第58話 木の根


 地面から次々と這い出てくきた人形のようなそれは、かつて神木だったあの木の根だった。

 洞窟から逃げていった玉藻と幸四郎を追いかけようとした俺の足を掴んで、何度も何度も邪魔をしてくる。


「くそっ……邪魔をするな…………!!」


 青い炎が木の根を焼き尽くすが、それでもしつこいくらい、また別の根が地面から出て来て、俺の行く手を阻む。


「颯真、どんなに根を焼いても、このままだと無駄だ。本体をどうにかしろ!!」


 茜は木の根から恐怖で動けなくなった学さんを守りつつ、俺にそう叫んだ。


「どうにかって————一体どうしたら…………」

「アタシがそこまで知っているわけがないだろう!! ————くそ、人一人守りながらじゃ、さすがのアタシにも限界が…………」


 ガタガタと震える学さんの手元を見て、茜はピタリと動きを止めたかと思うと、その手に握りしめていた藤色の風呂敷を奪い取った。


「え!? ちょっと……返してくれ!! それは、大事なものなんだ!! 母さんの形見なんだ!!」


 茜はその風呂敷をパッと開いて、まじまじと見つめるとニヤリと笑う。


「これがお前の命を守る!! あの木の根に襲われそうになったら、これで自分の体を守れ……!! この藤色の風呂敷、微力だが封魔の力を持っている」

「え、え!?」


 戸惑う学さんに風呂敷を返して、茜は俺の方へ寡勢する。


「颯真、とりあえず、あの木の幹に封魔の矢でも撃ってみろ!! お前の足元はアタシが守ってやる」


「わかった」


 殺生石の封印は解かれてしまっているようだが、何もしないよりはマシだ。

 俺は札を取り出すと、祝詞を唱えて封魔の矢に変え、九字封法を唱えた。


 矢は青く光り、掌から浮き上がり、光は青い炎に。


「————魔封突貫 急急如律令!!」



 ボロボロのしめ縄が巻かれた大きな木の幹に、封魔の矢が刺さる。


 青い炎で幹が包まれ、やがて封魔の矢が消えると、地面から這い出てくる木の根はピタリと大人しくなり、動かなくなる。

 それと同時に、なんの呪文も術も使わずに燃え続けていた青い炎も、鎮火してゆく。



「効いたみたいだな……早くここを————」


 ——出よう。


 そう言いたかったのだが、視界がぐらりと揺れて、体の感覚がなくなていく。

 地面に倒れる寸前で、茜に抱きとめられた。



 狭くなっていく視界の端に、割れ落ちた翡翠のピアスが見えた。


 また、力を使いすぎた反動だろう————


 茜が何か言っている。


 だけど、何も聞こえない。


 俺は意識を失った。




 そして、夢を見た。


 目が覚めたら、士郎さんが俺の顔を心配そうに見ていた。


 それは、俺が初めて自分の力で妖怪を倒した、あの日の記憶だった。








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