第50話 口煩いクラスの女子と優しい友達の彼女

 文化祭が始まった。俺達三年にとっては、高校生活最後の文化祭だ。それだけに、意気込んでいる奴は多い。

 しかし、俺はこういったクラスで一致団結して頑張ろう、みたいなノリがあまり好きではなく、文化祭準備もなるべく参加しないようにしていた。実際に受験勉強が忙しいわけで、俺にとってはクラス云々よりも、来年以降に自分がどこの大学に行っているかの方が、圧倒的に大切だったのだ。

 ちなみに、うちのクラスの出し物は、ハーブティーカフェ。クラスにいる園芸部部長の知識と権限で自家栽培ハーブを入手し、効能別に色々なハーブティーを提供する(佐々岡が大麻ティー出そうぜ、だなんて言い出すから、担任からぶん殴られていた)。他には女子が作った簡単な手作りお菓子を出すらしい。俺達男子はソムリエエプロンとベストを着せられ、接客や客引きを行っている。

 ふと時計を見ると、午後一時半前だ。俺の休憩時間までもうすぐである。教室の中には色々なハーブの香りで満たされており、本来良い匂いのもののはずなのに、匂いが混じっているせいで、ちょっと胃が重い。

 いや、胃が思いのはそのせいではない。結月先生がもうすぐ来る時間帯なのだ。彼女は俺の休憩時間に合わせて来る手筈となっている。一応教室まで来てくれるとの事だが……一体どうなるのか、全く想像がつかない。

 どうせあの先生の事だ。ここに来るまでの間に、ナンパだったり、客引きだったりされているに決まっている。そしてそれを想像するだけで、腹が立ってくるし、陰鬱な気分になってくるのだ。

 今が中世じゃなくてよかった。きっと今が中世だったら、俺はどこかの塔の最上階に先生を閉じ込めて、きっと誰の目にも触れさせないようにしているに違いない。

 教室内を見渡すと、客入りはそこそこ。ハーブティーという事から、客層は女性の方が多い。それに、女性の客層が多い理由は、もう一つある。


「三番テーブル誰か注文お願いー」


 フロアリーダーの飯田瞳いいだひとみがテキパキと指示を出す。

 飯田さんはショートカットの元気な女の子だ。現役でファミレスのバイトをしている事から、フロアリーダーを任されている。園芸部部長がハーブティー精製に追われているので、実質的には飯田さんが店長の立ち位置だ。

 ただ、元気と言うより、ちょっと口煩い。俺の事をよくいじってきたり、わざと苛っとするような事を言ってくるので、ちょっと苦手だ。というより、多分俺の事を舐めているのだろうと思う。


「あ、神崎くんまたお客さん連れてきたよ。カノジョとしては複雑?」


 飯田さんが、神崎の彼女・双葉明日香にこそっと話しかけていた。


「え、どうして? さっすが勇ちゃん! って感じだよ?」


 それに対して、双葉さんが胸をずいっと張って自慢げに返す。

 そう……女性客が多い理由は、神崎の客引き効果がある。打率八割以上で、イチローも真っ青の成績だ。

 ハーブティーという女性ウケが良さそうな商品と、客引きするイケメン。この二つが揃えば、女性客の集客は容易い。

 ちなみに元野球部の佐々岡も意気揚々と客引きに出ていたが、打率一割以下という酷い成績を叩き出していた。今は意気消沈して接客の方に従事している。ちなみに俺も接客組だ。俺の場合、そもそも客引きの効果を期待されていない人員なので、最初から接客担当だった。


「さっすが明日香。それって正妻の余裕ってやつ?」

「正妻っていうか、勇ちゃんの場合、そういうの気にしてたら疲れるだけなんだもん」

「あぁ……わかるかも。イケメンのカノジョって大変だね」

「イケメンとかじゃなくて、勇ちゃんは誰彼問わず優しくするから、すぐに女の子をその気にさせちゃうんだよぉ。しかも本人無自覚だから質が悪いの。イケメンだけど」


 双葉さんが飯田さんに愚痴っている。愚痴りつつ最後に惚気ているところが双葉さんらしいが、彼女は彼女で大変らしい。確かに、神崎は誰にでも優しいし、男女関係なく困っていたら手を貸すお人好しだ。それで好きになっている女の子も多いのだと言う。

 俺ももうちょっとイケメンならそれだけで自信が持てたのかな、と小さく溜め息を吐いた。


「ちょっと、結城くん! 今溜め息吐かなかった!?」

「あ、やべ……」


 目ざとい店長こと飯田瞳に見つかってしまった。俺が接客態度で叱られるのは、これで三回目だ。いや、何だか俺にだけ異様に厳しいように感じる。佐々岡なんてさっき欠伸していたのにスルーされていたし。


「お客さんも結構入ってるんだからさ、そういう態度でやられると困るんだって。せめて笑顔でいてよ」


 ファミレスで働いているからだろうけども、飯田さんのこのプロ意識がちょっと面倒臭い。俺はもともと接客業とか向いてないのだから、そういう事を求められても困るのだ。


「まあまあ、落ち着いて瞳ちゃん。慣れない接客って疲れるよね?」


 双葉さんが咄嗟にフォローしてくれた。俺が神崎と仲が良いからだろう。優しい子だった。


「でも、結城くん受験勉強で忙しいっていうから準備とか極力参加しなくていいように配慮してあげたんだからさ、当日くらい頑張ってもらわないと」

「悪かったよ……気を付けるから」


 それを言われると辛い。

 そんな時に、また神崎が新しい女性客を釣ってきたようで、新規客が来店した。一体何をどう言えばこれだけ人を呼び込めるのだろうか。


「あ、神崎くんまた新しいお客さん連れてきたよ。やっぱ違うわよねー」


 飯田さんがちらりと俺を見て言う。

 どうせ俺は神崎には何も勝てないよ、と思いつつ、黙ってメニューを持って新規客のところへ持っていった。


「明るさが足りない! もっと笑顔で接しないと。それじゃ神崎くんに勝てないよー?」


 そして、戻ってくるとこのダメ出しだ。

 神崎は関係ないだろうと思いつつも、言われなくてもわかっている事を改めて言われると、さすがに苛っとくる。こいつは何だって俺の神経を逆撫でしてくるのだろうか。フロアリーダー的に真面目に働いていない奴がムカつく、とかならわかるけども。


「瞳ちゃん、そういう事言っちゃダメだよ。結城くんは客引きが向いてるタイプじゃないだけなんだから」


 きっと俺が今、内心で不愉快に思っていたのを察したのだろう。双葉さんがさっとフォローを入れてた。飯田さんも、「明日香がそう言うなら」と怒りを引っ込めてくれたようだ。

 とりあず双葉さんの気遣いに御礼を言うと、彼女は笑顔で「どういたしまして」と返してくれた。彼氏が完全無欠の良い奴なら、彼女もやっぱり良い子らしい。お似合いの二人だなぁと改めて思わされてしまった。


「明日香ー、麻生くん達来たから、案内してあげて」


 廊下の方から神崎が双葉さんを呼んだ。それと同時に、一組のカップルが来店する。


「あっ、伊織さーん! 麻生さんも! いらっしゃーい!」


 その二人を見て、双葉さんが声を弾ませて駆け寄った。どうやら友達が来たらしい。

 友達が多いっていうのは羨ましいな、と思いつつ、壁にもたれかかって溜め息を吐き──そうになるのをぐっと堪えた。隣にいた飯田さんがぎろっと睨んできたからだ。

 俺は心の中でおもいっきりでかい溜め息をする事で、リアルの溜め息を我慢する。高校最後の文化祭は、前途多難だった。

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