最終話 受け継がれるもの



 紺碧の空から、落ちて来たのは人間の顔じゃなくて、竹刀だった。



「颯真!! なんど言ったらわかるさね……このままじゃ、頭首の座は務まらないさね!!」


「ごめんなさい…………出来が悪くて」


 右目の呪いが消えて半年後、里へ来て3度目の夏。

 ようやく陰陽師として一人前と認められてた俺は、次期頭首として、剣術の指導を受けていた。


 あの日、春日様が使っていた龍の文様の剣は、一族の頭首が代々受け継いで来た神剣で、それが使いこなせてやっと、頭首として認められるのだという。

 しかし、相変わらず、物覚えの悪い俺はなかなか上達しない。



「まったく、あんたは一体なんだったらまともに覚えられるのよ」


 刹那は縁側で何度も春日様にしごかれる姿を見て嫌味を言いながら、スイカを食べてる。


「まぁまぁ、刹那。仕方がないよ、颯真は僕たちと違って、幼少の頃からの英才教育を受けていないんだから」


 その横で、どさくさに紛れて刹那の脚を撫でようとするユウヤ。


「あんたいい加減にしないとマジで殺すわよ!」

「痛いっ!!」


 刹那の蹴りを顔面に受けながらも、どこか嬉しそうなのが相変わらず気持ち悪い。


(脚フェチ以外はまともなんだけどな……)



 右目の呪いがなくなったことで、嘘みたいに妖怪に狙われることが少なくなり、修行は辛いけど、こんな平穏な日々が続いていた。



「早く覚えて、私に楽をさせなさい。私ももう歳なのさね。あぁ、それと、頭首になるのだから、嫁も見つけなきゃね————」


「よ、嫁!?」


「何をそんなに驚いているのさね。一族の繁栄のためには必要さね」

「いや、いや、冗談ですよね? 俺まだ、高校生なんですけど」


 春日様は竹刀を置くと、真面目な顔で俺の顔をじーっと見る。


「まぁ、昨今は晩婚化が進んでいるとは聞いているが、お前は姉様の大事な孫だ。ユウヤは顔がいいから、放っておいてもなんとかなるだろうが、颯真、お前は————」


「おいおい、ちょっと待て。アタシのことを忘れていないか?」


 春日様が話している途中で、いつの間にか現れた茜が話に割って入る。


「あ、茜!?」


 この数ヶ月、学校でしか会うことのなかった為、それは葵の方で茜の方に会ったのは久しぶりだった。


「どうしたんだ? まだ昼間だけど……」

「どうしたも何も、お前が約束を忘れているようだから、こっちから来てやったんだぞ?」


 茜はするっと俺の腕を組むと、春日様に向かってはっきりと言った。


「嫁ならここにいる。安心しろ」


「……え!?」



 その瞬間、大屋敷にいた親族や里の者みんなからの拍手喝采を浴びる。


「おめでとう!!!」

「よかったな!! 颯真!!」

「幸せにしてあげなさいよ!!」



(いや待て!! 俺は何にも聞いてない!!)



「今夜は、宴会だ!!」


 誰かがそう言って、本当に宴会の準備が始まってしまった。




 * * *






「重い……」


 腹の上に何か重さを感じて目を覚まし、大きく見開いた視界には、見覚えのある自分の部屋の天井。

 背中に当たるのは俺の形に凹んだベッドのマットレスの感触。


(あぁ、そうだ……俺、昨日こっちに帰って来たんだった)



 起き抜けでぼーっとする頭をなんとか回転させて、今の状況を整理する。

 確か、墓参りにこっちに来て……それで————


「いや、まて、それよりこの重いのはなんだ」


 視線を重さを感じる方へ向けると、小さな子供が、俺の腹の上ですやすやと寝ている。


(まったく、いつの間に潜り込んだんだ?)



 そっと頭を撫でると、その子は目を覚ました。



「んー……そうま、おきたの?」

「こら、じいじと呼べ! じいじと!!」


 何度言い聞かせても、周りがみんな俺のことを名前で呼ぶから、3歳になったこの孫は、生意気にも俺のことを呼び捨てにするのだ。


 まぁ、可愛いから、今のうちは許してやろう————


「どうしてここで寝てるんだ?」

「へんなタヌキさんがね、ずっと、なにか言ってるの。うるさくて」

「タヌキ?」


 部屋の隅に目をやると、確かに、タヌキみたいな顔をした妖怪ソレが、こちらの様子を伺いながら見つめている。


 この子は、人には見えないソレが、誰よりも見える子だった。

 まだソレがなんなのか理解できていないうちは、見えないように封じていたのだけど……どうも力が強すぎて、数日で自らの力でその術を解いてしまう。


「ママに言っても、何もいないっていうんだもん……」


「やっぱり、隔世遺伝……か」


 大きくなるまでは、普通の家庭で育って欲しかったのだけど……仕方がない。

 受け継がれるものが、呪いじゃないだけ、まだ幸せだと思おう。


「かくせーいでん?」


「そう、お前が俺の、孫なんだって立派な証拠だよ」




 これからこの子に話すのは、俺がまだ何も知らなかった、あの夏の日の話————







 −終−





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