第212話 座敷童の間
結局、僕たちは崖の上から無事に下までたどり着くために崖を迂回して木々に覆われた山肌を降りることになった。
しかし、そこも岩の壁ほどではないにしても急斜面であり、僕たちは斜面に生える木の幹から幹へ飛び移るようにして降りるしかなかった。
僕たちが小学生の遺体を発見した現場に戻ると、既に地元の警察が規制線を張って、鑑識作業を行っていた。
頭上を見ると、僕たちが昇ったルートを鑑識の制服を着た警察官が登って行くのが見える。
崖の上で遺留品を発見したことは既にスマホで連絡していたので、警察は確認作業に向かったのだろう。
「山葉さん内村さん、瑛人さんもお疲れさまでした。こちらの方が確認したいことがあるそうです」
小林さんが制服の警察官と並んで僕たちを手招きしていた。
制服警官は僕たちの身元を確認して簡単に事情を聴き、後日連絡させてもらうかもしれないと言って僕たちを解放した。
小林さんは警察官と一緒に、その場に居残る気配で僕たちに告げる。
「地元の警察署に私の知り合いがいるので行きがかり上、私から詳しい話をしておきます。あなた方は折角東京から来られたのだから山形観光を楽しんでください。つきましては、街まで瑛人さんを連れて行っていただけるとありがたいのですが」
瑛人さんは自分一人が僕たちと行動を共にすると言われて、何か言いたそうに小林さんを見たが、結局何も言わない。
「もちろん構いませんよ。あの子供の浄霊の話にしても親元に引き取られたらちゃんと供養してもらえるだろうからもう心配ないですよね」
山葉さんが答えると、小林さんは笑顔でうなずいたが、瑛人さんはどこか浮かない顔をして口を閉ざしたままだった。
国道に出ると、山葉さんのWRX-STIは数台の警察車両に取り囲まれた状態になっている。
「いやだな、まるで私がスピード違反で捕まったみたいじゃないか」
山葉さんぼやきながら僕と瑛人さんを乗せて、慎重に警察車両の隙間を縫って脱出すると、国道を上山市方面へ走り始めた。
「ぼくは市街地近辺の適当なところでほうりだしてくれたらいいですよ」
瑛人さんがぼそっと告げるが、山葉さんはミラーで彼の様子を窺いながらにんまりと笑顔を浮かべた。
「今夜の宿は清風荘に予約を取っています。瑛人さんのお家のすぐ近くだから宿に入る前に瑛人さんの家の玄関前で降ろしてあげますよ」
「やめてください。僕は今日、市立図書館に勉強に行ったことになっているから、あなたが運転する車で帰ると叔母は僕が遊びに出かけていたと思い、僕は手ひどく叱られてしまいます」
彼が本当に困った様子で懇願しているので、山葉さんは笑うのをこらえながら彼に言った。
「それではお宅から少し離れたあたりで降ろしましょう」
瑛人さんはすこし安心したらしく咳払いをしてから、言葉をつづけた。
「実は僕はあの子供の霊を自分の力で浄霊しようと試みたことがあったのです。しかし、あの子を成仏させようとすると、魂そのものを消し去ってしまうような気がしてどうしてもできなかったのです」
山葉さんは首を傾けていた。彼の言わんとすることが理解できないらしい。
「先ほどのあなたの言葉でもないですが、家族の元に引き取られて供養してもらえたらそれに越したことはないですが」
彼は言葉を途切れさせた、語彙が不足していて説明できないもどかしさが彼から伝わってくるようだ。
「今夜か明日には、小林さんが詳しい話を聞かせてくれるはずだから、その後で話しましょうか」
瑛人さんが話を締めくくった時には僕たちは上山市の郊外に差し掛かっていた。目的地の清風荘にほど近い場所で瑛人さんを降ろし、数分後には僕たちは清風荘に到着していた。
宿のフロントでチェックインの手続きを済まし、荷物を抱えて2階の部屋に向かおうとしていると、廊下で露天風呂の入り口が目に入った。
温泉の露天風呂は男女に分かれているが露天の温泉部分は壁で仕切られているタイプだ。
