第155話 悪霊とイケメン
「本当に、生徒が沢山集まっているじゃないか」
「私たちと同じく高校生っぽい人たちと、年上で専門学校に通うっぽい人たち。中学生と小学生、それ以下の子たちはいないみたいね」
「普段は、裕君と私たちが沢山作ったペンダントを着けて日常生活を過ごし、希望者のみに放課後教育を行うみたい。日本除霊師協会のルールで、義務教育が終わって高校生にならないと、依頼を受けて除霊をしてはいけない決まりがあるから、現時点で実践的な教育を受けてもってことね。親御さんから離れて戸高市に引っ越すにも色々とハードルがあるでしょうから。主な教育の内容も、悪霊の害を受けないように守る技術が主だと聞いたわ」
「でも、清水さんは小学生の頃から除霊をしていたって……」
「『安倍一族』他、有名な除霊師一族や、除霊師の親が子供に英才教育を施したい場合、抜け道というか、例外もあるってことね。でも、突然霊力に目覚めた、親兄弟に除霊師がいない子供たちは、まずは悪霊に襲われずに中学校まで卒業してほしい。正直なところ、突然霊力に目覚めた人たちが大量に増えたせいで、フォローにも限界があるのよ」
「うちの生臭も大忙しみたいね。この除霊師学校の教師や職員を集めるのも大変だったみたい」
「確かに、思った以上の生徒数だったという」
九月一日。
俺たちは、開校したばかりの除霊師学校の校門前に立っていた。
全国から多くの除霊師とその卵たちが集まり、校門前は人出で溢れかえっている。
たまたま運良く、まったく使用されていなかった校舎があってよかったというか……。
そりゃあ、生徒も集められないのに、これだけの大規模な校舎を税金で作れば、元市長も次の選挙で負けてしまうわけだ。
「広瀬君、中に入らないんですか?」
「俺、混んでるの苦手だから……」
入学式までまだ時間はあるし、なにより早速一つ気になっていたことがあった。
「気になるですか?」
「千代子は鋭いから、気がつくと思ったけど……」
「いやあ、生憎となにも感じないですね」
「夫君、『災い来たる』じゃの」
「さすがは『予言』持ちだ」
「どうして夫君が、もうすぐこの地に現れるであろう、悪霊に気がついていることの方が不思議だがの」
「俺のは予言じゃなくて、 レベルアップの影響で探知能力が上がっただけだからさ」
「今は、普通の除霊師ではまず探知できぬほど遠方におるから、妾の『予知』が発動したのじゃが……。 恐ろしい速度でここに迫りつつあるが……」
「裕、悪霊って、しばらく戸高市に来ないんじゃないの?」
「極一部の例外ってやつさ」
死霊王デスリンガーの除霊成功と、五芒星の聖域の復活。
この影響で、戸高市にはしばらく強い悪霊がやってこないはずなんだが、さすがにこの『戸高技能高校』の校舎を作らせた元市長は無視できないだろう。
「ええっ! この校舎を作らせた元市長って、悪霊化していたんだ」
「菅木の爺さんによると、税金の無駄遣いを糾弾されて選挙に落ちたあと、強い恨みを感じながら余生を過ごしたらしい」
そんな彼が拘りを持っていた巨大校舎が、『戸高技能高校』ではなく、『除霊師学校』として開校することとなり、 心穏やかではいられなかったんだろうな。
悪霊の思考は停滞するから、『本当なら使い道がなく、このまま廃墟となるはずった建物を有効活用してくれてありがとう!』なんて絶対に思わない。
『戸高技能高校ではなく、除霊師学校になんてしやがって! 殺す!』と考えるのが悪霊という存在なのだから。
「ちゃんと有効利用されているから、それでいいような気もするけど……」
「それはさ、久美子」
