第163話 悪しきダイダラボッチ
「柊隆一め! 安倍一族の直系に近く、霊力にも目覚めた私たち親子を追放するなんて! こんな仕打ちが許されるわけがないわ! 今に見てなさい!」
「ママ、それなら柊隆一をぶっ殺せばいいんだよ」
「清次、あなたのお友達は逮捕されてしまったんじゃないの?」
「あいつらは、所詮チンピラだから柊隆一には届かないよ。それよりも、僕たち親子を支持してくれる安倍一族の人たちが、いいアイデアを持ってきたんだ」
「ということは、霊的な方法で柊隆一を処分できるのね」
「アシがつかないってことが重要なんだよ。柊隆一は、僕とママを安倍一族から追放していい気になっているけど、あいつの独裁を嫌っている安倍一族の人間は多い。協力者は少なくないのさ」
「柊隆一を始末してから、水穂と広瀬裕を結婚させ、私たちが裏から安倍一族を支配できるのね。そもそも、年下のくせにあいつは生意気なのよ。私に対する敬意というものがないもの。それで、どうやって柊隆一を殺すの?」
「富士山の麓に封印されている『悪しきダイダラボッチ』を復活させるんだ。悪しきダイダラボッチの封印維持は、安倍晴明が死んでからは安倍一族の仕事となっている。もし悪しきダイダラボッチがこの世に復活したら、その除霊は安倍一族の仕事になる。今の安倍一族の除霊師たちなんて簡単に皆殺しにされてしまうし、なにしろ悪霊の仕業だからさ。僕たちが罪に問われることもない」
「問題は、復活させた悪しきダイダラボッチを操れるかどうかよ。大丈夫なの? 私たちが殺されては意味がないのだから」
「安倍一族に古くから伝わる、『士魂鈴(しこんりん)』を倉庫から持ち出しました。これを用いれば、悪しきダイダラボッチを一定時間操ることが可能です。悪しきダイダラボッチを操って柊隆一を殺させ、そのあと我らで悪しきダイダラボッチを再び封印すればいいのですよ」
「それはいい手ね」
ダイダラボッチは、日本各地にその伝承が伝わっている巨人。
富士山を作るために甲斐の土を採ったら、甲斐が盆地になってしまった。
富士山を作るため近江の土を掘ったら、その跡地が琵琶湖になった。
上州の榛名富士を土盛りして作り、掘ったあとが榛名湖になった。
等々……。
全国に様々な伝承を残している巨人だけど、そのダイダラボッチと悪しきダイダラボッチはまったくの別物だという説明を受けた。
「悪しきダイダラボッチは、日本全国の山地において、噴火や事故で亡くなった人たちの悪霊を一まとめにして封印している人工霊団です。実は、安倍晴明が作り出したものなのですよ」
太古の時代から、安倍晴明が活躍していた平安時代まで。
日本全国の山やその周辺に発生した膨大な悪霊たちを、ダイダラボッチに似せた依り代に封印し、それ以前はひしめく悪霊のせいでなかなか山に入れなかった状態をどうにか改善した。
だけど、さすがの安倍晴明にも一つ誤算があったのだと言う。
「安倍晴明は、富士山の麓に集めた悪しきダイダラボッチを一気に除霊するつもりだったのですが……」
集めた悪霊の数が想定をはるかに超えていたため、安倍晴明でも手が出せず、富士山の麓に封印することにしてしまったみたいね。
偉大なご先祖様も案外間抜けね。
「ですが、今人間が普通に山に入ることができるのは、安倍晴明のおかげなのです。悪しきダイダラボッチを構成しているのは、人間のみならず、山で亡くなって悪霊化したありとあらゆる生物もですから」
「悪霊化したら、草でも虫でも厄介ってことかな? でも、僕は虫や草の悪霊ってみたことないけどな」
「山というのは、少々特殊な場所なので。日本は山地が多く、有史以来人々はその管理に気を使ってきました。安倍晴明が亡くなって千年、山には悪霊が増えてきましたが、いまだ深刻な事態に陥っていないのは、封印されていても悪しきダイダラボッチが人間以外の悪霊を吸収し続けているからです」
