第41話 勘違いされそうって、どういう事ですか。
「そんな泣きそうな顔、しないで……」
先生の方が泣きそうな顔をしているのに、というかもう泣いているようなものなのに、彼女は何かを訴えかけるようにそう言った。
ぐすっと鼻を鳴らして、彼女は呻くように両手の袖で顔を覆った。
「泣きそうな顔って……先生の方が泣いてるじゃないですか」
泣きそうな気持ちだったのは否定しない。でも、それで先生を傷つけてしまって、挙句に泣かれてしまっては、俺はもっと救われなくなってしまう。
こんな子供過ぎる自分が申し訳なくて、許せなくて、どう接していいのかもうわからない。そして……それがわからない時点で、俺には先生を好きだという資格すらないのではないかと思えてくるのだ。
「違うの……」
「何がですか?」
「湊くんに、いじわるしたくて、言いたくない、わけじゃ、ない」
以前マンションで泣かせてしまった時のように、嗚咽を堪えるようにして、途切れ途切れで彼女が話す。
袖で目を押さえる時に、りんご飴の入ったカップを落としそうになっていたので、彼女の手からそれを取って、横の石檀に置いた。
どうしていいかわからず、とりあえずその震える肩にそっと触れてみる。振り払われるかと思ったけども、彼女はそれを拒絶しなかった。
浴衣の薄い布地越しに、彼女の体温を感じられた。その肩はあまりに細くて、壊れてしまいそうだった。そんな彼女が壊れないように、何度も何度も肩を優しく撫でてやる。
「すみません、俺が踏み込み過ぎたんですよね。そんなに入り込める関係じゃないのに」
そう言うと、先生は頭を横に振って呻いた。
「そうじゃ、ない」
先生は咽び泣き、続けた。
「思い出したくないし、言いたくないし……言って、嫌われたく、ない」
「嫌われたくないって、誰に」
「みな、と、くん」
じっと目だけ指の隙間からこちらを覗き見て、また涙を隠す為に手で覆った。
「嫌わないです。嫌いませんよ。俺、そんな簡単に人の事嫌いにならないし……ましてや、先生の事を嫌いになるわけないじゃないですか」
それでも先生は首を横に振る。
でも、冷静に考えれば、例え俺が嫌いにならないと言ったところで、言いたくないものを無理に聞き出すのは違う。
(多分……元カレ、なのかな)
さっきのサークルの話云々と、思い出したくないし言いたくないという言葉。それから察する限り、きっと元恋人なのだろう。
それが上手く行かなくて別れて、それでサークルをやめて。その失恋が傷になっているから言いたくない、思い出したくない、と言っているのだろう。そうとしか思えなかった。
先生の肩を寄せて摩りながらも、その事実に自分が思ったより傷ついている事を知る。
いや……先生だって大学生で、もう二十歳だ。こんなに可愛いのだから、彼氏がいなかった方がおかしい。それはわかっていたのだけれど、いざこうして知ってしまうと、それがとても辛くて、やりきれない気持ちになる。
自分以外に……彼女を知っている男がいる。いや、俺よりももっと彼女を知っている男がいる事に、ただただ嫉妬しているのだ。
俺に対してよりも、もっと特別な気持ちを抱いていた人がいた。それを考えると、やっぱりショックで……自分は全て先生が初めてなのに、先生はそうじゃないのが悔しくて、悲しい。こんな事言ったってどうしようもないのだけれど。
「ごめ、ん……」
先生が嗚咽を堪えて話した。
「やっぱり、ちゃんと、話す」
「いや、無理に話す事じゃ……それに、なんとなくわかるし」
「それが、やなの」
「そんな子供みたいな事言わないで下さいよ」
まるで駄々っ子みたいなもの言いに、少しだけ笑ってしまいそうになったのはここだけの話だ。今の彼女からは、年上の大学生という感じがしない。
「だって湊くん、きっと誤解してる……」
「誤解?」
先生はこくりと頷いた。
「誤解されるのは、もっと嫌」
だから話させて、と彼女は言い、呼吸を整える為に何度か深呼吸をしていた。
誤解とは、何の事だろうか。元カレ云々の話ではないのか? 何にせよ、情報が見えなさ過ぎて、判断ができなかった。
それから暫くして、呼吸が落ち着いた頃合いで彼女はこちらを向いた。その瞳は、涙を浮かべたままだった。
「もし……嫌いになったら、ちゃんと言ってね」
そう前置いてから、彼女は自らの過去を話し出した。
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