第159話 安倍文子

「裕ちゃん、影五稜郭って本当にお城がないんだね」


「なんでも、落城してからすぐに建造物を破却して、堀も埋めてしまったんだってさ。で、その後に悪霊たちが出るようになってしまったと」


「すでに室町幕府は滅び、江戸幕府も滅んだ。諸行無常じゃの。愛実もそう思わぬか?」


「沙羅さんがその発言をすると説得力がありますね。でも、悪霊が立て籠もるお城に攻め込むよりはいいと思いますよ」


「そうですね。城攻めは大変ですから」


「忍者って、攻城戦に詳しいんだ。でもお城がないと寂しいわね。残っていたらそこでコンサートしてもよかったんだけど。お城でコンサートって、趣があっていいわね」


「攻城戦については、先祖が残した本の受け売りってやつですね。でも、無人の野原に数百体の悪霊たちが集まっていると不気味ですね」


「全部除霊すれば終わりよ」


「涼子さん、言うは易し行うは難しですよ」


「そうかしら? 油断しなければ大丈夫だと思うけど」




 すでに、影五稜郭の痕跡はなにも残っていなかった。

 堀も埋められてしまったそうで、無人の平野に数百体の幕府軍洋装装備をした悪霊たち数百名が一ヶ所に集まり、蠢いているのは不気味だ。

 お城の設備がないので攻め入るのは簡単だが、 厄介な上級悪霊が数百体なのだ。

 下手な除霊師が手を出すと、すぐに彼らの仲間入りとなってしまう。

 実際、今日案内役を務めている、日本除霊師協会函館支部の若い男性職員は震えていた。

 彼にはC級レベルの霊力しかないので、もし悪霊たちに襲われたらひとたまりもないからだ。

 ただ、影五稜郭の悪霊たちは土地に縛られている地縛霊なので、近づかなければ呪い殺されることはない。

 彼も、それはわかっているはずなんだけど……。


「じゃあ、みんなで囲んで一斉に」


「わかったよ、裕ちゃん」


「それが早いわね。裕君、せめて帰りにお土産くらい買って帰りたいよね」


「裕、北海道といえば海の幸よ!」


「鮭、カニ、ホタテ、ウニ、ボタンエビ、イカ……師匠、なにをお土産に買って帰りましょうか? 今から楽しみです」


「戸高市に帰ったら、海の幸パーティーもいいわね。 生臭にも『白い恋人』くらい買って帰ろうかしら」


「はるか北方の地は、この数百年で大分発展したようじゃな。しかも、鉄の巨鳥ですぐに行けるというのだから」


「鉄の巨鳥? 飛行機ですね。広瀬君、帰りに市場に寄りましょうね」


「……この人たち、どうしてこんなに余裕なんだ?」


  案内役の男性職員氏が首を傾げているが、それは大幅にレベルが上がったからだ。

 そしてまた俺たちは、経験値を得てレベルアップしていく。


「カングンカ?」


「エエィ! コノカゲゴリョウカクハワタサンゾ!」


「バクフバンザイ!」


「裕ちゃん、もう江戸幕府が滅んでいるのに物悲しいね」


「悪霊に説明してあげても理解できないからな」


 説得で成仏する悪霊なんて……極まれにいるが、本当に稀だ。

 大半は強引に祓うわけだが、その極まれな例を殊更強調して、『悪霊を強引に祓うなんて野蛮だし、悪霊には悪霊の言い分がある! 話し合いで解決すべき!』だと言う人たちが一定数いた。

 まあそういう人の大半は、除霊師としては未熟だったり、せいぜい霊が見えるくらいの人だったりする。

 『除霊は命がけなので、そんな甘っちょろいことは言っていられない。そこまで言うのなら、自分が悪霊を説得してみろ!』と言われるんだけど、彼らは自身では絶対にそれをしない。

 なぜなら彼らは、悪霊と話し合うよう、優れた除霊師に意見する自分という人間の素晴らしさに酔っているわけで、そんな危険なことを死んでもやりたくないからだ。

 たまに、本当にそう思って悪霊を説得しに行き、呪い殺され、悪霊化してしまう迷惑な人もいるけどな。


「スグレタジョレイシハシネ!」


「ジョレイシハテキ!」


「あれ? 除霊師の悪霊も混じってるな」


 数名かと思ったら、よく見ると数十名か……。

 旧幕府軍の兵士たちではなく、除霊師の悪霊も混じっていた。

 どうやら除霊に失敗して悪霊たちに呪い殺され、ミイラ取りがミイラになってしまったようだ。

 影五稜郭の除霊を試みたので、彼らは明治、大正、昭和の除霊師であろうか?

