第157話 陽と陰
「賀茂、倉橋、土御門、綾小路、橘。校長が呼んでいるから、校長室に行ってくれ。午後は公休扱いだそうだ」
「わかりました」
「早速、出番だな」
「除霊のご指名ですか……。勉強があるので、放課後にして欲しかったですね」
「しばらく戸高市に性質の悪い悪霊は出ないって聞くから、遠方に除霊しに行かなきゃならないんだろうね。指名されたから頑張るけど」
「了解した」
賀茂俊、倉橋恭也、土御門史崇、綾小路晶、橘一刀のイケメン五名は、午前の授業が終わると、中村先生から校長室に向かうようにと言われた。
彼らは現役高校生ながら、その霊力は超一流の域にあり、すでに現役除霊師としても活躍している。
なので、こうして定期的に指名依頼があるわけだ。
除霊師学校は、除霊時の公休が認められやすい。
一応文部科学省から全国の公立、私立すべての高校、高等専門学校に向け、生徒が除霊を行う際には公休を認めるようにという極秘通達を出している。
ところが、霊を信じない教師の中には、この通達を無視する人たちも一定数いた。
霊を信じていない教師からすれば、除霊で公休が取れるなんておかしいと思ってしまうからだ。
『存在しない霊を除霊するなんて理由で、公休が取れるなんてあり得ない!』と、生徒の除霊公休を頑として認めない教師は一定数いた。
除霊師学校でそんな教師は存在できないので、一人も存在しないけど。
「さすがよね、俊様は。入学前から、超一流の除霊師なんですもの」
「恭也様、頑張ってぇーーー!」
「私も、史崇様と除霊したいなぁ」
「晶様、無理しないでね」
「一刀様の除霊姿、格好いいんだろうなぁ……」
そして、教室から出ていく彼らに黄色い声援を送る女子生徒たち。
イケメンって、ただ喋ったり動くだけでモテるんだなって、一つ勉強になったよ。
「みんなは午後から、除霊の講習と実技を受けるように。私には除霊師としての才能はないが、みんなはある。頑張れば、賀茂たちと一緒に除霊できるかもしれないな」
「頑張ります! 俊様と除霊……いいわぁ……」
「恭也様と除霊 ……。いいかも」
「史崇様と一緒に除霊できるように頑張るのよ!」
「晶様をお守りしたい」
「私も、一刀様と同じように剣術を覚えようかしら?」
「……」
「(裕ちゃん、みんな大丈夫かな?)」
「(わからん)」
ただ、動機が不純だからといって、彼女たちが一流の除霊師になれないと決まっているわけではない。
どんなことでもそうだが、やる気があっても駄目な人もいれば、それほどやる気がなくても上達する人もいるからだ。
「(結局は才能が大きく左右するし、実際に除霊を始めれば、浮ついた感情なんてなくなるのが普通だ。油断して命を落としてしまう危険もあるが、油断しなくても命を落としてしまう除霊師は多いから)」
「(まあ、なるようにしかならないわね。岩谷彦摩呂も除霊に関しては、とても真面目ではあったわ)」
涼子の言うとおりだ。
可哀想だが、将来このクラスの中で除霊中に死ぬ人は必ず出る。
そういう業界だし、それに気がつけばすぐに落ち着くだろう。
「(しかし師匠。どうして師匠が指名されないのですか?)」
「(あの五人がどんな悪霊を相手にするのか知らないけど、きっとそれ以上の悪霊の除霊を押し付けられるような気がする)」
「(ありそうですね)」
俺が千代子に自分の予想を語るが、本当に放課後になると、そっと中村先生から声をかけられた。
「広瀬たち。『第四会議室』に入ってくれ」
「第四って……」
いかにもな号数の会議室だし、普通四って縁起が悪いからつけなかったりするんだけど、ここは除霊師学校だから気にしないのかも。
縁起なんて曖昧なものではなく、悪霊という災厄そのものを退治する技能を身につける場所だから、そんなことを気にしても仕方がないからであろう。
「よう、裕」
「菅木の爺さんじゃないか。ということは依頼か? しかし、俺たちはしばらく戸高市から動けないのでは?」
「五芒星の聖域が完成し、戸高市は安定した。少しくらい裕が戸高市から離れても大丈夫だと竜神様たちと銀狐も言っておる。死霊王デスリンガーが除霊された影響で、日本全国の悪霊の分布にかなりのムラができたと同時に、実は国内の封印地の封印が弱りつつあってな。再封印か……裕たちなら除霊できるであろう?」
「多分」
「つまり、俺たちも公休扱いで除霊出張の旅ってわけだな」
「頼むぞ」
「それはいいけど、イケメンたちとは違って、放課後にこっそりと頼むんだな」
イケメンたちは、クラスメイトたち(ほぼ全員女子)の声援を受けながら除霊に向かったけど、俺たちはこっそりと呼び出された。
