第81話 彼女は二人いる
僕が催促すると、彼女は思い出したように話を再開した。
「そう、このまえ私は自分の部屋で課題のレポートを仕上げようとしていていねむりしてしまったんです。机に突っ伏してしばらく寝てしまったと思うんですが、目が覚めてみたら書き始めたばかりだったレポートが仕上がっていたんです」
彼女はシュークリームを片手に、不思議そうに話す。僕は誰もが聞きそうな質問をしてみた。
「それって、自分が仕上げたけど、寝ぼけて忘れてしまっただけなんじゃないの」
「私も最初はそう思ったんですけど、レポートの内容が私が書こうと思っていたのと全然違う論点でまとめてあって、しかも出来がいいんです。提出したら先生にも褒められました。」
そんなことがあり得るかと僕は疑問に思う。
幽霊は実体がないのでレポートを書けないので、ツーコさんが霊に憑依されてその間に霊が考えてレポートを書いたということだろうか。
「もしも、幽霊が憑依してツーコさんの体を自由に動かせたとしたら、その時はわざわざレポートなんか書かないで自分が執着していることを始めるはずなんだけど」
ぼくが思ったことをつぶやくと、クラリンがうなずいた。
「そやろ。私もそう思うの。それにウッチーは知らへんやろうけど、ツーコはむっちゃ勉強できるから、彼女以上のレポートを他の誰かが書くこと自体が難しいの。ツーコもそう思うやろ」
「え、私はどっちかというとこっちのナッツをまぶしたのがいいな」
「誰がシュークリームの話をしてるねん。ちゃんと話を聞き、あんたの話やろ」
「ごめん、ウッチーさんのおみやげがおいしいからついそっちに意識が行ってしまって。レポートの話だけじゃなくてねえ、いつの間にかお財布のお金が減っていて、代わりにクローゼットの洋服が増えていることもあるの。今日着ているのも、その時の服やし」
「そういえば普段よりあか抜けている感じがすると思ったのよね」
「どうせ私は普段はあか抜けない格好してますよ」
僕のコミュニケーション能力では関西出身の女子大生二人の会話に口をはさむのは容易ではない。
「あ、あの、話を聞いていると、レポートを仕上げてしまったり、財布を持ち出して買い物をしているので幽霊が単独で出現しているのではなくて、ツーコさんがその時だけ何かの霊に憑依されていた可能性があると思うんだけど、それにもう一つ気になるところがあるんです」
二人は会話を止めると僕の方を注目した。急に静かになったみたいで今度は口を開きにくい。
「僕が目撃した時や、クラスメートが見たというのはツーコさん本人とは同時に別の場所にいたわけだから、それが彼女に憑依していた幽霊なのかもしれない、でも幽霊だとしたら生前の姿で目撃されるはずで、ツーコさんに酷似していることは考えにくいんですよ」
「そうやな、もし似ているとしたら親とか、姉妹やけど、この間帰省した時に一緒にたこ焼き焼いて食べたけど二人ともあまり似てへんもんな」
「それ以前に二人とも生きているでしょ」
二人がボケと突っ込みを交互にやって、にぎやかだ。
僕はふと生霊という言葉を思い浮かべていた。
生霊は何かの強い念によって、生じるものらしく、本人の意思とは関係なく第三者に憑りついて災いをなしたりするという。
「ひょっとしたら僕が見たのはツーコさんの生霊なのではないかな」
「生霊ですか」
ツーコさんがキョトンとした顔で僕を見る。クラリンは首をかしげて言った。
「でもそれやったら、生霊が本人を乗っ取ったりする必然性ってないやろ。自分なんやからそのまま行動すればいいだけやん」
「そうか、そうだよな」
僕は頭を抱えた。自分たちの知識で謎を解こうとしても理論のどこかに穴があって振出しに戻ってしまうのだ。
「そうですね、本当を言うと子供のころにも寝ている間に宿題が終わっていたり、知らない間に机の引き出しの中にお菓子が入っていたりしたことがちょくちょくあったんです。でもその頃は、小人さんがしてくれはったんやって信じ込んでいましたからあまり気にも留めていなかったんですね」
小人さんとは可愛らしいイメージだ。
小さい頃の彼女の雰囲気がしのばれるのだが、子供といえどもそんな理由で割り切ってしまえたのか少し疑問が残る。
