第150話 賀茂一族
「我らの先祖、賀茂忠行は安倍晴明の師匠であり、忠行以降の賀茂一族は京都を中心に除霊師としても活動を続けてきた名門である! だが、我らは弟子であった安倍晴明とその子孫たちが目立ちすぎるせいで、非常に目立たない存在だった。しかし……」
「安倍一族はしくじりましたね」
「土御門家もだ。目の上のタンコブが消えてくれて晴れ晴れした気分だな。除霊のみの実績で除霊師が認められるようになり、岩谷彦摩呂のような愚か者の化けの皮が剥がれたのだから」
ようやく、賀茂一族が日本一の、いや世界一の除霊師一族となるチャンスが訪れた。
除霊とはなんの関係もない、顔と学歴だけの岩谷彦摩呂に翻弄され、大きく力を落としてしまった安倍一族。
いまだ当主すら立てられず、大きく混乱してるそうじゃないか。
土御門家に至っては、ついに除霊師一族としての看板を下ろしてしまった。
いまだ名門ではあるが、除霊をしない土御門家などただの家柄がよく、少しお金を持っている程度の存在でしかない。
もう二度と、我ら賀茂一族を超えることはないだろう。
「都内は草刈り場と化した。これを機に、一気に東京に進出を図る」
日本の首都である東京を制する除霊師一族こそが、日本の除霊師業界を引っ張って行く存在となる。
これまでは安倍一族がその座を占めていたが、今、大分厳しいことを知らない除霊師はいない。
手薄となった東京を押さえてこそ、我ら賀茂一族の躍進が始まるのだから。
「新興の竜神会が、大きく力を増していますが……」
「確かに竜神会は、今一番勢いがある除霊師一族だろう」
賀茂一族の老人たちの間でよく知られていた今は亡き広瀬剛。
その子供は霊力を持たずガッカリしたそうだが、孫はとてつもない才能を秘めており、ついに竜神会を立ち上げるに至ったのだから。
「だが、竜神会は除霊師一族として立ち上がったばかりだ。まだ東京に手を出す余裕はないだろう」
日が浅いので仕方がないが、彼らは東京、京都に次ぐ霊的に守られた戸高市の守護で精一杯のはずだ。
なにしろ、いまだ竜神会に所属している除霊師の数は少ないのだから。
そして竜神会としては、本拠地である戸高市を最も重視しなければならない。
「賀茂一族は、京都に盤石の体制を敷いていますからね」
「安倍一族を離脱したり、距離を置いた除霊師たちとの協力体制も構築できたし、除霊すればするほど霊力が上がるのがいい。やはり除霊師は、除霊をしなければな。安倍一族のように、除霊体制を強化しようと商売に熱中したら、そいつらに実権を取られかけるなんて本末転倒だろう」
安倍晴明の死から千年以上。
ついに安倍一族の運命が尽きた……いや、いまだ有力な除霊師一族として生き残っているのだから、さすがは偉大なる陰陽師にして除霊師というわけか。
今回の事件でも、一般人の間で彼の名声は落ちなかったのだから。
「だが、今の安倍一族は立て直しの最中だ。 その間に、我ら賀茂一族が東京進出を果たすのだ!」
さすれば、我ら賀茂一族こそが日本で一番の除霊師一族となれるはず。
このチャンスを逃してはならない。
「東京支部に連絡して、応援の除霊師たちの受け入れ準備をするように伝えるのだ」
「わかりました」
賀茂一族に所属する除霊師の数も増え、浄化や除霊を多数こなしてその霊力も順調に増えつつある。
これまでに貯めたお金を使い、霊器、お札も潤沢に揃えた。
賀茂一族の悲願である、東京制覇達成まであと少しだ。
「必ずや東京を押さえて、賀茂一族が除霊師業界の天下を取るのだ!」
私も、京都での仕事を終えたら東京入りするぞ!
我ら賀茂一族は、岩谷彦摩呂のような間抜けを次期当主に据えようとした間抜けな安倍一族とは違い、長年地道にコツコツとやってきたのだから。
ここで成果を出せれば、我ら賀茂一族は一気に躍進できるはず!
「ようし、まずは地元京都の厄介な除霊をある程度片づけて……」
「忠則様! 大変です!」
「何事だ?」
突然、一族の者が駆け込んできた。
なにかあったのか?
「それが、京都中に多数の悪霊と怨体が出現しており、応援を東京に向かわせる余裕がありません!」
「どうして、急にそんなことになったんだ?」
悪霊と怨体の発生数はある程度予想できるので、今の状況なら私も東京に応援に行けたはず。
それなのに、突然大量の悪霊と怨体が出現しただと?
どういうことなのだ?
「戸高市が現在開店休業状態だそうで……。他にも、全国中で悪霊、怨念の出現が大分減ったという報告が……」
「もしや、戸高市で死霊王デスリンガーという邪神が除霊されたせいなのか?」
日本の中心に近い戸高市で、邪神が除霊された。
その余波で、戸高市はしばらく除霊の仕事がないくらい悪霊と怨体がいないらしいが、それ以外の地域、特に東京と京都に悪霊と怨体が集中してしまったかもしれない。
「元々戸高市は、そこまで悪霊や怨体が集まる土地ではなかった。 だが、竜神会により五芒星の聖域が復活したため、東京や京都に並ぶ霊的な都市になった」
そういう都市には、悪霊と怨体が集まりやすい。
だが、復活したばかりの聖域と、死霊デスリンガーを除霊した余波で、悪霊も怨体もしばらく戸高市に近づけない。
「戸高市に集まろうとした大量の悪霊と怨体が、戸高市と並ぶ霊的な都市である東京と京都に集中したのか……」
これでは、東京への応援は不可能だな。
「残念だが、安倍一族のような人気取り狙いの愚かな行動はできない。我ら賀茂一族は京都を本拠地としている除霊師一族だ。京都をおろそかにできないのだから」
だが、 これでチャンスがなくなったわけではない。
京都が落ち着けば、きっと東京へ進出するチャンスはあるはずだ。
「安倍一族があの様だ、多分、東京は悪霊と怨体の増加に対応できないだろう」
のちに、賀茂一族が応援に行くことも増えそうだ。
「東京支部の連中には、出来る限りの範囲でいいから除霊をしろと伝えておいてくれ。私は……一番厄介なところはどこだ?」
「それが……清水寺の舞台の下がえらいことになってるそうです」
あそこは元々死体収容所で、実は舞台の上から死体を捨てていたなんて話もあるからな。
あまりに悪霊が多いので、実は強力な封印が施されているのだが、その封印の上に他の悪霊たちが集まってしまったのか……。
あの地形は、元々悪霊や怨体を引き寄せやすいからな。
「まあいい、行くぞ!」
急ぎ清水寺へと向かうと、当たり前だが、すでに参観中止となっていた。
そして舞台の下から、うめき声や、恨みつらみを口にしながら両手を空に伸ばす膨大な数の悪霊たちが見える。
一般人が見たらトラウマレベルの悪霊たちの除霊を始めたが、いくら除霊しても減らなかった。
「忠則様。清水寺の住職たちが、いつ観光客を清水寺に入れられるのだと、矢のような催促です」
「ふんっ! そんなに観光客たちからの拝観料が減ると困るのか。だったら、手伝えと言ってやれ!」
「彼らは除霊師じゃないから無理ですよ」
除霊できない坊主や神官が悪いわけではないが、せめて俗っぽいところを隠してくれ。
「少しでも気を抜けば、悪霊たちが舞台の柱を登ってきそうな場所に観光客を入れられるか! 文句があるのなら、ここに見に来てから判断しろと言え!」
「わかりました」
実際に清水寺の住職たちに舞台の下を見せたが、いくら除霊してもなかなか悪霊と怨体の数が減らない状況に怯えていた。
ここまで数が多いと、霊感などなくても見えるからな。
ホラー映画も真っ青な状態なのだから。
多数の悪霊たちが上を見上げながらうめき声を上げ、隙あらば舞台の柱を登ってこようとするのだ。
ここに観光客を入れたらどうなるのか、子供にでも理解できるはず。
「東京はもっと酷いことになっているはずです。大丈夫でしょうか?」
賀茂一族の除霊師たちが次々と、舞台下の悪霊や怨体たちにお札を投げ、霊銃を用い、霊器の矢で除霊していく。
やはり、霊器が充実させたのはよかった。
これまで、戦力としては心許なかった若手除霊師でも役に立つし、なにより霊力の成長速度が速くなったのは素晴らしい。
金はかかるが、今は若い除霊師たちに多くの除霊経験を積ませるのが最優先だ。
そして彼らが、賀茂一族のみならず、将来の日本の除霊師業界を支えるのだから。
「霊器の流通が一気に増えたから、なんとかなると思いたい。まさか我々賀茂一族が 、京都を見捨てて東京で除霊をするわけにいかないのだから」
「これは放置できませんよね……しかし、一向に減りません」
「減らしても減らしても、あちこちから補充されているようだな。これは長期戦になるぞ! お札と霊器の補充を怠らないように」
「わかりました」
「あと、手空きの除霊師は全員ここに呼び寄せろ」
その後も、清水寺の舞台で悪霊集団との戦いが続き、なんと二週間以上もの時を費やしてしまった。
結局、新しく京都にやって来た悪霊の大半が、清水寺の舞台下に集まってきたからだ。
「随分と多くの悪霊を除霊したと聞きましたので、これでもう大丈夫なのでしょうか?」
「いや、保証はできないな」
「二週間もかけて、悪霊たちを除霊したのにですか?」
「残念ながら、舞台下に施していた封印が、悪霊軍団のせいで解けつつあるからだ」
封印の上で、多くの悪霊と怨体たちが大騒ぎしたからな。
一応除霊後に応急処置をしておいたが、いつ封印が解けても不思議ではないのだから。
「もしそうなったら、 また同じようなことをしなければいけません」
交代制とはいえ、二週間以上も悪霊と怨体を除霊し続けなければならなくなるかもしれない。
いやもしかしたら、それ以上に手間がかかるかもしれないな。
「そっ、そんな! もしもの際にはお力お貸しいただけるのでしょうか?」
「それは間違いなく」
「よかったぁ……」
住職たちは、すぐに我らが駆け付けると言ったら、安堵の表情を浮かべた。
いい気なものだが、悪霊が湧いているのに、参観料目当てに観光客を舞台に入れるよりはマシか……。
とにかく、京都の状態を落ち着かせなければ。
そして一日でも早く東京に向かい、賀茂一族の総力を挙げて東京を手に入れるのだ!
それこそが、安倍晴明よりも目立てなかった先祖、賀茂忠行の悲願なのだから。
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