 除霊師って、基本的にどの時代の人もそれほど格好が変わるわけではないので、案外最近の人もいるのかも。


「全部除霊するから問題ないか。囲んで外側から除霊ね」


「「「「「「「了解!」」」」」」」


 そんなわけで、俺と久美子たちによる除霊が始まった。

 派手なイケメン五人組の除霊とは違って、静かな除霊であるが。


「やあ!」


 油断はしないが、それほど注意すべき点もないので、分散した久美子は次々とお札を投げつけ。


「とう!」


 涼子は、髪穴を振るい。


「私も除霊に慣れてきたわね」

 

 里奈も、歌いながらお札を次々と投げつける。

 彼女の歌で、悪霊たちはその動きが大分鈍っていた。

 悪霊を弱らせる歌や踊りができる里奈は、その能力が知られたら、他の除霊師たちから引く手数多だろうな。


「里奈さん、ナイスアシストです!」


「動きが鈍ると命中しやすいわね」


 千代子はクナイの乱れ撃ちで、桜は矢を次々と放っていく。

 その狙いは正確で、悪霊の数は恐ろしい勢いで減っていた。


「ナッ、ナンダ! コイツラハ!」


「夫君、あれが悪霊たちを束ねている存在のようじゃの」


「ええと……。誰だっけ?」


「古川刑部ですね。旗本でしたが、領地と家族を捨てて函館政府に参加したんです」


 若い職員が、霊団を指揮している悪霊を教えてくれた。

 俺たちが優勢なので、大分落ち着いてくれたようだ。

 一応除霊師なので、表面上だけでもビビらないでほしいのだけど。


「クソッ! オレハニゲルゾ!」


 悪霊たちの霊団であるが、その団結力は絶対のものではない。

 悪霊も元は人間。

 不利になれば影五稜郭のあった場所から逃げ出し、浮遊霊になろうとするケースもある。

 今も、一体の悪霊が逃げ出そうとしたのだけど……。


「逃がすと思うたか? 他で悪さをされると面倒なのでな。あの世へ逝くがいい」


「クソォーーー!」


 その動きを沙羅に察知され、哀れここから逃げ出そうとした悪霊は、沙羅の薙刀で真っ二つにされ、除霊されてしまった。


「愛実、大分慣れたようじゃの」


「はい、扇を二つ使えるようになりました」


 愛実は両手に二つの扇を持ち、それをブーメランのように飛ばして次々と悪霊たちを除霊していく。

 霊器とはいえ、投擲した扇で上級の悪霊を薙ぎ払える愛実は、やはりパラディンの資質ありなのであろう。


「さて、あとはこの土地に霊水を撒いて、他の悪霊たちが居つかないようにしないと……」


「もうこの地に封印は必要ないんですね?」


「封印する悪霊がいないからさ」


 封印ってのは、除霊できない厄介な悪霊の動きを封じるためにあるのであって、悪霊がいない場所に封印など必要ないからだ。

 あとは、この土地に霊水を撒いて綺麗にすれば終わりだ。


「ああ、腹減ったな。せっかく北海道に来たんだから、海鮮丼が食べたい。そのくらいなら経費で落としても問題ないだろう」


 北海道で宿泊できない以上、一秒でも早く仕事を終えて函館の市場にでも行きたいものだ。

 海の幸が俺たちを待っている。


「じゃあ、終わらせるかな」


「コノヤロウ! セッシャヲムシシヤガッテ!」


 一体だけ残った古川刑部の悪霊が怒っているが、取り巻きを失った霊団のトップなんて空しいものだ。

 一人激高しているが、俺たちは彼をわざと無視しているのだ。

 なぜなら……。


「ブシノイジヲミヨ!」


「知らねえよ。俺は武士じゃないんだからさぁ」


 激高した古川刑部の悪霊が襲いかかってくるが、俺は素早くヤクモを抜いて袈裟斬りにした。

 自分で近づくよりも、怒らせて攻撃させた方が楽だからだ。

 逃走を防げるしな。


「上級の上ではあるのか。そんなに強くないな」


「クソッ……。ジョレイシナド……ダジャク……」


「これまでの除霊師はそうだったんだろうが、今回は相手が悪かったな」


 ヤクモに斬られて、この世に存在し続けられる悪霊などいない。

 徐々にその姿が薄くなっていくのを見ながら、そのまま古川刑部の足元にヤクモを突き入れた。


