第62話 理由

 朱雀の孤島は、島全体が封印の地となっていて、神社を管理している者以外は、誰も住んでいない小さな島だ。

 ユウヤの報告によると、その管理している者が誰一人いなくなっていたという。

 当然、厳重に封印されていた殺生石も封印を解かれてしまっていた。


「朱雀の孤島を管理していた者も、我々の里から派遣した数名の陰陽師も、皆、行方知れずとなっています」


「ということは、最後の一つは白虎の竹林か……」


 慧様は藤色の瞳でまっすぐに俺を見たかと思うと、すぐに視線を俺の斜め後ろにいた茜に向ける。


「白虎の竹林……そこが決戦の地となるだろう。しかし、その前に、一つ確認したいことがある。そこの娘、八百比丘尼らしいな————」


 それまで大人しく話を聞いていた茜は、初めて口を開いた。


「ええ、左様でございます」


 あの茜が敬語を使っている。


(八咫烏の揺籠のことは知らなかったようだが、慧様が敬語を使うべき存在であることを、わかっているのだろうか?)


何故なにゆえ、我々に……いや、呪受者である颯真に協力することになった? お前には関係のないことではないのか?」


 そういえば、玉藻に対して恨みがあることは聞いているが、誰もその恨みが一体どういうものなのか、詳しくは聞いていなかった。

 俺は、幼い頃に茜と出会っていたことやばあちゃんからの手紙もあり、彼女を信用しているが、他の人からすれば、敵なのか味方なのかよくわからない存在だろう。


わたくしが人と違う存在となった、すべての始まりはあの女狐の所為……それでだけでは、理由になりませんか?」


 茜は、八百比丘尼となる前の話をした。



「それは、私がまだ、人間だった頃————……」







 その昔、海岸沿いの小さな村に、一人の美しい娘がいた。

 娘の父は漁師の頭領であったが、その美しさは都の誰よりも美しいと評判で、その噂は貴族のもとにも広がっていた。


 そんなある日、漁に出た父の仲間が、一匹の……上半身は人間で、下半身は魚————人魚を捕まえてしまった。


 人魚の肉を喰らえば、不老不死になれる……という伝説があった為、とても珍しいそれを、父は地方官である受領ずりょうに献上することにした。

 しかし、それが悲劇の始まりだった。


 献上の際、娘も共に来るようにとの命が下だったのだ。

 上手くいけば自分の娘を受領に嫁がせるかもしれないと思った父は、娘を連れて受領のもとへ行くと、受領の隣に一人の女がいた。


 受領は珍しそうに人魚の肉を眺めていたが、それを口にしようとした時、その女が言ったのだ。


「本当にこれが人魚の肉なのでしょうか? もしも、偽物で、何か起きては大変ですわ……そこの娘に、毒味をさせてみてはいかが?」


 ニヤニヤと笑いながら、女は娘に先に一口食べてみせろと言う。

 娘は仕方がなく、その肉を一口食べる。


 その瞬間、娘の体は震えだし、息ができないともがき苦しみだした。

 美しかった娘の肌に、鱗のような赤い痣が広がっていく。


 全身にその痣が広がった時、娘は意識を失った。




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