最初に旅行に来た時、一緒入っていた栗田准教授の心無い言葉で、山葉さんたちは僕が女湯を覗こうとしていたと誤解したことがあるのだ。
「なんだか懐かしいですね」
僕がつぶやくと、彼女はクスクスと笑って言う。
「一緒に入ろうか?」
「駄目ですよ、他のお客さんもいるんだし」
僕たちがじゃれ合うような会話を交わしていると、宿の女将さんがサラッと言う。
「あら、まだ他お客様も到着していませんから時間を決めて家族用の貸し切りにしてもいいですよ」
ぼくは会話を聞かれていたのでばつが悪い上に、二人のために貸し切りにしようと言ってくれる好意に対して素直にそうしてくださいと言うほどに世慣れていなかった。
「いえ結構です。やっぱり他のお客さんが来たら迷惑をかけてしまいますし」
そそくさと断ると、宿の女将さんは何となくニヤニヤしているように見える。
自分たちの部屋がある2階へ続く階段に向かいながら、僕はやっぱり貸し切りにしてもらえばよかったと後悔することしきりだった。
階段の下には清風荘の売り物となっている「座敷童の間」がある。
座敷童の間には、お客が持ち寄った人形が並べられており、部屋の中央にしつらえられた小さなこたつにはお菓子が並べられている。
座敷童が遊びに来る部屋という設定なのだ。
折しも、宿泊客の子供らしい男女3人ほどが小さなこたつに入って思い思いに遊んでいる様子だ。
僕は、こんなシチュエーションでいつの間にか一人増えていたらそれが座敷童なんだよなと一人合点しながら、階段に向かおうとしたが、あることに気が付いて足を止めた。
先ほど、宿の女将さんは他のお客さんはいないから露天風呂を貸し切りにしようかと言ってくれたのだ。という事は、こたつに入っていた子供たちは何者だろう。
僕は足早に座敷童の間に戻って部屋に踏み込み、山葉さんも僕の後に続いた。
改めてよく見ると、こたつに入っている3人の子供の顔は全て見覚えがあった。女の子二人はこの宿に居ついている座敷童でそれぞれ黒髪と金髪の長髪で、宿の浴衣に丹前を羽織っている。
もう一人の男の子は女の子たちと同じ浴衣に丹前姿で携帯用ゲーム機を両手で持ってゲームに興じている。
その顔をよく見ると、今日の朝と午後に、僕たちの前に現れた黄色いカバーのかかったランドセルを背負った子供と同じ顔なのだ。
山葉さんは部屋の中の様子を見ると目をごしごしとこすりながら言う。
「ウッチー、この子たちは私にもはっきりと見えているが、もしかして座敷わらしなのか」
「どうもそうみたいですね、その上ゲームをしている男の子は僕たちが遭遇したランドセルの男の子の霊ですよ」
山葉さんが意外な成り行きに言葉を失っている間に、女の子の座敷童二人はこたつから立ち上がった、ワンテンポ遅れて男の子も携帯用ゲーム機を片手に持って立ち上がる。
「君たち、その男の子がどうしてここにいるか知らないか?」
リーダー格の黒髪の座敷童はやれやれと言うように肩をすくめて首を左右に振りながら言う。
「自分が連れてきておいて、どうしてここにいる?もないでしょう」
「ねー」
金髪の座敷童が同意して見せるので、僕は男の子の方向に一歩踏み出しながら言った。
「君はこんなところにいてはいけないよ。早く自分の家に帰って供養してもらわないと」
黒髪の座敷童はもう一度肩をすくめて僕に告げた。
「そのようなことを言えば、この子は困るだけです。もっと事態を把握してくれないと困る」
黒髪の座敷童は、金髪の座敷童に目配せをして合図すると、身を翻して駆け出した。
金髪の座敷童と、男の子がそれに続き、三人は僕の脇の下をすり抜けて廊下に飛び出した。
そして、本来は廊下の突き当りの壁になっているはずの場所から奥に続く廊下に走り去っていった。
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