第46話 ドリーワン・レベル2 第15話
わたしが六歳のとき、わたしに新しいお父さんとお兄ちゃんができました。
お父さんはわたしのことをとても気に入ってくれたみたいで、毎日ビデオカメラをわたしに向けてわたしのビデオをとります。
わたしがおとなになって結婚するとき(わたしはたぶんお兄ちゃんと結婚します)、とりためたビデオを編集して流してくれるのだと新しいお父さんは言いました。
お母さんは新しいお父さんができてからいつも機嫌がよくて、わたしはいつもいらいらしてたお母さんより今のお母さんが好きです。
わたしの体には前のお父さんにつけられた怪我の跡や煙草の火をおしつけられた跡があります。わたしが泣くたびに、麻衣が悪いのよと言うお母さんがあまり好きではなかったから。
新しい家族ができて、わたしには好きな人ができました。
お兄ちゃんです。
お兄ちゃんはわたしよりふたつ年上で、背が高くて、足が早くて、頭がとてもいい人です。
お兄ちゃんははじめてわたしといっしょにお風呂に入ったとき、お兄ちゃんはわたしの体についたいくつもの傷跡を見て泣いてくれました。
痛かったろうね、熱かったろうね、誰も助けてくれなかったんだね、お兄ちゃんはわたしの背中や腕を優しくなでながらそう言いました。
わたしもお兄ちゃんの体についたいくつもの傷跡を見て泣きました。
わたしはそのとき、ひなどりがはじめて見た相手を親だと思い込むように、お兄ちゃんのことを好きになりました。
おさないわたしはいつもお兄ちゃんのあとをついて歩きました。
どこへ行くときもいっしょです。
学校に行くときも、習い事に行くときも、遊びにでかけるときもわたしはお兄ちゃんのあとをついていきます。
お兄ちゃんはいつもわたしを何かから守るようにして歩きました。
わたしが仲間はずれにならないように、いつも気を使って遊んでくれます。
わたしとお兄ちゃんは似ていないし、血もつながっていないし、まだ兄妹になって5年しかたっていません。
だけど生まれるずっと前から兄妹だったように最近は思います。
わたしの11歳の誕生日、お兄ちゃんはわたしに宝物をくれました。
わたしがいつも首にかけている、ドリームキャッチャーです。
よくこわい夢を見るわたしのために、お兄ちゃんがよなべして作ってくれました。
よい夢だけが網をすり抜けて、眠る者のもとに届けられるというインディアンのお守りです。悪い夢は、網や羽にからめ取られ、夜が明けて、父なる太陽の光を浴びるとともに消えてしまうそうです。
本当? と、わたしはお兄ちゃんに訊ねました。
「グレイトスピリットを信じていればね」
と、お兄ちゃんは言いました。
グレイトスピリッツって何? とわたしは訊ねました。
「グレイトスピリッツは、グレイトスピリッツだよ」
お兄ちゃんは言いました。
グレイトスピリッツを信じていればいいそうです。
お兄ちゃんは材料の皮を集めるために、鹿やヤギや豚やウサギなどを追い掛け回して、2回警察のお世話になったりしました。鳥の羽は、ケンタッキーフライドチキンで廃棄されたターキーや鴨やホロホロ鳥や鶏の羽をもらってきてくれたそうです。網の糸をとるために、お兄ちゃん鹿を追い掛け回して3回目の警察のお世話になりました。
ドリームキャッチャーをもらってから、わたしはこわい夢を見なくなりました。
それでもときどきわたしが誘拐されてしまう夢を見てしまいます。
「ドリームキャッチャー?」
ぼくは妹がなくした宝物が何であったか聞いて、オウム返しに聞き返した。
「何それ」
妹の宝物を、ぼくは知らなかった。
聞かされても、それが一体何であるのかさえわからなかった。
「何それって、覚えてないの?」
「覚えてないっていうか知らないんだよ」
「でもお兄ちゃんがくれたんだよ」
妹は悲しそうにそう言って、ぼくの服の袖を引っ張った。
「グレイトスピリッツも信じてないの?」
信じるも何も、グレイトスピリッツが何であるかさえ、ぼくは知らないのだ。
ぼくはドリーを見た。
ドリーは首を横に何度も振った。
インターネットで検索をかければ、ドリームキャッチャーがインディアンのお守りで、悪い夢をからめとり、良い夢を見せてくれるものだということはすぐにわかった。
だけど、それを妹にプレゼントした覚えはぼくにはなく、ましてやその材料を集めるために動物を追い掛け回して、3度も警察のお世話になったなんていう覚えもなかった。
「じゃぁ、麻衣とはじめてキスしたときのことも覚えてないの?」
それは覚えていた。
妹にプロポーズした、病院帰りのバスの最後尾の長い座席だ。
あれが、ぼくと妹のはじめてのキスだ。
「ちがうよ」
あれは二度目だと、妹は言った。
「ドリームキャッチャーをもらったとき、その晩、麻衣はお兄ちゃんといっしょのお布団に入って寝たんだよ。お兄ちゃんは麻衣にぎゅって抱きしめられて、とてもしあわせで、お兄ちゃんのことが好きで好きで仕方なくて、麻衣はそのときお願いしたの。おとなになったら、お兄ちゃんのお嫁さんにしてねって」
記憶になかった。
「麻衣からキスしたの。はじめてだったのに。麻衣はまだ小学生で、キスしただけなのになんだかこわくて震えてた。お兄ちゃんは震えがとまるまでずっと抱きしめてくれてた。麻衣はもっとお兄ちゃんのことが好きになった。その夜は怖い夢なんて見なくて、麻衣はお兄ちゃんと結婚してる夢を見たんだ。でも、お兄ちゃん、……覚えてないんだよね?」
ぼくは、うなづくしかなかった。
「もう知らない」
「記憶をなくしてるなんて、思いもしなかった」
妹が部屋から出ていった後で、ドリーは言った。
「ドリーワンの契約を満了して、契約を破棄した場合、それまでにドリーワンによって失ったものすべてを取り戻すことができる」
ルールを口にする。
「だけど、この『失ったものすべて』は契約者、もしくは案内人が、契約者が『失った』と認識している『ものすべて』なの。わたしもお兄ちゃんも、お兄ちゃんが麻衣ちゃんに関する記憶の大半を失っているなんて認識していなかった。だから取り戻せなかったのね」
記憶は戻らないのか、と訊ねると、ドリーは、戻らない、とだけ答えた。
ぼくが失った妹に関する記憶は、一体どれだけの量なのだろう。
妹の誕生日は「10月9日」すぐに思い出せた。
好きな歌手は「チャゲ&飛鳥」特に飛鳥がお気に入りだ。
地元の「よさこい」サークルに入っていて、「空き缶のプルタブ」を集めてる。
好きな動物は「カピパラさん」。
ぼくの頭の中には妹の情報だけがあり、妹との思い出はこの数ヶ月分しかなかった。
ぼくたちは連れ子同士で、妹とはじめて会ったとき、ぼくは妹に恋をした。
そのときのことを、今でも鮮明に思い出せるつもりでいた。
だけど、何も思い出せない。
インベーダーゲームのテーブルのあのお店は一体どこにあったのだろう。
父はどんな顔で、母をぼくに紹介したのだろう。
母は何を注文しただろう。
妹はどんな服を着ていただろう。
妹とはじめて交わした会話はなんだったろう。
「それにしても、お兄ちゃんと麻衣ちゃんってよく喧嘩するんだね。本当に仲がいいんだね」
と、ドリーは言った。
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