第213話 秘密基地の記憶

座敷童の間に取り残された僕と山葉さんはしばし考え込んでいた。

「座敷童ちゃんは、家に帰れなどと言ったらあの小学生が困ってしまうと言っていましたよね」

僕が思ったことを口にすると、山葉さんは目を閉じて腕を組んだまま答えた。

「瑛人さんもあの小学生を浄霊しようとしたら、あの子の魂そのものを消してしまいそうな気がしてできなかったと言っていた。何かの理由があると考えて然るべきだな」

山葉さんが座敷童の間の人形を眺めていると、僕のスマホの呼び出し音が鳴った。

ディスプレイには山伏姿の小林さんの顔写真が表示されている。それは昨年山形に来た時に小林さんと番号を交換した際に設定した写真だ。

通話を始めると、小林さんは恐縮したような声で僕に話し始めた。

彼の話では、警察が小学生の遺体を自分の家族に引き取ってもらうべく探し出して連絡を取ったら、小学生の実の母親が引き取りを拒否したと言うのだ

「あの子の母親が遺体の引き取りを拒否したようですよ」

ぼくが簡潔に事実を知らせると山葉さんは驚いた様子で、たたずんでいる。

「自分の子供が白骨死体になって発見されたと言うのに、引き取りを拒否する母親がいるものなのか?」

「どうやらそうらしいですね。その母親は子供が返ってこないと地元の警察に訴えて捜索願は出しています。でも、子供が見つからないままに転居して福島県に移り住んだようですよ」

「何故そんなことができるのだ?仮にも自分の子供には間違いないだろうに」

山葉さんの顔には呆れたような表情が広がる。僕は仕方なくスマホで小林さんと話を続けた。

「小林さんは詳しい話をしたいので、今夜この宿まで来ようかと言っています。時間は何時ごろに設定しましょうか」

山葉さんは自分の腕時計を見ながら、考え込む。

「夕方5時くらいに来てもらえないだろうか。ウッチーもあまり寝ないで運転していたのだから遅くならない方がいいだろう」

僕を引き合いに出さなくてもいいところだが、気を使ってくれたのだから悪い気はしない。

スマホで小林さんに希望時刻を告げると、彼は二つ返事で了承した。彼は瑛人さんも連れてくると言って通話を切る。

「5時にここでオッケーです。取りあえず、宿のフロントの前にあるソファーで話をすることにしましたよ」

フロントの前には出発したり、到着した宿のお客さんが、腰を降ろせるソファーが置いてある。

余裕がありそうなので、使わせてもらおうと思ったのだ。

今度こそ自分たちの部屋に向かおうとして、僕は自分のポケットに入れてあった携帯用ゲーム機を思い出した。

ポケットから取り出して、ジッパーバッグから取り出すと相当な期間風雨にさらされていたはずなのに、そのゲーム端末は電源を入れたらプレイできそうなコンディションだ。

「そのゲーム機はどうしたのだ」

山葉さんに見咎められて僕はしぶしぶ事情を説明した。

「実はランドセルを見つけた場所の近くで拾って、思わずポケットに入れてしまったのです」

山葉さんが絶句した。一瞬おいて、彼女は普段と少し違う雰囲気でまくしたてる。

「鑑識が入るまでは現場の者に触れてはいけないと言っておいたのに、事もあろうに持ってきてしまうとは」

僕は少し閉口しながら、言い訳をする。

「自分の手が勝手に動いてポケットに入れてしまったような気がするのです」

「万引きした中学生みたいな言い訳だ」

山葉さんは苦笑しながら階段を登る、2階の自分たちの部屋に入ると、荷物を置いた彼女はさっさと支度をして温泉にはいるために階下へ降りて行った。

ちょっとしたフリークライミングをした後なので、僕も結構汗ばんでいたがとりあえずゲーム機を電源につないでみることにした。

ジッパーバッグの中にはACアダプターも入っていたからだ。

コンセントにつないだACアダプターのコードを本体に差し込むと、充電インジケーターのダイオードがほんのりと点灯する。

そのまま放っておいても良かったが、長期間放置した家電を充電すると電池から発火する可能性があるので10分ほど様子を見ながら充電して起動してみることにする。温泉に入るのはそれからだ。