元市長が市長のうちに、戸高技能高校として開校していればよかっただろうけど、二十年もあとに、それも別の学校として開校してしまったのだ。
『ふざけるな!』という思いがあるはず。
「わがままな悪霊だなぁ」
「俺もそう思うけど、悪霊なんてそんなものだ」
悪霊も様々。
悪霊化した理由がとても理解できる悪霊もいれば、これからここにやってくるであろう、元市長のように理不尽な理由で悪霊化する人も多い。
「莫大な額の税金を使って、需要もないマンモス高校を作ろうとして失敗した無能だぞ。 『除霊師学校の校舎に流用されてよかった』なんて、殊勝な考えは抱かないと思うが……」
「裕君、確かその元市長は選挙に落ちて一期で終わってしまったから、 相当に恨みを感じているはずよ」
「だろうな」
本人は、『このくらいのことで選挙に落としやがって!』とか理不尽な恨みを感じていそうだ。
人間なんて、それほど上等な生き物ではないという証拠だな。
「その悪霊を、師匠が迎え撃つんですね」
「そういうこと」
俺はすぐにスマホを取り出すと、桜の祖父である会長に電話をかけた。
『広瀬君か。どうかしたのかね?』
会長はすぐに電話に出た。
「大島育夫(おおしま いくお)の悪霊が、除霊師高校の入学式をぶち壊そうと、こちらに迫っています』
『なっ! そこまでして、『戸高技能高校』に未練があるのか……。まあ、奴はトカゲの尻尾切りで市長が一期だけしかできず、あとの人生は悲惨だったらしいからの』
「詳しいんだ」
『奴が悪霊化して、除霊師学校に害を成す可能性については考慮しているのでな』
「トカゲの尻尾切りって?」
『地方の首長にはよくある話さ。支持を得ようと、地元の建設業界にいい顔をした結果だ。 さすがにバブル崩壊のあと、地方財政が厳しい時に豪華な市庁舎を建設するわけにいかず、学校ならイケるのではないかと考えたんだが、見事に失敗した。その辺の事情は、菅木議員の方が詳しいだろう』
「なるほどね」
『除霊したら報酬は一億だ。条件は……」
「犠牲者を出さないことか」
『そういうことだ。是非頼むぞ』
「了解」
俺も、高額の報酬で除霊を請け負うことに慣れてきたな。
問題なのは、成人するまで稼いだお金をほとんど使えない点にあるんだが……。
「ううむ、あの方角じゃな」
沙羅が示した方から、徐々に禍々しい空気が流れてきた。
久美子たちもそれに気がついたようだが、他の生徒たちはまだ気がついていない。
みんな、まだ未熟だから仕方がないか。
「裕ちゃん、だから学校の外で待ってたんだね」
「まさか、入学式に乱入させるわけにいかないからな」
とはいえ、大島育夫の悪霊はせいぜい上級の下ってところか。
思っていたよりもかなり弱く、これならそう手間もかからず除霊できるはず。
「そんな風に思えるのは、裕君だけだけど」
「涼子たちでも大丈夫なんだけどなぁ……。おっと、さすがにここまで接近してくれば……」
「なあ、なんか寒気がしないか?」
「まさか、除霊師学校に悪霊?」
大島育夫の悪霊がかなり接近してきたので、才能のある生徒たちの中には、その気配に気がつく者も出てきた。
ただ、まだ除霊は難しいのですぐに俺が……と思ったら、校内より飛び出してきた人たちが、大島育夫の悪霊の前に立ち塞がった。
「除霊師学校の生徒たちか?」
「みたいだね。制服を着ているから」
実は除霊師学校にはまだ制服がなく、 服装は自由だったのだが、 大半の生徒が前に通っていた制服をとりあえず着ていた。
中には、私服の生徒もいたけど。
大島育夫の悪霊の前に立ち塞がったのは男子が五人。
前に通っていた学校の制服らしく、全員が違う制服を着ていた。
そして……。