「ナッ! ナゼワカッタ?」


「数百体の霊団を率いているにしては、古川刑部は軽かったから」


 古川刑部の悪霊は上級の上で、この世界基準でいえばかなり厄介な悪霊だ。

 彼が霊団のトップであってもなんら不自然ではないし、日本除霊師協会函館支部も、影五稜郭の跡地を占拠する霊団を率いているのは古川刑部だと思っていた。

 だが、その足元には……。


「上手に古川刑部の悪霊の足元に潜み、古川刑部を通じて霊団を操っていたんだな。誰かは知らないけど」


「エエイ! カングンノシキカンデアル、ナガサワジンエモンヲシラヌトハ!」


「長澤甚右衛門……あっ!」


「職員さん、知っているんですか?」


「ええ、相川さん。官軍がこの影五稜郭を攻め落とした時に討ち死にした、官軍の指揮官だそうで」


 影五稜郭を攻め落とす時に戦死してしまい、悪霊化したのか。


「官軍と旧幕府軍なのに、悪霊になったら仲良しなんだ」


「久美子、仲良しというよりも、 単純なパワーゲームの結果だから」


 残念ながら、旧幕府軍と官軍が仲良くなったわけではない。

 古川刑部の悪霊よりも、長澤甚右衛門の悪霊の方が強かっただけだ。

 古川刑部の悪霊の影に隠れて霊団を操っているから、同時に狡猾ではあるのだけど。


「官軍の指揮官として功績を挙げて明治政府で重職に就く予定が、無念の討死にをしてしまったんだ。その恨みはかなり強かったんだろうな」


「悪霊化した理由が、ちょっとセコイよね」


「人間なんて、そんなに上等にできてないからなぁ」


 とにかく、これで無事に影五稜郭の跡地から悪霊は消えた。

 封印も必要なく、この土地を利用できるはず……なんだけど……。


「函館市によりますと、今のところこの土地の利用計画はないそうです」


「だよねぇ……」


 厄介な悪霊たちが封印されている土地だけど、ここを大金をかけて除霊してソロバンが合うのかと問われると……。

 今回は、封印が解けると悪霊たちが函館市に向かう危険があったので、急遽俺たちに除霊依頼がきただけなのだから。

 ただ、逃げて浮遊霊化しようとした一体を除くと、ここの悪霊たちは影五稜郭があった土地に未練が強く、もし封印が解けても、ここに近寄らなければ問題なかったと思う。

 この先はわからないけど。


「みなさん、本当にありがとうございました。報酬は国と函館市が竜神会の口座に振り込みますので」


「わかりました。お疲れ様です。急ぎ、帰りの飛行機が出るまでに、北海道土産を買い漁るんだ。グルメも!」


「せめて一泊したかったなぁ」


「久美子、その分は飯とお土産を充実させるんだ!」


「そうだよね。まずは……イクラ丼、ウニ丼ね!」


「裕君、お土産のカニも忘れないようにしないと」


「裕、北海道はスイーツも有名だから忘れないようにね」


「どこにしましょうか? あっ、師匠。活きイカを食べさせてくれるお店もあるみたいですよ」


「ジンギスカン……。これは買って帰るしかないわね。あーーーあ、生臭も気を使って一泊させてくれればよかったのに」


「どうせ次の仕事があるのであろう。死霊王デスリンガーのせいで封印が緩んだ場所は多そうだからの」


「広瀬君、チーズオムレットを買って帰りましょう」


「では、俺たちはこれで!」


「あっはい、 お疲れ様でした(綺麗な女の子たちに囲まれていいなぁ……)」


「 えっ? なにか?」


「ああ、いえ。是非函館の街を堪能して行ってください」


 案内役であった日本除霊師協会函館支部の職員と別れ、俺たちは飛行機の時間まで北海道グルメを堪能し、大量のお土産を購入して、短い北海道観光を楽しんだのであった。

 次は、ちゃんとした北海道旅行を楽しみたいものだ。





「賀茂君たちが戻ってきたわね」


「『名古屋悪霊ビル群』っていう有名な悪霊の巣を除霊したんだって」


「五人は、入学前から超一流の除霊師として活動していたって聞いたわ。凄いわね。将来は日本のみならず、世界でもトップクラスの除霊師と称されるようになるだろうって」


「賀茂家、倉橋家、土御門家崇、綾小路家、橘家。千年以上も前から有名な除霊師一族だって聞いたわ」


