第154話 霊衣とアクセサリー

「えっ? ここが除霊師学校? 確かここは……」


「幻の『戸高技能高校』ってやつだ。究極の無駄遣いと批判されて、建設を許可した市長が次の選挙に落ちたぐらいの不良債権さ」


「税金の無駄遣いかぁ……。菅木の爺さんも気をつけないとな」


「心からそう思うよ。政治家ってのは選挙に当選しなければならないから、たまにおかしな陳情を受け入れた結果、税金の無駄遣いだと世間から大きく批判され、次の選挙で落選してしまう、なんて話は珍しくもないのだから。民意は移ろうからな」


「意外にも素直だ……」


「あのな、裕。ワシはちゃんと聞く耳を持っているからこそ、長年政治家を続けられているのだぞ」




 『戸高技能高校』とは。

 バブルが弾けたあと、 就職氷河期となって多くの若者が就職できなくなった頃。

 就業に役立つ実務的な知識や技能を子供たちに教える高校を作ろうと、戸高市の企業や建設業界が当時の戸高市長に働きかけ、予算をふんだんに用いて建設されたそうだ。

 ところが戸高市には、すでに商業高校と工業高校が存在していた。

 『両校のカリキュラムを変えれば済む話じゃないか』という結論に至り、さらにこれを建設した戸高市は、なんと新しい高校の設立手続きに失敗。

 無能ぶりを全国に晒した。

 結局、完成した建物は宙に浮く形となり、新しい市長も他の活用方法を見つけられず、次第になかったものとされ、閉鎖されたままの状態で残ってしまったのだそうだ。


「急ぎ除霊師学校を作ると聞いていたけど、校舎をどうするのかと思っていました。こんな建物があったんですね。でも、菅木議員は戸高技能高校の開校に協力しなかったのですね」


「どう計算しても、生徒が集まらないと思ったのでな。しかしながら、表立って反対すると、戸高市の財界や建設業者を敵に回すことになってしまう。難しい話よ」


「今の政治家は、綺麗事を言う八方美人の方が選挙に当選しやすいですからね」


「清水の嬢ちゃんは辛辣だな。これが間違っていないから困るのだよ」


 二十年ほど放置された校舎は、意外と綺麗だった。

 実は久美子が、治癒魔法で新築同様にしたからだけど。

 校門の前から中の様子を確認すると、多くの業者が入って内部の工事をやっていた。

 九月一日の開校を目指して、急ピッチで工事が進んでいるというわけだ。


「でも、戸高技能高校の時には開校の許可が出なくて、除霊師学校は速攻で開校許可が下りるのね」


「そもそも戸高技能高校の時は、当時の市長も戸高市の職員たちも、新しい学校の開校に必要な手続きがどれだけ大変か理解していなかったのもある。文部科学省に出す書類の量だけで死ねるぞ。なにより、生徒が集まるかどうかわからない高校なら開校許可を出す必要はないが、除霊師高校の開校許可を出さなかったら、文部科学省はありとあらゆるところを敵に回してしまうのでな」


「でしょうね」


 菅木の爺さんの回答を聞き、里奈が納得したような表情を浮かべた。

 死霊王デスリンガーが倒された影響で、日本中で霊力に目覚める子供たち……子供ではない人たちもいるけど……が多く発生した。

 そこで彼らを教育する学校が必要になったのだが、もし文部科学省が認可を躊躇ったら、世界中から袋叩きにされてしまうだろう。


「世界中で、除霊師不足と実力の低下が深刻化しているのだ。さすがの日本のお役人も、世界中に憎まれながら普段のお役所仕事をする勇気も度胸もなかったのであろう」


「世界中ですか?」


「そうだよ、相川の嬢ちゃん。今の日本は、除霊師の才能がある人数でいえば圧倒的に世界一位になったからな」


 死霊デスリンガーが倒された際の副作用だ。

 霊力に目覚めた日本在住者が多いので、彼らを急ぎ保護して、除霊師の素養を学ばせるわけか。


「除霊師学校は、卒業すれば高校卒業の資格が得られ、編入も柔軟にできる高校部門と、社会人などが除霊に関する知識や技術を学ぶ専門学校の卒業資格が得られる専門学校部門が併設されることになった。通常、このような学校を作ろうと思ったら、嫌になるほどの手続きと、書類の山が必要になるが、文部科学省も今回は空気を読んだようだ」


 いつものようにお役所対応をしていたら、世界中のありとあらゆる上にいる人たちを敵に回すからであろう。

 それでも頑なに『前例がありません!』と言い張ってお役所仕事をする役人がいたら、逆に大したものだと思うけど。


「私たちも、こっちに編入ってことかしら?」


「そういうことになるな。まさか 日本除霊師協会会長の孫娘が、除霊師学校に通わないわけにもいくまい。 ちゃんと高校卒業レベルの教育も施すし、むしろ語学などを強化する予定だ」


「海外に仕事に行くからですか?」


「そういうことになるの。望月の嬢ちゃん」


「海外ですか……。たまになら面白そうですね」


「菅木議員、そんなに世界中で除霊師が不足しているのですか?」


 世界の除霊師事情なんてよく知らないので、久美子が代表して菅木の爺さんに尋ねた。


「この問題は、日本だけの問題ではないのだ。むしろ、日本はまだマシな部類であろう。少子化で人口が減りつつある日本とは違って、世界では人口が増え続けている国の方が多い。人が増えれば、当然死ぬ人も増える。死人が増えれば、やはり悪霊も増える。除霊できない悪霊が増えると、人が利用できない土地が増えてしまって、土地不足が起こるだろう。悪霊に殺されてしまう人も増えるだろうな」


 世界中で除霊できない悪霊が増え続けており、それなのに除霊師の質は落ちる一方。

 お札や霊器で補うのも限界というわけか。


「そうでなくても、霊器は減る一方だったのだから。裕たちがいなかったら、ゾッとするところだったな」


  現在、世界中で霊器を一から作れる人はほぼゼロに近く、一日でも長く使えるように整備するのが精一杯と聞く。

 それでも徐々に寿命がきて使えなくなる霊器が増え続けており、修理、改良ができる俺たちは貴重というわけか。

 

「除霊師自体が減って質も落ちているのに、霊器やお札の供給も先細りだったのだ。それが改善しようとしているのに邪魔なんてしたら、日本の文部科学省は消滅してしまうかもしれないからな。前例を踏襲する度胸が、小役人たちにあるとは思えん」


「除霊師学校で育てて増えた除霊師は、世界で仕事をするんですか?」


「今後、そういうケースが増えるだろうな。だから、語学の学習もあるんだよ。実は意外と知られていないことなんだが、日本の除霊師は人気があるんだよ」


「腕がいいからですか?」


「それもないとは言わないが、宗教性が薄いところがだよ」


「宗教性がですか? でも、私と裕ちゃんは神社の生まれで、一応神道っぽい格好ですよ。お坊さんの服装をしている除霊師も多いですし」


「だが、依頼者に対し説教めいたことを言ったり、信仰を強制したりしないだろう? 他の国の除霊師の中には、除霊と布教活動がごっちゃになっている奴が多いのでな」


 菅木の爺さんによると、外国では宗教団体や組織が除霊師の育成を行っているケースが多いそうだ。

 

「時間と金をかけ、苦労して育てた除霊師に元を取ってもらいたいと願うのは人間の業だな。除霊代金を安くするから入信しないかと勧める除霊師がいたり、異教徒や宗派が違う依頼者の仕事を受けなかったりと、宗教絡みの面倒臭い話が多いのだ」


 世間では誤解している人が多いが、除霊師には宗教に入っていなくてもなれる。

 逆に、宗教に入ったからといってなれるものでもない。

 ただ霊力が一定量以上あるかどうかだけの話なんだが、無宗派で霊力に目覚めても、除霊師になるところまで辿りつけない人が多かった。

 霊障を受けたり、悪霊に狙われて宗教組織に保護され、入信、教育を受けて除霊師になったというルートが昔から確立されており、外国では宗教と除霊とは切っても切れない関係にあったのだ。


「日本でも、仏教系、神道系などと、除霊師と宗教には大きな関係がある。だが、宗派が違っても、無宗教の人でも、依頼料さえ貰えば除霊を引き受けるだろう?」


「仕事ですからね」


「自然とそう割り切れる日本人というのは、実は世界的に見てかなり特別な人種なのだよ。だから、世界中が除霊学校に期待しておる。裕たちも編入予定となっておる」


「短い戸高第一高校生活だったなぁ」


「だよねぇ、裕ちゃん」


 とはいえ、除霊師学校にも高校部門があるから、それほど以前と変わらないかもしれないけど。


「妾などは、高校生活を楽しみにしておるぞ。眠りにつく前、 学校というところに通ったことがないのでな」


 室町時代に学校なんて……あったかもしれないけど、現在の学校とは大分違うだろうからな。

 沙羅も除霊師学校の生徒として編入されることになり、 彼女は初めての高校生生活をとても楽しみにしていた。


「ところで、除霊師学校の生徒ってどのくらいいるんだ?」


「戸高除霊師学校だけで、千人ほどだな」


「多くね?」


 除霊師見習いって、そんなに数がいるものなのか?


「急に霊力に目覚めた者たちが多くてな。除霊師学校だが、現在急ピッチで全国五十ヵ所にて開校準備中だぞ」


「そんなに?」


「戸高市に全員集めたら、学校がパンクしてしまうのでな。それと今日呼び出したのは、東京スペシャルランドの職員たちが着用していた『霊衣』が全然足りないので、作ってくれという依頼が殺到しておる 」


「だろうな……」


 霊力に目覚めたばかりの人が危険なのは、桜と愛実の例を見ればあきらかだ。

 すぐに除霊師としての教育を受けるか、向こうの世界だと、死霊に目をつけられて殺されないようにする霊衣を常に着用するケースが多かった。

 ただやはりというか、高価な霊衣を最優先で手に入れられるのはお金持ちやその子弟という現実もあったけど。

 

「一人でも多くの除霊師が欲しいのに、教育する前に悪霊に殺されては意味がない。そこで、裕には霊衣を大量生産してもらいたい」


「霊衣を? うーーーん、どうかなぁ?」


「人命を守るためなんだが、駄目なのか?」


「いやさぁ、霊衣って好んで着たがる人がいないんだよ。それに弱点もある」


 霊衣って見た目が雨合羽みたいな感じなので、雨が降ったわけでもないのに、日常生活で好んで着る人がいるとは思えなかったのだ。

 東京スペシャルランドの職員やキャストたちは仕事であり、園内でしか着ないから着てくれたのだと思う。


「それに霊衣って、一週間ぐらいしか効果が保たないから」


「そうなのか? 裕しか作れないから知らなかった」


「実は、そうなんだよ」


  霊衣に使っている繊維が、霊力を溜め込む特殊な素材でできているのだけど、徐々に込めた霊力が抜けてしまい、一週間ほどで再び霊力を補充しなければいけなかったのだ。


「どれだけ霊衣が必要かわからないけど、一週間に一回霊力を補充できる体制を作らないと、意味がないと思う」


「自分で霊力を込めるというのは駄目なのか?」


「できる人はいいけど、それすらできないから素人なんだろう?」


「そういえばそうじゃな」


「なにより、常時雨合羽は嫌だろう」


「それもあるか……」


 常に霊衣を着ていれば、よほど性質が悪い悪霊、死霊の類でなければ襲われることはないが、なにしろ雨合羽だからな。

 嫌がる人は多いだろう。

 ただ、効果は確実だ。

 向こうの世界ですべての人たちが霊衣を着ていれば、死霊王デスリンガーと死霊軍団による犠牲者は圧倒的に少なかったはずなのだから。

 実際、ずっと霊衣を着ていた貴族や金持ちもいて……まあ、彼らは財力があるから、霊力を込める除霊師を確保できたわけだ。

 格差だよなぁ……。


「それはなんとかする」


「というか、ようは霊力に目覚めたばかりの素人が、悪霊に襲われなければいいんだろう?」


「そうだな」


「じゃあ、前に里奈にあげたペンダントで十分だろう」


 むしろ、ペンダントの方が簡単に作れる。

 あれは水晶が材料だから、比較的手に入りやすかった。

 在庫も十分に持っている。


「ペンダントの方は新しい機能を試験していて、これが上手くいきそうなんだ」


「新しい機能?」


「ペンダントを装備している人の霊力で、常時補充できるようにする。霊力に目覚めた人なら、これで十分なはずだ」


 ペンダントなら、首にぶら下げて服の中にしまっておけばそれほど目立たないからな。

 

「葛山の嬢ちゃんのペンダントと同じようなものか……」


 菅木の爺さんの視線が、里奈の胸元に向かった。 

 そういえば里奈は、もう必要ないのに俺が作ったペンダントをずっとしているな。

 アクセサリーとしてはそれほど洗練されたものではないし、今の里奈ならそれがなくても自分の身を悪霊から守れる。

 もう着けなくてもいいような……。


「私が裕から貰ったペンダントがプロトタイプなのね。 このぐらいシンプルなペンダントの方が、普段使いもできて便利だけどね」


「里奈なら、 もっと高価なアクセサリーが買えるんじゃないか?」


「裕はわかっていないわね。高価なアクセサリーなんて、どんなにセンスがない人でもお金さえ積めば買えてしまうわ。 私はそういうことをしない性質だからこれでいいのよ」


「そうなんだ……」


「私が同じペンダントばかりして申し訳ないなと思ったら、裕はアクセサリーを作れるんだから、別のものをプレゼントするぐらいの気遣いを見せてくれてもいいような気がするわ」


「あっ、師匠。自分も欲しいです」


「私も! 裕君からそういうものを貰ったことがないような……」


「裕ちゃん、里奈ちゃんだけに不公平だと思います」


「そうね。万が一のお守りみたいなものがあると、安心すると思うの」


「広瀬君って、アクセサリーも作れるんだ。私も覚えたいなぁ」


「妾はこの前ネットで見たぞ。現代の男性は、許嫁に婚約指輪を贈ると」


「悪霊に襲われるのを防ぐペンダントの話が、アクセサリーをプレゼントする話に切り替わっている……」


「裕、ペンダントと一緒に作ってプレゼントしておくのがいいと、老婆心までに忠告しておくぞ」


「ペンダントの量産はしないと駄目か……」


 なんか、段々と仕事が増えているような……。

 ただ、里奈にあげたペンダントの改良品くらいならかなりの数が量産できるし、霊衣のように常に着用すると恥ずかしいということもないので、これを霊力に目覚めた人に配るのが最適だろう。

 すぐに久美子たちに手伝ってもらい、悪霊から襲われなくなるペンダントが大量に完成した。 

 一週間以上かかったけど。

 そして、久美子たちにも似たような、霊器の一種であるペンダントをプレゼントすることになったのだが……。


「里奈は、その古いペンダントのままでいいのか?」


「裕は大変だから、余裕がある時でいいし、同じペンダントだとねぇ。さすがにコーディネートが難しいもの」


「それもそうか。じゃあ……」


 俺は、試作していた指輪を渡す。

 これは事前に霊力を溜めておくと、いざという時に使えるという、いざという時の優れ物であった。

 むしろ、レベルアップで強くなってしまった里奈には悪霊を寄せ付けないペンダントよりも、こっちの方が役に立つような気がしたからだ。


「ありがとう、裕。シンプルなデザインだから、これも使い勝手がいいわね」


「あーーーっ! 里奈ちゃん! どうして指輪を左手の薬指に?」


「……前に知り合った除霊師が言っていたのよ。霊器の指輪は、左手の薬指に装備すると一番効力があるって」


「葛山さん、それって嘘よね?」


「……まあ、そういう意見もあるってことで」


「裕君、不公平はよくないわ」


「師匠、自分もブライダルリングを欲しいです」


「そうね。不公平は、時に不和を生み出すもの。あの生臭が言った、唯一ためになる言葉よ」


「広瀬君、無理しなくていいからね」


「愛実が意外とあざといの……妾もブライダルリングが欲しいぞ」


「裕、アクセサリー作りを手伝ってくれたお礼をしておいた方が無難だぞ」


「はい……」


 結局、久美子たちにも霊器である指輪を作ってプレゼントすることになってしまった。

 いざという時頼りになるので、 戦力アップしたのだと思えば。

 そして、そんなことをしている間に夏休みが終了し、いよいよ除霊師学校のスタートとなったのであった。

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