見事なまでの扱いの差である。
「そうは言うが、裕は本当にミーハーな女子生徒たちにチヤホヤされたいのか?」
「実は全然」
なんだろう。
憧れはあるけど、実体験はしたくないというか……。
正直なところ、五人のイケメンたちに黄色い歓声を送っているクラスメイトたちって久美子たちと比べると……まあこれ以上言うと、今の世相的によくないのかもしれないけど……。
それに今の俺は、見習い除霊師のくせにイケメン五人を見て目にハートを浮かべている女子の相手なんてしたくなかった。
そのうち正気になって、ちゃんとした除霊師になってくれたらいいと思うけど、特に光るような才能があるわけでもなし、俺が手を貸すつもりはない。
依頼でもあれば別だけど。
「桜や愛実みたいな、真剣さがないよな」
「私は、生臭から悪霊の危険さを直接教わっていたから」
「私も、油断するとすぐに殺されてしまうと沙羅さんから教わったので。みんな、結構のん気ですよね」
除霊師になる前に死ぬと困るので、悪霊を寄せ付けないペンダントを急ぎ配ったせいかもしれないな。
人間って危機感がないと、あんなものかもしれない。
「とにかく、除霊師学校なんて大半がこれから除霊を学ぶど素人なのだ。裕の実績なんて知らんし、教えても面倒くさくなるだけだから教えないさ。イケメンサラブレッド五名がいい神輿になってくれるだろう」
「そういう意図なのか」
あのイケメン五名は、わかりやすい成績優秀者にして、女子生徒たちの憧れの的というわけか。
そうやって俺たちの存在を隠しつつ、霊器の修理や、死霊王デスリンガーに関する事件を外国の除霊関係者に隠し続けるのは難しいから……。
「あの五名は、現役除霊師の中でもトップクラスの実力を持っているからな。誤った情報で誘導すれば、外国の除霊師関係者たちが勘違いしてくれるかもしれない。外国人でも見目で騙されるなんてよくあるのでな」
菅木の爺さんも悪い人だな。
除霊師学校における人気ナンバーワンにして、有名な除霊師一族の期待の若手、すでに一人前の除霊師としても活動している五人こそが、死霊王デスリンンガーを除霊したのではないかと誤解させるつもりか。
「当然、外国の除霊関係者に問われれば、違うと断言する。だが、彼らが素直にそれを信じるかな?」
イケメン五人は、今日も指名依頼を受けて午後から除霊に向かった。
ますます外国の除霊関係者は勘違いをするわけか。
「実際すでに、彼らは現役除霊師の中でもトップクラスなのでな」
五人でやって、いいお札と霊器があれば、上級の悪霊にも対抗できるくらいの実力はあるからな。
除霊を繰り返して、強くなってもいるのだから。
「でも不思議ですね。以前から彼らは期待の若手という扱いでしたが、実力は岩谷彦摩呂とそう違わなかったはずです」
「あの五人。ああ見えて、なかなかに真面目らしい。悪霊を除霊すればするほど霊力が上がると知った途端、依頼を受けていない悪霊も除霊しまくっていたそうだ」
お金にならないのに、除霊できそうな悪霊を手当たり次第に除霊して力をつけたのか。
確認はできないが、レベルアップできれば霊力が上がると理解したのであろう。
RPG感覚ではあるが、 少なくとも岩谷彦摩呂よりもマシな連中だということは理解できた。
「午後から県外に除霊に出かけたあの五人が、明日、校内の生徒たちに称賛され、さらにモテモテになるわけね」
「そういうことだ。ちょうどいいことに、家柄もよくて、金持ちで、顔もいいのでな。いいカモフラージュになるだろう」
「カモフラージュねぇ……」
菅木の爺さんの策に、涼子が『悪い人だなぁ』といった表情を浮かべていた。
確かに、ただ大勢の女子たちにチヤホヤされても面倒なだけだからな。
それに、クラスメイトの女子たちにチヤホヤされなくても、久美子たちが常に近くにいるわけで。
ぶっちゃけ、全員美少女だし。
「イケメンも大変なのな」
「ワシもイケメンではないから経験はないが、案外本人たちは辟易してるかもしれないな。だが、卒業まではその役割を演じていただこう。彼らの実家も、悪い気分ではないだろう」
知名度の向上には繋がるから、彼らの実家もやめてくれとは言わないはずだ。
おかげで俺は、静かに学校生活を送れるというわけか。
「では、早速最初の依頼だが、『影五稜郭』の封印が解かれようとしておる。そこに封印された旧幕府軍の悪霊たちを除霊してほしい」
「五稜郭って北海道にあって、今は観光地になっているところだよな?」
「実は、五稜郭は二つ存在していたのだ。だが……」
