第52話 先生と文化祭
クラスの連中からの視線が突き刺さる中、逃げるように廊下に出ると、先生がそわそわした様子で待っていた。何かしら自分のせいで問題が生じてしまった事は察していて、気まずい思いをさせてしまったのだろう。
「すいません、お待たせしました」
「あっ……」
俺が廊下に出ると、先生がほっとした表情をしていた。そんな表情をされると、今この場で抱き締めたくなってしまうので困る。
改めて近くで見て思ったけれど、やっぱり今日の先生は、いつもより可愛かった。どうしてかわからないけれど、可愛い。
「私は平気だけど、その……大丈夫? 何かちょっと揉めてなかった?」
「ああ、休憩時間を勘違いしてた奴がいたんですよ。でも、解決したんでもう大丈夫です」
咄嗟に考えた嘘を吐く。先生は「そっか」と柔らかい笑みを浮かべてから、俺の服装を見た。
「あ、服着替えちゃったんだ? 似合ってたのに」
「あんなの着て歩けないですよ。恥ずかしい」
「えー? そんな事ないよー」
先生とのそんなやり取りだけでふわっと地上から羽ばたいていけそうだが、同時に背中から剣で刺されるような視線を感じた。クラスの連中がギシギシこっちを睨んでいるのだ。
だめだ、ここから早く逃げた方がいい。色々危険だ。佐々岡なんかいつ反旗を翻すかわからない。さっきのだって、きっと『神崎を手伝った方がかっこよく見える』とか絶対にそんなくだらない理由で手伝いを申し出たに違いないのだ。
「じゃあ、ぐるっと回りますか?」
「うんっ」
それから俺達は二人で桜高の文化祭を回った。
彼女はインスタ映えを意識されたカラフルなワッフルを嬉しそうに頬張っていて、見ているだけで心が和まされる。それから一緒に射的をしたり、演劇部やバンドなどのステージ出し物を見に行ったり……特に目的もなく文化祭を堪能した。レスリング部の「籠屋」と称する人力タクシーに乗りたがるのを止めるのには骨が折れたが(籠に入れてレスリング部の連中が担いでくれる。絶対に恥ずかしい)、思った以上に高校の文化祭を先生が楽しんでくれていて、内心ほっとしていた。つまらないと思われたらどうしようと不安だったのだ。
先生は大学生なのだから、高校の文化祭なんて退屈だろうと思っていたのだけれど、案外そうでもないらしい。ミッション系の女子高に通っていた彼女からすると、男女共学の文化祭はフィクションの中のイベントで憧れていたそうだ。
男女共学でいうなら、明大の学祭の方が規模も大きいし楽しいのではないか、と訊いてみると、大学の方は『飲食店の押し売りが酷いから苦手』らしい。理由を訊いてみると、各サークルなどで売り上げのノルマがあるらしく、とにかくゴリ押しで売り付けてくるのだと言う。結果、気の弱い先生は食べきれない量の食べ物を買わされた。彼女が俺を学祭に誘わなかったのは、それが大きな理由だったそうだ。
例の明大の男達と言い、武人先輩とやらと言い、大学生って案外子供というか……モラルがないんだな、と思わされてしまう。秩序やモラルという面では高校生より悪くなっている気がする。
「……湊くん、疲れてる?」
グラウンドでの陸上部の出し物を見終えて校舎に戻っていると、先生が不意に訊いてきた。
「え? いや、そんな事は……」
「ううん、ちょっと疲れた顔してる。ずっと働いてたんだもんね。なんかごめんね、私だけはしゃいじゃって」
「いえ、そんな! 全然大丈夫ですって」
必死に否定するも、先生は困ったように笑って、首を横に振るのだった。
彼女の指摘は、悔しいながら当たっていた。本当によく見ている。先生とこうして歩いて文化祭を楽しめるのは、単純に楽しかった。でも、学校というのがやっぱり気まずい。誰かの目を気にし続ける羽目になっているので、妙な疲労感と緊張感が付き纏うのだ。
すれ違った友達が先生を見て「おっ?」というニヤニヤした顔をしてこちらに向けられたり、同じクラスの休憩中だった連中がじろじろ見てきたり、或いは担任の教師も「へえ」という顔で俺を見てくる。そういった視線が絶え間なく送られてくると、無意識に疲労感が蓄積されているのだ。先生がオープンキャンパスの時にきょろきょろしてしまっていた気持ちがよくわかる。
「私もちょっと疲れちゃったから、どこかでゆっくりしたいな」
彼女から優しくそう提案されたら、頷くしかない。
「じゃあ、屋上でも行きましょうか。多分人居ないと思うんで」
「うん」
先生は相変わらず嬉しそうに頷いた。
その笑顔を見て、やっぱり今日の彼女はいつもより可愛くて綺麗だ、と再度認識するのだった。
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