僕は旅館の和室のコンセントにつないだゲーム端末を見ながら、畳の上に横になった。

起動して動作確認ができる程度充電するまでの間、そうやって見ているつもりだったが、前夜から寝不足だった僕はいつの間にか畳の上でうたた寝していた。

そして僕は夢を見始めていた。僕がいるのは雑然としたアパートで、自分が住んでいる部屋という認識があった。

僕は、狭い台所の足もとにあるコンセントに差し込んだACアダプターを抜くと携帯用ゲーム端末をジッパーバッグにしまった。ついでにACアダプターも同じ場所にしまう。

家から外に出たら使うことはまずないのだが、台所に置いておくとお母さんに怒られるからだ。

ランドセルにゲーム機を入れると、ポテトチップスとチョコレートをコンビニの袋に入れてランドセルに放り込む。

本当はジュースを持っていきたいところだが、お小遣いが足りないのでその辺にあった空のペットボトルに水を詰めた。

今日はお母さんと付き合っている「あいつ」が来る予定なのだ。

お母さんがそばにいるあいだはそんなことはないが、お母さんがいないときに「あいつ」と同じところにいると、殴ったりけられたりする羽目になる。

一番最初にゲーム端末を買ってもらった時はうれしかったが、それはお母さんの目をごまかして、僕と仲良くしているように見せかけるための作戦だったのだろう。

「あいつ」は子供の僕を殴ったりけったりして、僕が泣くのを見て喜ぶ腐ったやつなのだ。

僕は玄関で靴を履くと、お母さんと住んでいる2階の部屋からでると、階段を下りて外に走った。

幸い「あいつ」と出くわすこともなく、外に出ることができた。あいつが居座るくらいなら今夜は家出して戻らないつもりだ。

家並みから少し離れたところの大きな道に出ると、僕は歩道の上を歩き始めた。

友達の幸雄と一緒に探検して見つけた、とっておきの秘密基地があるのでそこに行くつもりだった。

そこは洞窟になっているので、雨が降っても大丈夫。

崖の上まで登るから、大概の大人は来ることができないような場所だ。

僕はランドセルを背負いなおすと、大きな道から外れて森の中に続く小さな道を歩き始めた。

森のはずれのゴロゴロした岩を乗り越えていくと、そこには高層ビルみたいな岩の壁がそびえている。

僕は幸雄と一緒に見つけた秘密のルートから岩の壁の上までよじ登った。そこから見ると自分の住んでいる家や、近所の家がまるでおもちゃのように見える。

僕は要塞に立てこもった気分で有頂天だった。ゲームはし放題だし、食べ物だってある。

嫌な奴がいる家なんかもどらなくてもいい。そう思った僕は、日が暮れ始めてもゲームに没頭して帰ろうとしなかった。

しかし、それもしばらくの間だった。ポテトチップスやチョコレートを食べておなかを満たしたものの、夜になって空気が冷たくなってくると次第に寒さが身に染みてきたのだ。

でも、暗くなった後では崖を降りることはできなかった。手掛かりを見つけられなくて落ちるのは目に見えているからだ。

僕は何とか朝まで我慢しようと一生懸命ゲームをしていたが、やがてゲーム機の電池が切れてしまう。

「こんなに寒くなるとは思わなかった」

僕は独り言をつぶやきながら、洞窟から出ると岩の上に登ってみた。

自分の家のあたりを見下ろすと、その辺にはいくつも明かりがついていて暖かそうだ。

「お母さんは心配しているかな」

また独り言を言ってから、僕は洞窟に戻ろうとした。吹きさらしの岩の上よりは岩陰の方がいくらかましだと思ったからだ。

しかし、僕は暗闇の中で足場をちゃんと確認していなかった。

あっと思ったときには、僕は奈落の底へ続くような闇のなかを転落していた。

「ウッチーは温泉に入らないのか?」

山葉さんに揺り動かされて僕は目を覚ました。

「うたた寝しながら、ビクッと動いていたよ。」

山葉さんはクスクスと笑う。浴衣姿の彼女は湯上がりでほんのり上気しており、僕はちょっとドキドキする。

「崖から落ちる夢を見たんですよ」

「皆そう言うんだよね」

彼女は座卓に置いてある急須でお茶をいれて、温泉饅頭を摘まんでいる。

NHKの情報番組によると、温泉饅頭は入浴前に食べるのが正しい作法だ。

僕は温泉饅頭を口に入れながら言った。

「まだ時間があるから温泉に入ってきます」

「そうするといい。いい湯だったよ」

山葉さんは柔らかな笑顔を僕に向ける。

どうやら僕は、ゲーム機に残っていた小学生の思念を拾って、彼の最後の瞬間を追体験したらしい。

僕はゲーム機の持ち主の悲しい身の上を思い出しながら、浴衣とタオルを抱えて温泉に向かった。

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