第134話 戸高一家
「ふんっ、悔しいかい? 兄さん」
久々に実家に帰って来たのは、これから僕が戸高家の次期当主として大切な作戦を指揮する前だからだ。
パパから、兄さんの位牌を拝んでこいと言われたから仕方なしにね。
母さんにも会って来いと言われたけど、今さら僕と母さんが顔を合わせたところでなんになるって話だ。
まあ、パパのお願いだから仕方なしに受け入れたって感じかな。
戸高家の次期当主としては、現当主であるパパの命令はちゃんと聞くのが賢い選択だってのもあるのか。
ただ、僕が玄関から家に入っても、肝心の母さんの出迎えはなかった。
当然会話もあるわけがなく、そんなことだろうとは思ったよ。
することがないのでと誰も使っていない部屋に入ると、そこには若い男性の写真が飾ってあった。
亡くなった僕の兄である、戸高高継のものだ。
兄さんは完璧だった。
容姿端麗にして、文武両道で、誰からも好かれていた。
弟である僕は、『才能をすべて兄に取られた出涸らし』、『戸高家の役立たず』と周囲から散々に言われ、僕を産んだ母さんすら、兄さんばかり可愛がって、僕なんて無視していたくらいだ。
兄さんが亡くなる直前、僕が愛人の子供だと嘘の噂を流したほど、僕を産んだことが汚点だったようだ。
だから僕は、大学進学と同時に家を出たし、それ以降も年に一度、兄さんの命日にしかこの実家に戻らなかった。
どうせ帰省したところで、母さんと話すことなんてなにもないからな。
パパも仕事が忙しいからめったに帰宅しないし、母さんは兄さんの死後、完全に心を閉ざしてしまった。
今では、パパが雇った老齢の家政婦と一緒に生活しており、ただ生きているだけといった状態だ。
母さんは、兄さんが亡くなったことをいまだに認めていない。
彼女の中で兄さんが死んでいない以上、僕は愛人が産んだ無能な出涸らしのままなのさ。
「相変わらず、辛気臭い家だ。そりゃあ、パパも滅多に戻らないよな」
パパには愛人がいるだろうから、母さんなんて義務で養っているだけだろう。
母さんも、今世間で言われているように、女性も男性と同じくバリバリ働いて、なんてできない人だ。
パパが戻って来なくても、兄さんの死を認められなくても。
この家で、パパに出して貰っている生活費でただ暮らしていくだけだ。
「みんなから、戸高家の次期当主として期待されていた兄さんが急死し、無能で役立たずと言われていた僕が戸高家の次期当主となる。実に滑稽な話じゃないか」
どいつもこいつも。
兄さんが生きていた時には僕なんて無視していたくせに、兄さんが急死したら途端、僕に擦り寄ってきた。
評判の悪い、戸高家の出涸らしでしかないこの僕にだ。
「兄さん、悔しいだろう? どれだけ優れていようと、人間なんて死んだら終わりさ」
まさか、死んだ人間が戸高家の次期当主になるわけにいかないのだから。
死んだ天才よりも、生きている無能ってことさ。
「どれだけ役立たずで無能扱いされても。仕事が全然できなくて損失ばかり出しても。僕は生きているから戸高家の次期当主になれる。僕は生きている点のみで、兄さんよりも優秀な男なのさ。僕がいくらバカみたいなことを言ったり、他人に迷惑をかけようとも、パパの子供は僕だけだ。だから僕を排除なんてできないのさ」
あれは、僕が高校三年生の冬だった。
あの日のことは、頭が悪い僕でもよく覚えている。
朝起きたら、兄が目を覚まさなかった。
まるで眠るように死んでおり、死因は就寝中の心臓麻痺だったとあとで聞いた。
兄さんは苦しみもせず、寝たままあの世に行ってしまったわけだ。
前日の晩。
僕の受験する大学の名前を聞いて侮蔑の表情を向けていた母さんが、眠るように死んでいる兄さんの遺体に縋りつきながら泣き叫ぶのを見て、僕は大いに溜飲を下げた。
これで兄さんと比較されなくなるのだと思うと、ただ嬉しさだけがこみ上げてきたってわけだ。
僕をバカにし続け、ついには自分が産んだ子供ではなく、愛人の子だから無能なのだと周囲に公言するようになった母さん。
正直、『ざまあみろ』としか思えなかった。
兄さんは人格者で、こんな僕にも優しかったけど、不思議と兄さんが死んでも微塵も悲しくなかった。
むしろ嬉しさしか感じず、その瞬間から僕は壊れいるのだと思う。
僕は頭が悪いから、昔から壊れていると思っている人も多いだろうけど。
開放感からか、兄さんの死後はますます暴飲暴食を続けて太り続け、戸高家次期当主に相応しい言動を続けてきた。
そんな僕の言うことを、パパもみんなも懸命にフォローしてくれる。
つまり僕は、選ばれた存在というわけだ。
兄の死で、僕は至高の存在に至った!