「あれは、この世の敵! イケメン!」
と同時に、俺はある種のデジャブを感じていた。
五人は、校舎に接近しつつある悪霊の存在に気がついたので、間違いなく除霊師としての才能はあるはずだ。
そして、依頼を受けたわけではないのに、悪霊の前に立ち塞がる男気も持っている。
「岩谷彦摩呂っぽい」
「うわぁ……。それは嫌だね」
正直なところ、ちょっと迷惑な行動だ。
除霊師学校の生徒になったのなら、悪霊の気配を感じても、すぐに駆けつけて悪霊に立ち塞がるなんてことはして欲しくない。
生徒は一部を除いて見習い扱いなので、悪霊への対処は学校側に任せ、まずは自分の身を守るのが最優先だ。
それが将来の成長へと繋がるというか、『除霊師として一人前になる前に死んでくれるな』というのが、日本除霊師協会の本音でもあった。
それはそうだ。
彼らの成長を、世界中が期待しているのだから。
「怨体くらいならいいけど、上級の悪霊に立ち塞がらないでほしい」
「確かに、あの岩谷彦摩呂みたいね」
里奈は、イケメン五人を見てデジャブを感じたようだ。
「こっちが苦労して、全国の霊力に目覚めた人たちに悪霊避けのペンダントを作ったのは、一人前になる前に死なれると困るからだ。それを……」
事前に、日本除霊師協会から注意されているはずなんだが……。
これも 若気の至りというやつか。
「裕君、彼らは例外枠なのよ。全員が有名な除霊師一族の跡取りなの」
「つまり、エリートってことか」
「そうとも言うわね」
高名な除霊師一族に生まれ、幼少の頃から除霊師としての英才教育を受け、涼子みたいに子供の頃から除霊をこなしていたと。
そして、実家がお金持ちなんだろうな。
生まれの良さというか、高貴なオーラも感じる。
「つまり、除霊師のサラブレッドってわけね」
しかも全員がイケメンだ。
「俺の敵だ!」
「もう裕ったら、私はそんなこと気にしたこともないから、安心してよ」
「私もだよ! 裕ちゃん!」
徐々に騒ぎに気がついた他の生徒たちの視線が、今、大島育夫の悪霊を迎え撃とうとしているイケメン五人に集中した。
大島育夫の悪霊は上級だが、そうでなくても、今日入学する生徒に見えないわけがない。
悪霊を迎え撃つ、同じ除霊師学校のイケメンの五人……。
これで、女子たちの人気が出ないわけがない。
イケメンってのは、常に最適なタイミングで女子たちにアピールしやがるんだ!
「頑張ってぇーーー!」
「同じ学校よね? 学校生活が楽しみになってきたわ」
「みんなタイプが違うけど、イケメンよねぇ」
「あっ、あの人って、『賀茂 俊(かも しゅん)』よ」
「うわぁ、 背が高くて顔も格好いいわぁ」
女子生徒たちは悪霊がいるにもかかわらず、イケメン五人を楽しそうに観察していた。
こんな状況でも、女子はイケメンを愛でる生き物なのだ。
「賀茂一族なのか、あのイケメン」
「元は分家の出だけどね。優秀だから、本家に養子に入ったのよ」
身長は百八十センチを超え、 誰が見てもイケメンだと思う、正統系のイケメン。
彼が、賀茂一族の次期当主候補というわけか……。
「で、あのヤンチャ系のイケメンは?」
「『倉橋 恭也(くらはし きょうや)』ね。安倍一族の分家だけど、数代前から本家と折り合いが悪くて、ほとんど独立しているような状態ね。おかげで今回の騒動には一切巻き込まれず、倉橋家の力は相対的に上がったはずよ」
「安倍一族が、勝手に自爆して没落したんだけど」
「そうとも言うわ」
身長は、俺とそう変わらないか……。
結構ガタイがよく、マイルドヤンキーって感じだけど、不良はモテるを地で行くようなイケメン……。
やはり、イケメンは俺の敵だ!
