第7話 詐欺被害者の天下無敵の幼女
沈黙が再び流れる。車はどこまで続くとも知れない渋滞の中だった。
「アタシが口の悪いのは自覚してる。こいつは危ねーことばっかやってた時のアタシなりの気分転換でね……いいや、アタシはどうでもいいんだ。かわいそうだと思うよ、オメーは今回ハメられて……」
「チビ……今「ハメた」とか言わなかったか……」
目の前のめちゃくちゃな状況。これまでのどう考えても誰かが悪だくみをしているとしか思えない事例。そして今、目の前の状況はそんな誠の猜疑心に確信を与えた。
「……聞き違いだろ……アタシはそんなこと……」
ランの口調が弱弱しいものに変わる。これまでの自信は完全に吹き飛び、言葉は震えていた。
「聞きました!ちゃんと「ハメた」って……」
ここまで言って誠は少し後悔した。誠の会話をしている相手はどう見ても幼女である。さすがに幼女が困るのは大人として誠は困る。誠は言葉を途中で止めた。
「コホン」
ランは咳払いをした。
「あのーランちゃん……」
さすがに罪悪感を感じた誠は優しく声を掛ける。ランは完全なる無視。
誠が再び声を掛けようとしたとき車はそのまま左の路側帯に入り停まった。
「あのー」
誠は声を掛けた。ランは何も言わずに静かにサイドブレーキを掛けた。
「ランちゃん」
不穏な雰囲気。誠は優しくランに声を掛けた。
「おい、ボングラ」
そう言いながらランはゆっくりと振り返った。その目は明らかに誠に向けて殺意を放っていた。
「あのー」
あまりの意外なランの変化に誠は慌ててそう言い訳しようとした。
「おっ……、今、言い訳したな……言い訳しようとしたな……誰が許可した。そんなこと一体誰が許可したんだ。言ってみろ……言えないよなー……そーだよなー。だーれもそんなこと許可してねーんだ。つまり、テメーにアタシに口を開く権利なんかねーんだ……分かるか?ボケ!無能!能無し!」
あまりの勢い、あまりの暴言。小さな女の子の姿をした暴言モンスターの出現に誠はただただ絶句して黙り込んだ。
「ハメられたとか抜かしたなー、そのクソを食うしか役に立ちそうにないだらしない半開きの口は……そう言ったなー……言ったなー……許可する!言ったかどうか!ちゃんと言ってみろ!」
怒鳴り散らす可愛らしいラン口からは唾が多量にまき散らされた。
「言いました……」
誠に残された選択肢はそう言う事だけだった。
「ハメるだ……戦場で!そんな言い訳通用するか!相手に正々堂々戦えだ……テメーがやってるのは三国志の時代の一騎打ちか?それとも平家物語の武士か?そいつ等だって、ずるとかだまし討ちとか、寝込みを襲うとか、奇襲とか、卑怯な手、一杯してるだろが!」
可愛らしい圧倒的な毒舌ボイスに、誠はただただ呆れるばかりだった。
ランの罵詈雑言はまだまだ続く。
「ハメられるってのはな!馬鹿だから悪りーんだよ!騙されるほーが悪りーんだ!……あれか……詐欺に遭いました、被害額全額返してくださいって、警察に言って返してくれるか?くれねーだろーが!犯人がしょっ引かれて、そいつが手にしてる金と、色々ため込んでいる金、そいつを、被害者で案分して、それでまー全額じゃなく、その確実に少ねー金額を受け取ることになるわけだ」
運転席のランは誠からは見えない。相当怒っていることは想像がつく。
「それだって犯人が捕まった場合だ。犯人が逃げてる間は、警察に保証なんてできねーもんだ。まーそう言う時の為に保険とかもあるが、そんなの実際出るかなんてのは保険屋の仕事で。実際どーだかは知らねーが、高けー保険料の割に、戻って来る金額は……」
そこまで言ってランは言葉に詰まる。そのまま誠をにらみつける視線が突然あちこちに泳ぐ。
「遭ったことあるんですね……詐欺……」
ランの変わると表情が誠は言ってみた。
「……なんだよ……」
そう言うとそのままうつむいたランは静かに肩を落とす。そして、ブルブルと震えだす。
「やっぱり、逢ったんですね……手口は何ですか?絵画詐欺ですか?振り込め詐欺?それとも投資詐欺?未公開株の優先割り当て……」
遼南内戦に無敵を誇ったクバルカ・ラン中佐(幼女)は顔を上げる。その目は完全に幼女、顔も幼女、口元も幼女、そして顔のつくりも、表情も幼女であった。
「うー……」
萌えな泣きそうな目に涙を一杯浮かべた幼女がそこにいた。
『かわいい……』
さっきまでの誰が見ても態度がやたらでかい口が悪い餓鬼から、急に見る人すべてが抱きしめたくなるようなキュートな幼女がそこにいた。
泣きそうな幼女の視線が遠慮がちにタイミングを見計らって「かわいいね、君」と言おうとしながら彼女を見つめている誠と視線が合う。
二人は見つめあった。
その瞬間、ランはまず涙を拭いた。そして、次の瞬間、湯気が出るかのように顔が真っ赤に染まり、そしてそのまま慌てたように運転の姿勢に戻った。
「あのーランちゃん……」
誠に背を向けたランに誠は声を掛けた。
「誰が、ランちゃんだ。エースの私に「ちゃん」付けできる資格のある人間はこれまでもいなかったし、これからも現れねーんだ。ちゃんと「クバルカ中佐」と呼べ。それが嫌なら「人類最強のクバルカ中佐」と呼べ。アタシに勝てる人類はいねーんだ。まー相手が神様とか悪魔だったらどーかわかんねーけどな」
そう言って振り返ったランには先ほど一瞬だけ見せた幼女らしい姿は微塵もなく、逢ったばかりの口の悪い餓鬼に戻っていた。
そして表情を消した、まるで幼女のものと言えない、悟りきった真剣な表情で誠をにらみつける。何を馬鹿なことを言い出したのかと唖然としている誠の顔を値踏みするように一瞥する。
「……そんな……人類最強?……吹いてるでしょ……」
そう口にするのが誠には精いっぱいだった。姿は幼女にしかみえない。ただ、その眼光はこれまで誠が見たこともない、鋭い、そして、見るものを威圧して黙らせる凄味を感じるものだった。
「信じてねーか。『汗血馬の騎手』と言うのがアタシの二つ名だ……ちょっとは……と思ったが……、アタシがとんでもないエースだって聞いてんだろ?状況を判断するには十分なヒントがあるんだ。敵を選んでから戦争しな……」
誠も『汗血馬の騎手』と言う二つ名を持つエースの存在を知っていた。エースオブエース。真っ赤な機体で、格闘戦無敵を誇ったエースの存在を。
「こういう「ヒント」いつもあるとは限らねー。一つのヒント……そこから、自分の知識と勘でどうにか次に自分がするべきことを判断し、的確な行動に移す……まあ、ぽっと出のテメーにゃ、無理なのは分かっていたが。相手がそこまで配慮してくれるもんじゃねーかんな……。あの脳内ピンクの隊長が目を付けたって言うから下手な割に意外に筋があると踏んでたが……アタシの思い過ごしか……まあいいや」
とても子供とは思えない。まるで百戦錬磨の古強者(ふるつわもの)が吐くようなセリフを吐いて、一度、ダメを押すような殺気を帯びた視線を放った後、何も言わずに前を向いた。
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