「確かに高校生の頃も私から見て、今日のツーコは何となく変と思うことはあったよ」
クラリンがつぶやいたので、僕は食い下がった。
「どんなところが変だと思ったの?」
「そうやね、いつもはボーっとしているのに、シャキッとしている感じで、しゃべり方とかもちょっと違う。何よりオーラが違うっていうのかな」
「悪かったわね。どうせ私はいつもボーっとしているわよ」
ツーコさんは口では文句を言っているのだが、二人とも何がおかしいのか笑い出す。
僕は二人の笑いが収まったところで改めて聞いた。
「それなら、今始まったわけではないのに急に気になり始めたってことなのかな」
「そうです。東京に来て一人暮らしをするようになると、姉の仕業だろうでは片付かないのでどうしても気になるようになってしまったんですよね」
その時、僕の頭に名案が閃いた。
「ツーコさんの部屋を見渡せる位置にムービーカメラをセットして、生活状況を二十四時間録画するのはどうだろう」
「何考えてるのよウッチーは、女子大生のプライベートな時間を録画してどうするつもりよ」
「いて」
クラリンに頭を小突かれて、僕は再び頭を抱えた。
結局、僕が見ても明らかなことはわからず、ツーコさんのドッペルゲンガーの謎は解けないままだ。
「仕方がないな、今度山葉さんに相談してみようか。その時はウッチーも一緒に来てくれる?」
「もちろんいいよ」
僕は快諾したが、クラリンの表情が微妙に変化したことに気が付いた。なんだか悪い予感がする。
その予感の通り彼女はニヤリと笑みを浮かべて僕に向き直った。
「そういえば昨日はホワイトデーやったな。山葉さんに例の品物は渡したのかな?」
「あ、その話私も聞きたい」
二人はぐっと僕の方に詰め寄ってきた。まずいことに、山葉さんの名前が出たせいでクラリンがホワイトデーのギフトの件を思い出してしまったのだ。
「どうしてツーコさんまでその話を知っているの」
「ごめん、面白いネタやからつい話してしまったの」
僕が抗議してもクラリンは笑って受け流すだけだ。
そして再び僕に訊く。
「で、どうだったの?」
どうやら逃げられそうにないので、僕は観念して昨日のことを話し始めた。
「ペンダントを渡してちゃんと自分の気持ちを伝えたよ」
「キャーかっこいい」
「うそお、本当にそこまでやるとは思わなかった。それで彼女はなんて答えたの」
ツーコさんは黄色い歓声を上げ、クラリンは満面の笑み。
何だか二人の春休みの暇つぶしのネタにされているみたいだ。
「彼女が言うには、すぐには答えられないことだからもう少し待ってくれと言うんだ」
「ふーん。即座に拒絶されていないから、きっと迷った挙句に受け止めてもらえるやないかな」
ツーコさんが楽しそうな表情で言う。
彼女たちにとっては他人事だから面白いに違いない。
「でも、私はウッチーが告白したら彼女は即答だと思ってたんやけど、すぐには答えられないって、ひょっとしたら宗教上のこともあるんとちゃうかな」
クラリンの言葉に僕はドキッとした。
今の今までその可能性があることをかけらほども考えていなかったのだ。
いざなぎ流のことはよくわからないが、巫女ってそもそも神に仕える身だったのではないか。
彼女にとって、男性と付き合うのは僕らが考えるより遥かに重い意味があるのかもしれなかった。
「山葉さんって大きな神社の跡取り娘なんですか」
ツーコさんがまったりとした雰囲気で僕に訊ねた。
「いや、いざなぎ流って社殿とかはなくて集落の中で普通に生活をする中で受け継いで来たと言っていたと思う」
僕の頭に、遥か山の上にある彼女の家や近所の情景が浮かんだ。
「いざとなったら、ウッチーさんもいざなぎ流の後継者になれば自ずと問題は解決するかも知れませんね」
彼女の言葉は妙にリアルにぼくの頭に響いた。山葉さんがそんな申し出をして来たらどうしよう。
「ツーコが変なこと言うから真に受けちゃったじゃない」
「クラリンが言ってた通りいじると面白いな」
僕はツーコさんとクラリンのつぶやきを聞き流して、ソファーに座り込むとドキドキしながらいろいろなことを考えていた。
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