第46話 湖の底
水面に張った薄い氷に亀裂が入り、映し出されていた偽物の月が二つに割れた。
湖の水は、ばあちゃんの唱えた歌に合わせて、徐々に形を変えてゆく。
足場から湖の中心に向かって、まるで道を作るように左右に水が寄って行く。
まるでモーゼの海割のように、湖が割れて、殺生石に向かう道ができた。
「さぁ、行くよ」
「は、はい……」
すとんと、あらわになった湖の底に降りて、先を歩くばあちゃんについて行く。
こんな方法があったなんて、知らなかった。
「あの……ば——」
あまりの凄さに感動してしまって、うっかりばあちゃんと呼びそうになったのを止めて、言い直す。
「飛鳥様、今の歌はいったい何なのですか? 里の者はおそらく誰も知らないと思うのですが————」
きっと知っていたら、春日様か刹那が教えてくれていたはずだ。
俺が湖に潜るなんて、原始的なことをする必要もなかったわけだし……
「里の者は知らないだろう。これは、先代の呪受者であった私の祖母が、この地に殺生石を封じた時に使った歌で、今知っているのは私だけなんだ」
ばあちゃんの話によると、もともと玄武の湖畔は別の場所にあった。
しかし、時代とともに、土地も変わる。
明治以降、西洋の文化を取り入れて著しく変化して行く時代の中で、前の玄武の湖畔があった場所が政府の介入により封印の地として使えなくなってしまった。
そこで、封印の場所を変えたのだという。
その際行われた封印の儀を行ったのが、ばあちゃんのばあちゃん——俺にとっては
「封印は呪受者……つまりは、一番強い力を持つものが定期的に強化しなければ、時の流れとともに効果が薄まってしまう。私は若い頃にこの歌を教わったのさ。念のため、うちの颯真にもこれだけは伝えなければとは思ってるんだがね——」
ばあちゃんはチラリと俺の方を見たかと思うと、すぐに前を向いた。
「でも私は思ったんだよ。あんな狐の為に、何も知らないあの子の未来を犠牲にしたくはないって。この呪いは、私が生きているうちに、解いてしまおうって……ね。私はその方法を探る為に、里を離れても尚、殺生石を見てまわっているんだ」
殺生石の前に立ち、ばあちゃんは青く光った魔封じの矢を、殺生石の封印の札に打ち込んだ。
そして、寂しそうな目をして、こう言った。
「いいかい、ここの殺生石の封印の札は、水中では見えない。いつか、ここの封印をまた強化する時期が来たら、必ずさっきの歌を歌うんだよ……————颯真 」
「えっ……?」
青い炎が札を包み込み、魔封の矢が消えていく様子を眺めながら。
確かに、俺の名前を呼んだ。
————気づいていたんだ。俺が、颯真だって事に……
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