めながら、抜け目なく営業もしている。

由香里さんはスマホを取り出すと、さっそく連絡を始めた。

僕は学校の友人だと言う栗田准教授のお嬢さんを呼ぶのかと思っていたら、しばらくすると由香里さんのスマホからLIMEの着信音が頻繁に聞こえ始めた。

僕は何気なく聞き流していたが、着信音が続くので気になって由香里さんに尋ねた。

「ここに来るお友達というのは栗田准教授のお嬢さんだけではないのですか」

由香里さんはちょっと困った表情を浮かべながら僕に答える。

「それが、ゲーム繋がりの知り合いに通知を流したらみんな見に来ると言い出しちゃったんです」

みんなって何人いるのだろう?僕は由香里さんに聞きたかったが、一度許可した以上聞くのも野暮だ。僕は微妙に嫌な予感を感じながら仕事を続けるしかなかった。

小一時間が過ぎると、カフェ青葉は明らかにいつもと違う客層が多くなっていた。

そのお客さんたちの特徴は、10代後半以降の女性であること。

多くは一人で来店して壁際のお一人様用スツール席に座るのだが、注文するのは決まって大判ホットケーキのアプリコットジャムと生クリーム添えにカフェラテのセットだ。

僕はオーダーされたスイーツのセットを運んでいて、同じメニューがよく出る理由がわかった。

彼女たちは、由香里さんとLIMEでつながっていておすすめのメニューを皆が注文し、LIMEであいさつを交わし合っていたのだ。

「隣にいるのに何故直接話さないのだろう」

カウンターに戻った僕は独り言をつぶやいた。

無論全員がLIMEだけ使ってコミュニケーションしているわけではなく、隣席の人と挨拶を交わして二言三言、会話している姿も見られる

僕の独り言を聞いた沼さんは隣に来ると僕の耳元でささやいた。

「きっと、初対面だから互いに声がかけづらいんですよ。」

「そうなの?女性はもっと活発にコミュニケーションをとると思っていたのだけど」

沼さんはクスクスと笑って言う。

「ウッチーさんが考えているのは仲が良くなった相手の場合です。初対面の相手に一気に盛り上がるのは無理ですよ」

そんなものなのかなと僕はいつもより華やかな店内を見渡した。

由香里さんはカウンター席で秋の限定スイーツを追加注文してそれも食べ終え、グループにオンラインゲーム仲間のグループに情報を流して僕たちの店の売り上げに貢献していた。

その時、新たな奥やくさんが店に入るのが見え、その女性客は、カウンターに由香里さんの姿を認めると真っすぐにそこに歩み寄った。

「ユカチンお待たせ、他の人たちはもう来ているのかしら」

由香里さんはラインのグループ画面を彼女に見せると言った。

「もうお揃いよマユユ。こちらの方が栗田ゼミの内村さんと陰陽師の山葉さん」

女性は僕たちに向き直ると、硬い口調で言った。

「初めまして、栗田の娘の真由美です。いつも父がお世話になっています」

「いえいえ、こちらこそお世話になっています」

僕が慌てて挨拶していると、女性客の大半がこちらを見ていた。どうやらカフェ青葉はオンラインゲーム女子のオフ会会場と化しているようだった。

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