「はあ……。私たちも頑張って、俊様と……」


「恭也様ぁ……」


「史崇様って知的そうで素敵。将来、土御門夫人とか言われてみたいわねぇ」


「他の家もそうだけど、綾小路家って旧華族でもあるものね。セレブの仲間入り……いいわね」


「こんな時でも、ストイックな一刀様。そのお傍でお世話したいわぁ」


「「「「「……」」」」」



 名古屋悪霊ビル群の除霊を終えた私たちは、翌日、同級生のみならず、校内の女子たちの熱い視線を一身に浴びていた。

 私も他の四人も、実は数年前からこういう扱いに慣れている。

 この業界にでもいなければ、五家が有名な除霊師一族であると知っている人は少ない。

 だが、同時に五家は旧華族で、 戦後華族制度が廃止されてからも、セレブでお金持ちだと世間からは認識されている。

 今の世の中がどんなに変ろうとも、私たちのような存在が女性から王子様のような扱いを受け、黄色い歓声を浴びたり、好意を向けられることに変わりはなかった。


「賀茂、そういえば広瀬たちは除霊に成功したのか?」


「ああ、八人で影五稜郭の跡地を囲んであっという間だったそうだ」


 すでに義父から得ていた情報を、倉橋に教えた。

 しかし、彼も傍流ながら安倍一族の人間。

 知らないはずはないと思うが……。


「評判どおりの凄腕だな。おかげで、こちらは鬱陶しいといったらねえ」


「なにかあったのか?」


「ああ、安倍一族のバカたちの中に、『強い安倍一族の復興』を目指している、時代遅れのバカたちがいてな。倉橋一族にも協力しろとうるさいんだ。断ってるのによ。『倉橋一族が、安倍一族の重鎮として復活するチャンスです』だとよ。うちはそういうのが嫌で、安倍一族と距離を置いているって言うのに……。本当、話が通じないバカは困るぜ」


「あれ? 安倍一族は、柊執行部長が現実路線を進めているのでは?」


「一部、バカたちがいるんだ。広瀬裕は傍流ながら安倍一族で、しかも安倍晴明よりも除霊師として優れていることは確実だ。彼を、今は空席の当主に押し上げようとする動きがある。前からあったが、このところまた活発になってきた。連中、広瀬たちが影五稜郭の除霊に成功した情報を掴んで、余計にな」


「無駄なことを……。しかし、そんなバカみたいなことを考えるのは誰なんだ?」


「清水涼子の異母妹弟たちの母親やその一族だ」


「つまり首謀者は、広瀬裕と一緒にいる清水涼子の義母ってことか?」


「あの関係を義理の母娘というのかね? 俺はそうは思わんが……」


 確か清水涼子は、亡くなった前々当主である安倍清明の娘ではあるが、その母親と安倍清明は籍を入れていなかったはず。

 そして彼には、安倍一族の正妻との間にも息子と娘がいて……。

 まあ、両者の関係が良好なわけがないか。


「安倍清明の妻である安倍文子と、その息子清次と水穂。安倍清明の死後、姓を以前の棚倉に戻すように言われているのに、頑なに拒否して、あの岩谷彦摩呂ですら辟易していたとか。霊力もないくせにって思っていたら、死霊王デスリンガーの影響さ」


「霊力が発露したのか」


「ああ。 それも三人ともだ。今のところ大した霊力でもないが、それでも前々当主の妻と子供たちだ。担ぎ出そうと考えているバカたちがいる。安倍一族の当主に広瀬裕をつけ、その妻を安倍水穂にする。さすれば、安倍一族なのに霊力がなくて散々苦渋を舐めた安倍文子は当主の義母となり、我が世の春ってわけさ」


「政略結婚って、いつの時代の話……まあ、私たちはね……」


 別におかしくはないのか。

 そういう古い慣習が残っているのが、私たちのような古い一族なのだから。


「安倍文子としては、それが実現できれば個人的な恨みも晴らせるからな」


「個人的な怨み?」


「女性ってのは怖いものさ。安倍文子は、安倍一族の命令で安倍清明の婚約者になったが、彼は清水涼子の母親と恋愛をして、彼女を身籠った。しかも安倍清明は、どうにか安倍文子との婚約を破棄して、清水涼子の母親と結婚しようとした。まあ、それは長老会の大反対でできなかったんだが……」