「じゃあ、悪しきダイダラボッチはすげえ厄介な霊団に成長しているんだ。それなら、余裕で柊隆一を殺せるじゃない」
「悪しきダイダラボッチが暴走しないようにコントロールが必要ですが、我々には士魂鈴がありますからな」
柊隆一を殺したら、悪しきダイダラボッチはまた封印してしまえばいいのね。
あっ、もしこの方法が上手くいけば、これからも私たちに敵対する輩は全員悪しきダイダラボッチに始末させれば、手を汚さずに目的を達成することができるわね。
「清水涼子も簡単に殺せるわね」
「清水涼子をですか? 彼女は引き入れた方がいいのでは?」
「彼女は邪魔なのよ。広瀬裕と水穂の間を邪魔するから」
あの女は、本当に母親そっくりね。
私から安倍清明を奪おうとしたのと同じく、水穂と広瀬裕の間を邪魔をする。
母娘で澄まし顔をしながら、他人から男を奪うとんだ淫乱女よ。
「清水涼子が除霊師として優れていたとしても、広瀬裕よりは弱いわよ。水穂と広瀬裕の邪魔をするだろうし、元々彼女は安倍一族に対し批判的だったわ。そうでしょう?」
「はい。血筋が悪いのに、一族に入れてやった恩をあまり感じていない人ですからね」
この男のように、以前から安倍一族に対し反感的で、今は安倍一族と完全に距離を置いている清水涼子に批判的な人は多い。
上手く誘導すれば、今度こそ清水涼子の抹殺ができるはずよ。
「清水涼子を、富士山の麓に誘き寄せるのよ。柊隆一と共に抹殺すれば、あとは私たちの思うがまま」
「なるほど。確かに一石二鳥ですな」
「柊隆一がいなくなれば、彼に従うしか能がない連中は、今度は私たちに従うしかないわ。だから、柊隆一と清水涼子を必ず殺さないと」
「それは私に任せてください。柊隆一に従っているフリをしているスパイがいますので、奴に動いてもらって誘き呼び寄せますから」
「それはいいわね。では、早速私たちは悪しきダイダラボッチの封印を解きに行きましょう。柊隆一も清水涼子も、悪しきダイダラボッチに惨たらしく殺されればいいのよ」
そして、妻である私を蔑ろにした安倍清明はあの世で嘆き、あの女は一人残されて泣きながら暮らせばいい。
どいつもこいつも安倍晴明の子孫である、この安倍文子をバカにして。
まあいいわ。
これからはこの私が、安倍一族を裏から支配し、世界の除霊師業界を取り仕切り、大金持ちだろうが、政治家だろうが、誰もがこの私に跪くようになるのだから。
「うーーーん、やっぱり硬い!」
「裕君、どうかしたの?」
「いやね。どうして新幹線の車内販売のアイスクリームは、こんなにも硬いのかなって。あと、あずきバーも」
「裕君、アイスクリームならどこでも買えるじゃないの」
「いや、新幹線の車内販売のアイスクリームを食べられるのは、新幹線に乗った時だけだから」
「裕ちゃん、新幹線の車内販売は高いから、駅を降りてスーパーで買おうよ」
「久美子、新幹線の車内販売は旅行気分を味わうために少し高いんだ。そこは手間賃なので許容しないぞ。あと、売っている人の人件費もあるか」
「……。君たちは全然緊張してないんだね。私は今にも心臓が止まりそうだよ」
柊隆一と一緒に、富士山麓まで小旅行をする羽目になるとは。
これも緊急依頼だから仕方がないか。
久美子と涼子と共に新幹線の旅を楽しんでいるのだが、依頼主で同行している柊隆一の顔色は冴えなかった。
なお他のみんなは、日本除霊師協会の依頼で他の封印が解けつつある場所の除霊に出かけた。
沙羅がリーダー役をしてくれるそうなので、安心して任せている。
彼女は、室町時代の超一流の除霊師だったからな。
