第44話 呪受者
ばあちゃんが幼い俺をホテルへ送り届けている間に、いったい今がいつの時代なのかを調べてみると、ここは12年前の11月だった。
俺の誕生日が近いということで、初めて来た家族旅行。
茜に出会って、湖にも落ちたあの時だ。
湖の記憶はあったが、この寺院の記憶はすっかりなくなっていた。
5歳になる前の俺が中庭で歌っていたあの歌も、当時のお気に入りだったのかも知れないが、全然記憶にない。
残っているのは断片的なものばかりで、この後湖に落ちたのか、それともすでに落ちた後なのかもわからない。
茜とも、いったいいつ出会ったのか…………
「えーと、ソウタくんと言ったかな?」
寺院の2階から、湖を見ながら考えていると、東海さんに声をかけられた。
「は、はい!」
「申し訳ないんだけど、飛鳥様の手伝いの前に、こちらを手伝ってもらえいでしょうか? 君も飛鳥様と同じで、霊を見ることができるのでしょう?」
「ええ、まぁ……」
(泊めてもらってるし、少しは何かした方がいいよな……)
「では、これを見ていただけますかな? 尚海、あれを……」
尚海さんが風呂敷に包んで持って来たのは、ボロボロの日本人形。
下手に触ったら、首が取れそうなくらい、古そうな代物だ。
(げっ……髪が伸びる系のやつだ)
赤い着物に、黒いおかっぱ頭のその人形には、明らかに何か悪いものが取り付いているのが見て取れる。
「どうしたんですか、これ……」
「今しがた、人形供養をして欲しいと持ち込まれたものなのですがね……どうも、見た目がこれでしょう? 霊が見えない私でも、さすがに何か悪いものが付いているように思えましてね」
「でしょうね……」
僧侶たちにはおそらく見えていないのだろうが、人形の目が何度も四方八方に動いたかと思えば、じっとこちらを見つめ、笑みをまで浮かべている。
「やはりそうですか……」
俺は簡単な術で人形についていたものを祓おうとした。
しかし、人形の力は思ったより強く、自らぼとりと床に首を落とし、それを拾おうと尚海さんがしゃがんだ隙に、今度は体ごと床に落ちて、その頭を持ったまま、まるで猫のような動きで俺の足元をすり抜けて行った。
「ひぃぃぃぃぃっ!! なんだ今のは!? ついに、俺は妖怪を見たのか!?」
「なに!? 妖怪だって!?」
「なんだ、なんだ!?」
尚海さんは驚いて腰を抜かし、その様子を見ていた他の僧侶たちと一緒になって俺は、逃げる日本人形を追いかけた。
階段をかけ降り、飛びかかった屈強な若い僧侶の腕をすり抜け、魚用の網を持って来た僧侶もいたが、それもするりと掻い潜って、人形は寺院から抜け出す。
「こんのっ!! 待てこら!!
門から出る前に放った青い雷で体の方は動きを止めることができたが、その反動で首だけは地面に転がって、悲鳴を上げながら門の外へ。
「ギィイイイイイイっ!! カラダが…………儂の体が…………!! おのれ、呪受者め!! せっかく儂が見つけてやったのに……!!」
門前からこちらを緋色の睨みつけ、喚く人形の首は、キリキリと歯軋りをする。
どうやら俺のこの右目がまた妖怪を惹きつけてしまったようだ。
「その右目が……呪いを受けしその右目さえあれば、儂はあのお方に————ヒギャッ……」
そこまで言ったところで、首は目を見開いたまま、ぐしゃりとつぶれた。
「まったく、こんな小者すらまともに倒せないのかい? まだまだ修行が足りないようだね」
ホテルから戻ってきたばあちゃんに、踏まれて。
ばあちゃんは、確かに俺と同じ呪受者だが、格が違うように思えた。
これはきっと、経験の違いだろう。
一体、これまでいくつの妖怪に狙われて、いくつの“死”に直面して来たのだろう。
それに……
俺は、何も知らずに、ずっとこの人に守られて生きていたのだという事を、改めて思い知った——————
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