 結局安倍清明は、安倍文子と結婚して二人の子供が生まれたが、残念ながら二人の霊力はゼロだった。

 元々安倍文子に霊力がなかったので、そうなる可能性はかなり高かったはず。

 しかし、安倍一族は血筋を優先した。

 確かに安倍文子には霊力がないが、安倍一族でも主流の血を引いている。

 子供は、優れた除霊師になるはずだと。


「安倍文子親子は、さぞや肩身が狭かっただろうな」


「しかも、除霊師とはまるで縁がない女性から生まれた清水涼子が、安倍一族期待の若手となった。安倍文子は、彼女を殺したいと思うほど憎んでいるよ。安倍清明が死んだあと、その遺産をどうするかという話があった。安倍文子は清水涼子が大嫌いだが、世間体は気にしたようでな。遺産の分配を彼女に提案したんだが……」


「断られたのか?」


「いや、清水涼子は成仏する前の安倍清明から、彼が愛用していた『髪穴』を遺産としてすでに受け取っていると。髪穴は霊器で、非常に高価だ。安倍清明が所有していた他の財産が、安倍文子親子に全額いってもバランスが悪いほどに。だが……」


「安倍文子親子が、霊器なんて相続しても意味はないか……」


「それにだ。安倍一族は除霊師なんだ。あの世に旅立つ前の安倍清明が、清水涼子ならば髪穴を必ず使いこなせると確信して、それを託した。それを、当時は霊力もない安倍文子が奪ったら、安倍一族から総スカンだ」


「もしかして、安倍文子が姓を元に戻さないのって……」


「その件での、長老会に対する嫌がらせでもある。 そんなわけで、除霊業界の裏事情が手に入りやすい安倍一族に、広瀬裕と清水涼子が影五稜郭の除霊に成功したなんて情報が入ってみろ」


「まあ、荒れるよな」


 特に、安倍文子が。


「それに、髪穴が清水涼子に相続された当時は、安倍文子親子に霊力はなかった。だが、今はある。ならば髪穴は、安倍文子親子が相続するのが筋ではないかという話になっているんだ。ただの嫌がらせでしかないので、清水涼子もとんだとばっちりだがな。そして、俺たち倉橋一族は思った。絶対に、もう二度と安倍一族とは関わらんと」


 倉橋の話を聞いた他の三人も、顔をゲッソリとさせている。

 正直なところ、私たちの実家のように歴史が長い家ではよくある話ではあるが、実際に話を聞かされると気分がよくなくて当たり前というか。


「今の安倍文子のエネルギー源が、清水涼子への敵意ってのが凄いな」


「女性って怖い、というか、俺たちにキャーキャー声援を送って、あわよくば玉の輿を……なんて思ってる女子たちは能天気だよなぁ。なにも知らないってのは怖いものだ。なあ、すでに婚約者がいる賀茂よ」


「私は、婚約者とは良好な関係にあるぞ」


 彼女はまだ小学生なので、 親戚の優しいお兄さんレベルには慕われている。

 しかしながら、私たちがこの現代社会で結婚について話すと、色々と世間とのギャップが大きいからモヤモヤするな。


「安倍文子親子が、清水涼子に対抗ねぇ……。除霊師としての実力ではお話にならないぐらいの差があるからな」


「霊力が具現化したから、自信があるんだろうな。実力差が理解できない程度の霊力でも」


 そんな話をしていたら、教室に同じく公休で除霊をした広瀬裕たちが入ってきた。

清水涼子も一緒だが、彼女はこれからちょっと大変かもしれない。

 彼らは、クラスメイトたちに声をかけられていた。


「広瀬君たちも除霊だったんだよね?」


「まあね、ちょっと北海道に」


「へえ、そうなんだ」


 広瀬裕に除霊について聞いた女子は、彼らは私たちとは違って大した実力がないので、北海道にまわされたのだと思っているようだ。

 義父や日本除霊師協会の目論みどおりだが、同時に『これだから素人は!』とも思ってしまう。

 私たちなんかよりも、広瀬裕たちの方が圧倒的に成果を出しているのに、素人は影五稜郭なんて知らないから……。


「でも、私たちももう少し頑張れば、広瀬君たちがやったレベルの除霊くらいならイケそうだよね」


「そうだね」


「「「「「……」」」」」


 なんて能天気に話すクラスの女子たちの話を聞いて、私たちは思った。

 『これは先が思いやられるなぁ……』と。

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