「悪しきダイダラボッチねぇ……。安倍晴明って、色々とやっているんだな」
「山の管理人までしていたなんてね」
「山というのは、天に通じる場所でとても特別な場所なのよ。人間の生誕以前から、ありとあらゆる生物の悪霊と負の感情が溜まりやすくて、実は定期的に手入れしないと、人間が入れなくなってしまうの。修験者が山で修業するのは、それだけ霊的なものに近くて力を得やすいから。古代、山は人間がそう簡単に入れる場所ではなかった。なぜなら、数億年分の亡くなった生物の悪霊たちが人間を阻んでいたから。安倍晴明は、悪しきダイダラボッチを利用して全国の山に人間が簡単に入れるようにしたというわけ」
「その悪しきダイダラボッチの封印が解けつつあるんだね」
「まさか、私がトップの時に悪しきダイダラボッチの封印が解けそうになるとは……。一族からの通報を受けた時には心臓が止まりそうになった。悪しきダイダラボッチは封印されていても、千年間以上、山に関わる多くの負の感情、ありとあらゆる生物の悪霊を吸収し続けている。もし封印が解けてしまえば……」
「○○○○姫の、シシ神様の首がない状態に似たものがこの世に出てしまうのかな?」
前に、テレビのロードショーで見たやつだな。
「まあ、そんな感じですかね。数億年分の呪いみたいなものなので、いくら広瀬さんでも除霊できるかどうか……。再封印した方が安全でしょうね」
「でも柊さん、もし封印できない状態だったら?」
「そうなっていないことを祈りつつ、現地に向かいましょう」
安倍一族の負債をすべて背負わなければいけない柊執行部長も、色々と大変だな。
そうでなくても、安倍文子と清次を追放して安倍一族が再びザワついているというのに。
ただ、そのおかげで涼子への干渉がなくなったので、悪しきダイダラボッチの再封印は手伝わないと。
問題は、悪しきダイダラボッチとやらがどの程度厄介な人工霊団かによって、俺たちの打てる手が変わることだな。
「厄介な悪霊たちを、あえて一つに纏めてしまうのは悪い手ではないのか」
「裕ちゃん、各個撃破した方がよくないかな?」
「それをしたら、いくら時間があっても足りないほど悪霊が多かったんだろうな」
俺に言わせると、安倍晴明の手法はだいぶ雑だが、日本全国の山に人間が入りやすくなるという目的はちゃんと達成している。
将来のことをまったく考えていないように思えるが、封印後も徐々に悪霊を吸収して巨大化する悪しきダイダラボッチの対処は、はるか未来の子孫たちに丸投げすればいいので、安倍晴明自身の評価は落ちないという考え方もできた。
「実は安倍晴明って、結構いい性格してるんだな」
「無責任だよね」
「私もそう思うわ」
柊執行部長には悪いけど、そういう評価が出ても仕方がないよな。
「ですね。安倍一族には、偉大な祖先を神の如く崇拝している人たちも多いので、身内にはあまり言えませんけどね」
これまでに安倍一族の様々な不始末に関わってきたせいか、柊執行部長は安倍晴明を神聖視していないみたいだな。
「やり手なのでしょうが、欠点も多かった人物だと思いますよ。そして人間は、過去の歴史を過大評価する生き物ですから」
その証拠に、今も安倍晴明は大人気だからな。
彼のステマ戦術は実に上手くいったわけだ。
「もうそろそろ最寄り駅に到着ですね。そこからまた大分タクシーで移動しないといけないのですが」
新幹線は予定どおり、悪しきダイダラボッチが封印された富士山麓富士の樹海に一番近い駅に到着し、そこからタクシーを拾って現場へと向かった。
果たして、悪しきダイダラボッチとはどのような悪霊なのであろうか。
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