菅木の爺さんの話によると、実は五稜郭というか同型の城郭が二つ存在していたらしい。
「影五稜郭は俗称だ。榎本武揚たちが五稜郭で降伏したあとも、旧幕府軍の最強硬派が影五稜郭に籠城し、いくら新政府軍が説得しても降伏せず、ついには一兵残らず討ち死にするか自害した。新政府としても、いつまでも国内に反乱分子を抱え込んでいては外国に付け入られるので、影五稜郭を強引に攻め落とすしかなかったのだ。だが、影五稜郭で亡くなった旧幕府軍兵士たちの恨みは強く……」
その後、影五稜郭は破却されることとなり、堀は埋められ、建物は取り壊されたが、そのあとに戦死者たちの悪霊が大量に出現。
明治政府が除霊師たちに依頼して除霊を試みるも、かなりの犠牲者を出してしまい、建物があった場所に悪霊たちは封印された。
「当時の除霊師たちでも手に負えなかったのか……」
「これまでは、特にトラブルもなく封印できていたんだが、死霊王デスリンガーが除霊された時の霊的衝撃波の影響で、封印内の悪霊たちが活発化している。影五稜郭は、最優先除霊対象じゃが……」
「あの五人では無理そうだな」
「彼らは、名古屋で悪霊の除霊をしておるよ。まあ、そこそこ厄介な悪霊だ」
五人が上手く除霊できると、除霊師学校の生徒たちの称賛を浴びるわけか。
「イケメンたちが陽で、俺たちは陰ってことだな」
「すまんが、裕たちの存在が外国に知られるのを一日でも遅くしたい。霊器の件で、裕たちに対する探りが酷くなった。情報防衛も大変なのだ。なにしろ、日本人が苦手な分野なのでな」
「随分と、ワールドクラスの話だな」
「外国の除霊事情は、日本よりも切迫している。だから、最悪裕たちを引き抜こうとするだろう。たとえば、裕に外国の美少女除霊師たちが多数接近してきたり……」
「外国のねぇ……」
なるほど。
たとえば俺に金髪巨乳美少女除霊師が接近してきて、急速に仲良くなって結婚、俺は外国に移住……。
ハニートラップか。
「菅木の爺さんが、若い頃に引っかかってそう」
「んなわけあるか! まともな政治家なら注意するのでな。当然与党にも野党にも引っかかる奴はいるが……。裕は若いので、引っかかるかもしれないから要注意なのだ」
「広瀬君は、そんなものに引っかかりません! ここに金髪ならいますから!」
そう言いながら、俺と腕を組む愛実。
ほどよい大きさの胸の感触が……いいですね。
「久美子、涼子、里奈、桜、千代子、愛実、そして妾。この七人を潜り抜けて、夫君を落とせる女性か。いれば大したものじゃな。あくまでもいればじゃ」
続けてそう言いながら、俺と腕を組んでくる沙羅。
愛実よりも、沙羅の方が胸が大きいな……。
室町時代にも巨乳がいました……なんて感心している場合ではない。
「つまり、裕ちゃんを一人で除霊させると、現地の女性除霊師といい仲になったりしちゃうかもしれないから、私たちもですね?」
「どうせ、全国でも厄介な案件しか回さないのでな。影五稜郭など、まだ封印されて百年と少し。日本には、数千年も封印されたままの悪霊など珍しくもない。それらすべての封印が解けつつある以上、対応できるのは裕たちのみというわけだ」
「それなりに厄介で、除霊すると業界人に目立つような案件は、例の五人に任せるんですね。師匠の強さが知られにくいように」
「そういうことだな。名はないが、実は十分に得られるぞ。なにしろ、どの案件も多額の報奨金がついているのでな。再封印でも一件五十億。完全に除霊したら百億超えの案件ばかりだ」
「今さら金なんてどうでもいいけど」
俺がちゃんと依頼料を貰うのは、無料で厄介な除霊をしてしまうと、調子に乗って無料で除霊してくれと依頼が殺到するからだ。
別の除霊師でも除霊できる案件でも、『お金を払うのもったいない』という理由で俺に頼んでくる人が出てくるだろうから、仕方なしといった感じだな。
悪霊のせいで困っている人、全員が善人だなんて幻想は持たない方がいい。
善意から手を差し伸べようとした人に、平気でさらなる要求を突きつける人が存在するのだから。
「それはそうとして、北海道観光はできるのだろうか?」
「無理じゃな」
「即答かよ!」
「すまんが、除霊したらすぐにトンボ帰りじゃな。 観光をしている時間はない。学生は学業が最優先。旅行なら修学旅行で行くがいい」
「残念」
というわけで、俺たちは中部国際空港まで電車で移動し、そのまま函館空港から影五稜郭なる心霊スポットがある函館の郊外へと向かうのであった。
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