なんてね。
「しかし、戸高家はなかなか潰れないな」
パパが有能だからだろう。
僕が商売でどれだけ大赤字を出しても必ず補填してくれて、それ以上に稼いで戸高家を大きくしてきた。
パパは僕が子供の頃、 仕事が忙しいのを理由に、母さんの僕に対する接し方を改善することができなかったので負い目を感じている。
だから、僕がなにをしても必ず後始末をしてくれるってわけさ。
いい加減僕を諦めて、愛人にでも産ませた子供に継がせればいいのに、往生際が悪いんだから。
「でも、さすがに今回ははどうかな?」
あの安倍晴明ですら除霊しなかった、戸高蹄鉄山の鬼の晴広の悪霊。
密かに安倍一族の当主となった岩谷彦摩呂が、安倍一族の若手有志たちや、在野で彼に対し好意的な除霊師たちと共に除霊しようとしているが、あいつらは戸高蹄鉄山に決して辿り着くことはできない。
なぜなら、 周囲の土地すべて買収し、宅地として造成している最中であり、さらに工事関係者に見せかけた人員も密かに配置しているからだ。
安倍一族の手の者が侵入しようとしたら、すぐに捕えて警察に突き出してやる。
その間に、落ちぶれた土御門一族と金で釣った在野の除霊師たちと共に、鬼の晴広の除霊を成功させる作戦だ。
「パパは、戸高家を上流階級の仲間入りさせたいから、必ず僕をフォローしようとするだろう」
パパの悲願が、僕をさらなる高みへと連れて行ってくれる。
もし失敗したらだって?
そんなこと、考えても仕方がないじゃないか。
パパがなんとかできなかったら、戸高家は終わりかもしれないけど、だからなんだって言うんだ。
「なあ、兄さん。パパは失敗するかな? 兄さんはそれに手を貸せなくて、悔しくて堪らないかい?」
そういえば兄さんは、悪霊にならなかったな。
悪霊でもこの家にいれば、母さんの慰めになったかもしれないのに残念だ。
いや、 どうせ除霊師に除霊されて終わりか?
母さんが、兄さんの除霊なんて頼まないか。
「悪霊にもなれないとなると、本当に死んでしまったら終わりなんだね。兄さん」
「高志ぃーーー!」
兄さんの部屋で、写真の彼に話しかけていると、そこに激高した母さんが飛び込んできた。
僕の話を聞いていたのか。
「なんだい? 兄さんが死んだ事実も認められない世捨て人が、戸高家次期当主である僕になんの用事かな?」
「お前のような無能が! 高継がいればぁーーー!」
「いない人の話をしてもしょうがないじゃないか。いい年をして、そんなこともわからないとはね」
「高志、実の母親に向かって!」
「自分から、僕が愛人の子供だなんて噂を流しておいて、 今さら母親面されても困るじゃないか」
「……」
「ダンマリかよ? まあもうすぐ大きな変化があるから、楽しみに見ているんだね」
大きな変化とは。
戸高家が鬼の晴広の除霊に成功して、上流階級の仲間入りをするか。
大失敗して、一家存亡の危機に陥るか。
パパは、今回も僕のフォローがちゃんとできるかな?
もしできたとしても、父親ってのは子供よりも先に死ぬものだ。
僕の代で戸高家を潰すことになっても、兄さんと、その頃にはすでに死んでいるであろう母さんと共に、あの世で嘆くがいいさ。
僕は、僕の好きにやらせてもらう。
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