第135話 岩谷彦摩呂の策
「橘さん、それは工事関係者ではないのですか?」
「いいえ、そう見せかけた戸高家の犬たちです。元警察官、元自衛隊員、元格闘家、反社会組織に属していた者たちなど。戸高家躍進の影には、彼らの働きもあったのですよ」
「あれだけの企業体です。そんな連中もいるのでしょう」
安倍家分家である岩谷家にも、あまり表沙汰にできない、暴力的で反社会勢力と繋がりがある連中とのつき合いがある。
大々的に不動産を売買したり管理していると、そんな連中とつき合いがないと仕事がうまく回らないことがあるからだ。
できれば、徐々にそういう連中とのつき合いはやめていきたいのだけど。
そのためにも、僕が力を持たなければ。
「となると、僕たちが戸高蹄鉄山に入ろうと、戸高家が買い占めた周辺の土地に少しでも立ち入れば……」
「手荒く、強制的に排出されるでしょうな」
「手荒くですか……。犯罪なのでは?」
「戸高高臣は、戸高市警にも大分食い込んでいるようです。つまり……」
「見て見ぬフリですか……」
「他人の土地に勝手に入っても犯罪にはならないのですが、戸高蹄鉄山周辺の土地は住宅地として整備されている最中です。それに、二十四時間警備員やら工事関係者がいることになっている。まあ、彼らの多くはそう見せかけた戸高家の犬たちですけど。それに、住居侵入罪で捕まらないとは思いますが、軽犯罪でしょっぴかれる可能性もあります」
あの下種な戸高高志のことだ。
その気になれば、法律違反なんてお手の物ってわけか。
彼らしい、いやその父親である戸高パパと合わせて、落ちた名族というのは悲しいものだな。
「これを見越して、戸高家は戸高蹄鉄山周辺の土地を買収していたわけか……。そして……」
「戸高家は、土御門家や在野の除霊師たちを大金で引き込み、除霊部門を強化しようとしてます。大金は稼いだが、なかなか上流階級に相手にされない戸高家がもう一段高みに登るため、鬼の晴広の除霊という大きな功績が必要なのですよ」
「同時に、安倍晴明の醜聞を世間に公表して、安倍一族の力を落とす、ですか……」
世の中に言霊という言葉があるが、安倍晴明は優れた陰陽師にして、除霊師であり、今でも多くの創作物に登場してファンも多いという事実は、安倍一族の力を強めていた。
もし世間の人たちが、実は安倍晴明が浮気した妻だけでなくその息子をも殺し、悪霊化したにも関わらず、 除霊もしないで封印していた事実を知れば、 彼の評判は地に落ちる。
創作物も作られなくなって人気が落ちていき、回り回って安倍一族の力を落とすはずだ。
「僕たちが、先に鬼の晴広の除霊をしてしまえば問題ないですけどね」
安倍一族のピンチを解決する方法は簡単だ。
アホの戸高高志よりも先に、鬼の晴広を除霊してしまえばいい。
いないものをいると言い張っても、あのアホが嘘つき扱いされるだけなのだから。
「言い方は悪いが、証拠隠滅……否! これより僕が率いる新しい安倍一族の始まりなのだ!」
あの安倍晴明でも除霊できなかった鬼の晴広を、この岩谷彦摩呂が除霊する!
これに成功すれば、僕の名前は永遠に歴史に残るはず。
「安倍晴明も、いい加減マンネリ化してきた気がする。新しくこの僕が……」
すでに僕は、若手人気除霊師として霊を信じている大衆の支持も得ている。
彼の立場を継ぐのに相応しいというわけさ。
「これからの除霊師は、除霊だけでなく、色々と新しいことにも挑戦していかなければ」
霊を信じない人たちへの啓蒙活動や、除霊師のイメージをよくするため、小説、漫画、アニメ、ドラマ、映画などを作るのもいい。
その主人公は、僭越ながら新しい安倍一族の当主である僕をモチーフとしたキャラクターがいいだろう。
新しい安倍一族当主として僕が世間の支持を大いに得られれば、それは安倍一族復活の力になり、多くの人たちを幸せにするはずなのだから。
「そうなれば、また千年。安倍一族は大いに栄えるでしょう」
「そのためにも、まずは鬼の晴広の除霊ですか」
「戸高高志よりも早くですね」
「それはいいのですが、勝算はあるのでしょうか?」
「安心してください。実は、安倍一族には切り札があるのです。封印石というね」
「『封印石』とはなんですか?」
「現世とあの世の穴を塞ぐための石ですよ」
安倍晴明が、どうして戸高蹄鉄山に鬼の晴広の遺体と悪霊を封印したのか?
ただ除霊が困難だったからという理由だけではない。
「元々、戸高蹄鉄山には霊界と繋がる穴があって、当時は誰も近寄らなかったのです。危ないですからね」
突然、穴から飛び出して来た悪霊に憑り殺されてしまうからだ。
鬼の晴広が封印される前から、戸高蹄鉄山は禁忌の地どころか、穴から湧き出た悪霊たちが周囲の土地に被害をもたらしていたので誰も近寄らない土地であったと、古い資料には書かれていた。
「『毒をもって毒を制す』ですか……」
「そういうことですね」
戸高蹄鉄山にある霊界との穴を塞ぐため、鬼の晴広の遺体が入った石棺と、彼の悪霊で穴を封印した。
そのおかげで、以後は穴から悪霊が湧き出ることもなくなり、安倍晴明の名声は大いに高まったわけだ。
「表向きは、悪霊が湧き出る穴を封印したという事実のみが知られています」
自分が斬り殺した子、晴広の遺体が入った石棺と悪霊で封印したという事実は安倍一族によって隠ぺいされ、それからずっと戸高蹄鉄山は安倍一族が管理していたわけだ。
「ですが、どうして土地が戸高家に?」
「ちょっとした手違いがあってね。戸高蹄鉄山とその周辺の土地の所有権が国に移ってしまったのさ。戦後のドサクサで」
国有地のままだったら特にデメリットはなかったのだけど、国が戸高蹄鉄山周辺の土地を民間に売却してしまったところから話がおかしくなった。
しばらくは戸高家とまったく関係ない民間人の所有だったけど、その人物が最近亡くなり、相続人である息子が金に目が眩み、戸高高臣に土地を売ってしまったのだ。
「戸高家への土地の売却を阻止できず、さらにその後も放置していたツケが今きているわけですよ」
「やはり、強行手段に出ますか?」
「戸高家に汚れ仕事をする連中がいるように、安倍一族にもそういう人たちはいますから」
できればそんな連中は使いたくないけど、今回は非常事態なので仕方がない。
僕が安倍一族当主として力を振るえるようになったら、必ずそういう連中は排除することを誓おう。
「ところで、安倍晴明でも除霊できなかった鬼の晴広を、あなたが除霊できるのですか?」
「できます。封印石があるので」
封印石とは、戸高蹄鉄山にある霊界との穴を塞ぐため、安倍一族が千年以上の歳月をかけて製作した霊器の一種である。
「これで穴を塞げば、実は鬼の晴広の力も落ちてしまうのです」
霊界との穴と、鬼の晴広の石棺と悪霊。
両者は、磁石のプラスをマイナスのような関係なのだ。
「鬼の晴広が、穴から出ようとする悪霊たちを吸収してしまうから、穴から悪霊が出てこなくなる、という仕組みなのです。鬼の晴広も、餌となる悪霊が足元にあるので動く必要がない。だが……」
「しかし、それだといつか鬼の晴広は……」
「強化され続けた結果、いつか戸高蹄鉄山から離れて好き勝手に暴れる危険が大きい。時が経つにつれて。実はもうそろそろ限界なのではないかという話も、安倍一族上層部の間ではありました」
結局、安倍晴明による封印にも消費期限があったというわけだ。
彼は完全な解決を子孫たちに委ねたのだが、結果は今の今まで放置される結果になってしまった。
「とはいえ、封印石の作成には成功しています。なぜか長老会は、これを隠していたようですが……」
彼らが不幸に見舞われたあと、僕も実は完成した封印石の存在を知ったぐらいなのだから。
他のみんなは、いまだ封印石は完成していないと聞いていたから、これは驚きだった。
このような重要な情報を秘匿するなんて、これだから古い体質では駄目なのだ。
僕が、新しい安倍一族に生まれ変わらせなければ。
「僕が指揮を執り、鬼の晴広の悪霊を除霊します」
そしてそのタイミングは、愚かな戸高高志たちに合わせる予定だ。
「先走った未熟な彼らが、鬼の晴広の悪霊に対する囮となっている間、石棺をどかして穴を封印石で塞ぎます。そして、戸高高志とその犬たちを襲っている隙に僕たちが除霊してしまうのです」
「その作戦ならいけそうですね」
多少卑怯な手ではあるが、大のために小を犠牲にすることも、安倍一族の当主には必要だと思う。
それに、戸高高志のような人間が生きていると、多くの人間が不幸になる。
それはいわば、責任ある立場にあった僕に課せられた義務というわけだ。
いつまでも、お人好しで世間知らずのお坊ちゃんではいられない。
今は、鬼の晴広の除霊が最優先なのだから。
「邪魔な戸高高志と、連中についた土御門一族や、彼らに近しい除霊師たちが大きく力を落とせば、再び安倍一族一強の時代が戻るというわけですか」
「ええ。僕は必ず安倍一族を世界一の除霊一族にしてみせますよ。橘さん、資金面の準備をよろしくお願いします」
「わかりました」
僕がそうすることで、多くの人たちの幸せに繋がるのだから。
そして、この世界に害しか及ぼさない戸高家には退場して頂こうか。
さて、戸高高志たちの動きに合わせるべく、今のうちから準備を進めておこう。
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