「あの眼鏡イケメンは?」
「『土御門 史崇(つちみかど ふみたか)』ね」
「あれ? 除霊師としての土御門家は終わったって言っていたような……」
「彼、公家の方の土御門家の出なのよ。除霊師としての才能があるから、私と同じように小学生の頃から活動していたけど、先日の騒動ではまったく顔を出さなかったから巻き込まれなかったみたい。やっぱり彼に除霊師一族としての土御門家を復古させたいみたいね。公家である土御門家は」
「あると便利だから?」
「それはそうでしょう。除霊師一族を持たない土御門家なんて、ただの少しお金持ちで、公官庁に就職しやすい元華族でしかないもの」
文系で線が細い感じだけど、ああいう文学青年風のイケメンには一定の需要がある。
つまり、俺の敵だ!
土御門家の復活云々は、別に好きにやってくれ。
「着ている制服が男性用でなかったら、絶対に女性と勘違いしそうな彼は?」
「『綾小路 晶(あやのこうじ あきら)』ね。同じく公家の分家で、有名な除霊師一族よ」
美少女と見間違えるかのような美少年。
背も低めで、肌が透き通るように白く、余計に女性に見えるというか 、彼より美人な女性というのがほとんどいない感じだ。
そして彼に対して飛ぶ、女子生徒たちからの熱い声援。
こいつも、俺の敵だ!
何度でも言うが、イケメンは多くの男子の敵なのだ!
「最後は……侍?」
「彼は、『橘 一刀(たちばな いっとう)』ね。先祖が武家の除霊師一族よ」
霊器である日本刀を持ち、沈着冷静というか、悪霊の前でもまったく動じないイケメン。
細身でストイックそうに見え、こういう刀剣系イケメンも女性に人気が出そうだな。
つまり、俺の敵である!
「裕君…… 」
「広瀬裕、気にする必要がないことを気にしてどうするのよ。それで、彼らに任せるの?」
「いや、そういうわけにはいかない」
多分、五人でやれば大島育夫の悪霊を除霊できるはずだ。
だが、俺が受けた除霊なんだ。
他の連中に、それもイケメンに依頼を奪われたくはなかった。
そこで……。
「ジョレイシガッコウノカイコウナド、コノワタシノメガクロイウチハ、ゼッタイニミトメナイ!」
「はいはい、あんたはもう死んでるから。アディオス!」
「ナンダ? カラダガモエルゥーーー!」
もうすぐ入学式も始まるし、この程度の悪霊に時間をかけるのは勿体ない。
俺は、大島育夫の悪霊と対峙する五人の後ろからお札を飛ばし、その額に貼り付けることに成功した。
そして次の瞬間、お札は青白い炎を出しながら盛大に燃え上がり、なにかほざいていた大島育夫の悪霊は一瞬で除霊されてしまう。
別に悪霊がなにを言っていたのかなんて、興味の欠片もないけど。
「はい、除霊終了。入学式に向かいましょう」
無事に除霊が終了したので、俺はイケメンたちと、彼らを目当てに集まった主に女子生徒たちに対し、早く校内に入るようにと促した。
ところが……。
「俊様の除霊を邪魔しないで! 普通顔のくせに!」
「そうよ! 史崇様なら、あんな悪霊余裕だったはずなのに!」
「恭也様の活躍の場を奪うな! 普通顔!」
「もし晶様に、 後ろから飛ばしたお札が当たったらどうするのよ!」
「普通顔は、一刀様に任せればいいのよ! 嫉妬したからって、余計なことしないでよ!」
「……ボロカス言われとるなぁ……。しかし、 この学校大丈夫なのかね?」
俺は、ただ依頼をこなしただけなのに……。
決して本心から『イケメン死ね! お前たちの活躍の場を奪ってやる!』とか思っていないぞ。
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