第60話 契約書
腫れ上がった頬を押さえながら、上体を起こすと、どうやらまだ俺は洞窟の中にいるようだ。
祭壇の前にあった蝋燭は全て消えてしまったて薄暗いが、いくつかの松明は消えずにまだ火を灯している。
とにかく洞窟から出ようと、俺たちは来た道を戻った。
(それにしても、どのくらい気を失っていた……? 妙に体が軽い)
痛いのは、起こすために叩かれた左頬だけだった。
(全力を出した後って、もっと体力を根こそぎ持ってかれたような感覚にになることの方が多かった気がするな……)
茜、俺、学さんの順で出口に向かって歩いていたが、出口に向かう度にギリギリついていた誰かの術でついていた松明は消えていて、仕方なく茜が持っていたスマホのライトを照らした。
学さんは、逃走する前にスマホを置いて来たから持っていない。
ポケットを探れば、俺の使い古したスマホも入っていたが、ほとんど充電のない状態で使い物にならなかった。
他に何か持っていた気がして、反対側のポケットに手を入れたとき、あの闇の中で見たものが手に当たる。
(契約書……————)
折りたたんでいた空白の手紙を、開きながら通路を歩いて行くと、出口付近で茜は言った。
「アイツらはおそらく、別の殺生石へ向かったと思う……颯真、女狐の尻尾の数を見ただろう?」
「あぁ、確か……5本」
「お前が封印を強化したのは、何箇所だ?」
「えーと、青龍の高原、玄武の湖畔、帝台の庭3箇所だけど……」
殺生石は全部で9箇所にある。
これは、玉藻の尻尾の数。
(こちら側が3、向こうが5だとすれば、1つ足りない……!!)
「白虎の竹林と朱雀の孤島のどちらかが、まだ封印を解かれていない可能性があるって事だな?」
「そういう事だ……」
刹那とユウヤの顔が思い浮かぶ。
そして、士郎さんの顔も————
俺の師匠だった士郎さんでも、玉藻には敵わなかった。
刹那とユウヤは、大丈夫だろうか…………
不安になりながらも、洞窟から出ようとした時、後ろを歩いていた学さんが俺にだけ聞こえるように声をかけられた。
「ねぇ、もう本当に大丈夫なの?」
「え? はい。すみません、長い間倒れたから驚きましたよね?」
「長い間なんて倒れてないよ……ほんの10分程度だった。そうじゃなくて、君が倒れてる間、あの茜って子————」
学さんはチラリと茜の方を見る。
「自分の舌を噛んで、その血を君に飲ませていたけど……体に異常はないの? 鬼とか、吸血鬼になってたりしない?」
「え……?」
(いや、茜は吸血鬼じゃなくて、八百比丘尼のはずなんだけど————)
思わず立ち止まってしまい、中々洞窟から出てこない俺と学さんを、一足先に外へ出た茜が振り返って覗き込む。
「おい、早くしろ。なにしてる?」
洞窟の外は、入り口の松明のおかげで明るかった。
そこで俺が手にしていた白紙だったはずの手紙に、文字が浮かんでいることに気がつく。
茜はそれを見て、笑った。
「なんだ、そんな契約書なんてなくても、アタシはお前を守ってやるつもりだったのに————」
そう言って、茜は背後から襲って来た妖怪らしきものを裏拳で討ち払う。
「颯真、まだ戦えるだろう? アタシの体には、治癒の力がある。お前の力が、尽きることはない」
呪受者の匂いを嗅ぎつけたのか、それとも玉藻の差し金か……
洞窟を出た途端に現れた多くの妖怪を物理的に倒しながら、絶世の美女は自信満々にそう言って笑った。
俺は、そんな逞しい茜の姿に、あの日、玄武の湖畔で見たばあちゃんの姿を思い出す。
茜が何者か、理解していなかった学さんも、その姿に流石に茜が悪いものではないことが理解できたようで、安心したようだ。
そして、茜の治癒能力ですっかり元に戻った俺は、妖怪たちを一気に術で滅して、歩き出した。
「行こう…………玉藻を倒しに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます