第174話 現代のパラディン
「ここが、除霊師学校かぁ……。僕も早く学校に慣れて、放課後に除霊してみたいかも。浄化はかなりこなしてきたから」
春、四月の上旬。
戸高市内にある、桜咲く除霊師学校の校内を一人で歩いていた。
僕の名前は、安倍祐樹。
どこにでもいる普通の新高校生のはずだったんだけど、突如霊力に目覚めた男子だ。
なんでも、広瀬裕という安倍晴明をも超える実力を持つ除霊師が、封印されていた邪神を除霊した際に発生した衝撃波の影響で、突如霊力に目覚めた人たちが日本中に出現したらしい。
僕もその一人だけど、衝撃波なんてあったかな?
日本中の人たちが感じる衝撃波があったら、世間で大騒ぎになるはずなんだけど……霊力の衝撃波なので、物理的な衝撃波と違って体では感じられないんだと思う。
とにかく、これまで霊感なんてまったくなかったのに、いつのまにか霊が見えるようになっていた。
そのせいか、緊急で日本政府から提供された霊衣とアクセサリーを着けるまでは、悪霊に襲われそうになったりして大変だった。
どうにか逃げることができたけど、あの時は絶対に死んだと思ったほどだ。
支給された霊衣とアクセサリーを常に身に付け、毎日放課後、除霊師になるために特別講習なるものを受けた。
これは全国各地で開催されており、僕も通っていた学校に隣接する公民館で怨体や悪霊への対処の仕方を学んでいたわけだ。
講師役の除霊師のオジサンから、霊力があるからといって必ず除霊師になる必要はないけど、霊への対処の仕方を学ばないと、悪霊のせいで深刻な霊障を受けたり、最悪死んでしまうこともあるので必ず覚えてくれと言われたのをよく覚えている。
中には忠告を無視して、悪霊に殺されてしまった人もいたようだ。
霊が見えるのに、頑なに霊など存在しないと言って呪い殺されてしまった人も。
僕には才能があるそうで、特に将来の夢もなかったし、除霊師は危険だけど稼げると聞いて、進学先を除霊師高校にした。
正門を潜り、桜が咲く校内を歩いていると、僕と同じような理由で入学した新入生たちが多数いた。
全員が新高校一年生だけど、午後からは社会人向けの専門学校の入学式もあると聞いている。
将来は、除霊大学の設立も目指していると聞いた。
「随分と沢山の入学生がいるんだな。おや、あの子は?」
随分と多くの新入生たちに囲まれている女子生徒がいた。
同じ新入生みたいだけど、いわゆる期待の新人ってやつかな?
よく見るとかなりの美少女なので、それが原因で人気なのかも。
「注目の新入生ってやつかな?」
今日は入学式なので胸についている名札を見ると、そこには『安倍水穂』と書かれていた。
僕と同じ苗字か……。
ああ、僕の安倍姓はただの偶然だから、安倍晴明の子孫ではない。
「なんだ? お前。同じ安倍姓のエリートなのに知らないのか?」
僕が安倍水穂という美少女に視線を送りながら考え事をしていると、突然同じ新入生だと思われる男子生徒に声をかけられた。
僕と同じく、普通っぽい人で安心するな。
胸の名札を見ると、『葛西敬之(かさい のりゆき)』と書かれていた。
「僕の安倍姓は、たまたま安倍という苗字だった、というだけのことだから。安倍晴明の子孫ではないと思う」
うちの両親も祖父母も、そんな話は聞いたことがないと言っていた。
なにより全員に霊力がなかったのだから、霊力家系ってことはないんじゃないかな。
「そうなのか。確かに、安倍水穂を知らない安倍一族ってのもおかしな話だ。なんてったって彼女は、今年の首席だからな」
「首席なんてあるんだ」
普通の高校で、首席が誰かなんてあまり聞かないからなぁ。
「次席以下を圧倒していて、霊力が桁違いだからな。なにより、現役高校生にしてあの安倍一族の当主である広瀬裕が、同じく有名な倉橋一族の次期当主に嫁がせるため、過酷な修行を施したという噂だ。広瀬裕の下にいる『七頭(しちとう)』の一人、清水涼子の妹だしな」
「僕は除霊業界には疎いけど、広瀬裕と七頭は知ってるよ」
広瀬裕を知らない除霊師はモグリどころか、まともに除霊師として活動できないはずだ。
悪霊軍団を率いた邪神『死霊王デスリンガー』を倒し、不祥事の連続で没落確定だった安倍一族の当主に請われ、見事立て直すどころか、世界一の除霊師一族と呼ばれるまでに育てあげた偉人だ。
彼自身も除霊師として超一流どころか『邪神殺し』であり、世界中の政財官にコネクションを持っているとか。
それでいて、除霊師高校の新三年生なのだから凄いと思う。
彼自身も竜神会という組織を運営しており、噂ではとてつもない資産を持つとか。
現代ではほぼ途絶えたとされる霊器の製造、高品質のお札や霊水の量産、除霊に使う器具の新規開発など。
その方面でも安倍晴明を超える男とされているから、荒稼ぎして当然か。
今では常に世界中を飛び回っていて、あまり学校に来ないとも聞く。
除霊師学校は除霊目的ならすぐに公休が認められるから、それでも進級、卒業できるって話だから。
「広瀬裕だの、七頭だの、安倍水穂だの。別世界のお話だから、俺たち普通組は堅実にコツコツやらないとな」
「それもそうだね」
「水穂!」
「あっ、涼子姉さん。入学式に間に合ったのね」
なんと、安倍水穂に声をかける女子がいた。
話の内容からして、彼女の姉で七頭の一人である清水涼子だと思う。
初めて見るけど、綺麗な人だな。
「ええ、南米での『荒ぶる古代王』たちの除霊は無事に終了よ。 入学式には間に合ったから、生徒会長である裕君の挨拶はちゃんとあるわよ」
「入学生たちは喜ぶと思うけど、広瀬さんは嫌がりそう」
「柄じゃないって、南米に向かうまでずーーーっと言っていたから」
清水涼子と安倍水穂の姉妹は仲がよさそうだ。
共に美少女で絵になる。
しかし安倍水穂は、政略結婚で倉橋家に嫁ぐことに不満はないのかな?
なんか時代錯誤な気がするけど、本来霊力は遺伝しやすいと聞くから、除霊師には現代日本の常識が通用しないのかもしれない。
僕も優秀な除霊師になったら、名門一族の女子と政略結婚とかするのかな?
もしそうなったら、奥さんになる人は美少女だといいな。
「安倍、入学式で広瀬裕の挨拶をやるってよ。やったな」
「そうだね。僕も楽しみだよ」
広瀬裕って他のジャンルの有名人と違って顔写真が出回ってないから、どんな人なのかとても興味があるんだよね。
入学式では生徒会長が挨拶するのが決まりだそうで、今年は広瀬裕が生徒会長だから、彼が挨拶をする予定であった。
「七頭の一人である清水涼子がいるから、他の六人も入学式に出席するかもしれないな。七頭は全員美少女だから楽しみだぜ」
「七頭って、全員が女性なんだ」
僕は七頭は知っているけど、どんな人が任じられているのか詳しくは知らなかった。
清水涼子以外は、オジサンばかりだと思っていたんだ。
「知らないのか? 神の癒やし手『相川久美子』、神槍『清水涼子』、神の歌い手『葛山里奈』、神弓『葛城桜』、神忍『望月千代子』、神の踊り手『木原愛実』、神の薙刀『土御門沙羅』の七名で、全員美少女にして、実質広瀬裕の奥さんらしい」
「えっ? ハーレムなの? 羨ましいなぁ」
広瀬裕の霊力と才能を継いでもらいたいから、彼は実質一夫多妻制なのかな?
彼の功績を考えると、特別扱いなのも仕方がないのかも。
「広瀬裕の竜神会が安倍一族を完全に支配しているし、将来は安倍水穂を通じて倉橋一族にも強い影響を及ぼすようになる。倉橋一族は元々安倍一族の分家だったけど最近は独自に動いていたから、この政略結婚を利用して再統合を目指しているんじゃないかな。七頭の一人土御門沙羅は、元は土御門一族だったらしいから、将来土御門家も竜神会の支配下に入るかもしれないって噂だ。そもそも、竜神会が提供する霊器、霊水、お札、他様々な除霊に必要な道具がなければ、大半の除霊師たちは厳しいからな。まさに除霊業界の王なんじゃないかな」
「そんな人が学校の先輩なのか。怖いのかな?」
「どうかな? 広瀬裕の情報は秘匿されていて、除霊業界にいる人でもほとんど情報が手に入らないって聞く。下手に探ると、日本除霊師協会や日本政府もうるさいとか」
「僕たちは大人しく挨拶だけ聞いて、あとは地道にやっていこうよ」
「それもそうだな、ああ、よろしくな」
「よろしく」
入学早々、僕には友人ができた。
広瀬裕のような除霊師を目指すのは難しいけど、頑張って稼げる除霊師になりたいと思う。
「えーーー、本日は大変お日柄もよく……。うーーーん、こんな挨拶をする生徒会長はいないか。というか俺、名ばかり生徒会長で普段ろくに仕事をしてないしな。なにを話せばいいのやら……」
「裕ちゃんも私たちも忙しいからね。入学式の挨拶は、数少ない仕事ってことだよ」
「みんな、噂ばかり流れている裕君に興味津々なようだから」
「その噂には異議がある!」
新三年生になり、名ばかり生徒会長にされた俺には入学式で新入生たちに挨拶するという仕事があった。
昨日まで除霊で南米に行っていたから、完全にぶっつけ本番だ。
事前に考えていなかったのかだって?
俺は除霊以外のことは、締め切りギリギリにならないと頑張れない子なんだ。
「俺が安倍水穂を鍛えて政略結婚の駒とし、倉橋恭也の妻として送り出すとか。倉橋一族も竜神会の傘下に入るとか。俺は極道じゃないんだから」
安倍水穂は、俺たちが悪しきダイダラボッチを倒した現場にたまたまいたから大量にレベルアップしただけで、除霊師としての訓練は涼子と倉橋恭也がやっていたというのに……。
「政略結婚って……。ただあの二人が昔からの縁でつき合うようになっただけで、俺が当主命令で安倍水穂を倉橋一族に嫁がせたなんて事実はないぞ」
というか、安倍文子の事件のせいで、すでに安倍水穂は倉橋一族に所属する除霊師となっている。
俺が安倍一族繁栄のため、政略結婚の駒として彼女を差し出すこと自体ができないのだ。
それに二人は元々幼馴染の関係で、安倍文子の件で困った安倍水穂をずっとフォローしていたのは倉橋恭也であった。
最初から恋人同士のようなものであって、まったく政略結婚だなんて事実はない。
むしろ、『リア充死ね!』と声を大にして言いたい。
「世間にそういう噂が流れるということは、それだけ師匠が偉大になった証拠ですよ」
「世間のいい加減な噂に左右されても仕方がないじゃない。それに、私たちに関する噂は間違っていないわ。私たちは、広瀬裕の実質婚約者ってところがね」
「今の世情に合わぬかもしれぬが、除霊師とは昔からこういうものよ。一夫多妻制を続けても除霊師の実力が落ち続けていたのに、一夫一妻制にしたらさらに除霊師の実力が落ちて当然であろう。実は安倍晴明じゃが、記録に残っていない妻や妾、隠し子が多数おったのじゃぞ。だからこそ、日本中に安倍晴明の血を受け継いだ人間が増え続け、死霊王デスリンガーが除霊された余波で霊力に目覚めた」
「それ、安倍晴明は計算してやったのか?」
「わからぬが、結果的にはこうなった。それは事実じゃ」
戦った時に感じたが、一筋縄ではいかない人物だからな。
そのぐらいのことを計算していてもおかしくはないか。
今は神様だし……。
「ところで広瀬君、入学式で話す話は思いついたの?」
「……醤油トンコツラーメンには、太麺が合うか、細麺が合うか」
「そんな話、裕しか興味ないじゃないの。海外で除霊した時の話をするとか、らしい話をしなさいよ」
「らしいねぇ……」
「裕ちゃん、そろそろ大講堂に入らないと」
「そして、それが終わったらヨーロッパ来訪だって。なんか菅木議員もついてくるそうよ」
「除霊師不足と実力の低下に悩んでいるのはどの国も同じ。ここは各国に恩を売るという政府の方針でな。ワシも同行して現地の政治家たちと折衝をせねばならぬからの。入学生たちは素人ばかりだ。派手に除霊した話をして景気づけするのがよかろう。除霊の厳しさは、学校で講師たちがいくらでも教えてくれるからの」
「菅木の爺さん、空港で待ち合わせじゃなかったっけ?」
「戸高市にちょっと用事があったのだ。それが終わったので、迎えに来てやったぞ」
「別に逃げやしないって」
菅木の爺さんも貴賓扱いで入学式に参加することになり、俺たちは一緒に大講堂へと向かった。
この二年で日本は大分霊的に落ち着いてきたが、悪霊や怨体は油断するとすぐに増えるし、これからは海外での仕事も増えていく。
どうやらしばらくは暇になりそうにないが、俺は竜神会の社長にして、安倍一族の当主でもある。
この世界のため、除霊師、パラディンとして頑張っていこうではないか。
異世界のパラディンは、現世でも大忙しだ。
異世界帰りのパラディンは、最強の除霊師となる Y.A @waiei
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