第126話 除霊できない
『神秘の山、戸高蹄鉄山の景色が楽しめる土地に新しく完成する予定の住宅地のご紹介です。のびのびと子育てをされたいご夫婦。定年退職後、自然豊かな土地で暮らしたいご夫婦。どなたにも最適なこの分譲地。一戸あたり百坪という広さを誇るので、家庭菜園なども可能となっております。 この素晴らしい土地に建つ予定の4LDKからの一戸建てが、なんと三千五百万円から! 今なら頭金ナシ、ボーナス支払いありの三十五年ローンにも対応しています。是非ご購入の検討を!』
「爺さん、この住宅地ってお買い得なのか?」
「裕、お前はレベルアップとやらで知力が上がっても、どういうわけか頭が悪いな。知力がすべて除霊師方面に割り振られてしまっているようだな。お前はしっかりした嫁さんをもらった方がいいぞ」
「俺、すげえディスられている! これまで除霊師として色々頑張ってきたのに!」
「別の世界とやらに行っていたせいか、えらく現実的なくせに、あの土地に建った住宅を三十五年ローンで買う人に疑問を持たないのだから、頭が悪いと思われて当然だろう。戸高不動産が随分と宣伝費をかけているようだが、あんな場所の土地なんて買ったらほぼ後悔するに決まっているだろうが。裕はわからぬのか?」
「戸高蹄鉄山周辺が、かなりよくない土地なのはわかる。あんなものが封印されているし」
「戸高市の中心部まで車で三十分ほどかかるのに、いくら百坪の土地がついてる一戸建てとはいえ、三千五百万円以上もしたらボッタクリだとワシは思うがな。ましてや、安倍一族が必死にその存在を隠してる『鬼の安倍晴広』の悪霊が封印されているのだから」
五芒星の一角とはいえ、あの安倍晴明が自分で殺した息子の悪霊を封印したのだ。
昨日の怨体の強さから見ても、 封印されている悪霊本体は相当厄介な存在であろう。
その周囲に住もうなんて、なにも知らない人は本当に凄いと思う。
「いつ安全装置が外れるがわからない、小型核弾頭の周囲に住んでいるようなもんだからなぁ。でも、さすがに誰も買わないんじゃあ……」
戸高蹄鉄山の危険度は一般人にはわからないけど、戸高蹄鉄山がある土地自体は相当な田舎だ。
わざわざそこに引っ越す人たちの気持ちが知れない。
ごく一部の、ロハスやスローライフに憧れた人たちは別として。
「それが、ほぼ予約で埋まってしまったらしいぞ」
「ええっ! あんな不便な土地に建った家なのに?」
「土地の造成は終わったようだが、住居の建設はこれからのようだがな。世の中というのは不思議なもので、成功者である戸高高臣の息子が経営している不動産会社が分譲しているボッタクリ住宅を信用して購入する者がかなりの数いる。地方局とはいえテレビで宣伝していると、これを無条件に信じてしまう人たちが一定数いるのだ。勿論、引っかからない人も多いが」
自室でオヤツのケーキを食べながらテレビを見ていたら、戸高不動産が分譲する戸高蹄鉄山周辺の住宅の宣伝をしていた。
俺や久美子たちからしたら、あの戸高高志が関わっている住宅を買うこと自体が死亡フラグだが、なにも知らない人というのは本当に凄いと思う。
「あの戸高蹄鉄山を囲むような住宅地かぁ……」
今の時点で住宅を購入してしまった人たちに対し、除霊師が説得したところで購入をやめるわけないから、もうどうしようもないな。
こっちが善意でアドバイスしても、霊を信じていない人たちからすれば『詐欺師がなにを抜かす!』と思ってしまうのだから仕方がない。
それに本物詐欺師……というと変だが、インチキ除霊師、霊媒師、祈祷師の類も実在しており、彼らが霊を信じる人たちを騙すケースも多く、余計に除霊師の社会的な信用度が上がらない原因となっていた。
どちらにしても、これで余計に戸高蹄鉄山には近づけなくなった。
戸高一族はそれを狙って、戸高蹄鉄山の周囲の土地を買収したんだろうしな。
「爺さん、戸高高志のアホはともかく、父親の戸高高臣の意図はわかるか?」
「龍神会から譲歩を引き出す、だな」
戸高高臣は、俺たちが竜神様たちの命令で五芒星の解放を目指してる事実に気がついたのか。
だから戸高蹄鉄山周辺の土地を買い占め、俺たちが中に入れないようにした。
「もし安倍晴広の悪霊を除霊し、五芒星の一角を解放したければ、戸高家に利益を提供しろってことね。なるほど、わかったわ。どうして戸高高臣が成功できたのかが」
涼子さんが納得したように頷きながら、三個目のケーキを食べ始めた。
いくら戦国大名血を引いているとはいえ、先祖の悪行のせいで上流階層から追放された彼は成り上がり者で、自分が成功するためには手段を選ばない人物というわけか。
「お上品な上流階級の方々は、戸高高臣のやり方に驚いたでしょうね。まさか、ルール違反をしてまでも成り上ろうとするなんて。しかも結果を出してしまった」
「清水さん、そんなことをして罰せられないの?」
「必ず罰せられるわけではないわ。上流階級の人たちって、これは……って人は関わらないようにするもの。金持ち喧嘩せずだし、なにをしでかすかわからない戸高高臣と直接対峙して潰そうなんて思わないわ。彼らはお上品だから。それと、上流階級にも色々な考え方があるわ」
明治維新、敗戦。
近代日本には二度の大変革期があり、そこで対処を誤って没落した名門は多い。
没落はしなくても、大幅に力を落としてしまったところもあった。
「そういう人たちの中には、戸高高臣を利用してでも以前の力を取り戻そうと考える人たちがいるってわけ。戸高高臣を陰ながら助けたり、公然と支持する人たちもいるわ。最近では、土御門家とか。あそこは今、大分厳しいらしいから」
これまでお上にべったりだったのに、突然公職から追放されてしまったからな。
それで、次に頼るのは戸高家の財力というわけか。
「戸高家は、財力に偏った安倍一族を目指すみたいね」
土御門家に霊関係の仕事を任せ、一気に上流階級に駆け上がる作戦か。
戸高家は上流階級の上にいる人たちに嫌われているので、土御門家や困窮している元上流階級を利用して下克上をはたそうとしている。
これまで稼いだ金の力を用いて。
「野心家だなぁ。俺にはさっぱり理解できないけど」
上流階級ねぇ……。
向こうの世界では、王族も貴族もみんな大変そうだったけどな。
俺なら絶対に関わりたくない。
「そういえば、今回の戸高家の行動に安倍一族は戦々恐々としているわね」
「だろうな」
戸高高志が戸高蹄鉄山周辺の土地を全て買い占めたということは、安倍晴広の件に気がついていることの証明なのだから。
安倍一族への嫌がらせ……いや、もしかしたらこれまで懸命に安倍一族が隠していた、安倍晴広の件を世間にバラすかもしれない。
「安倍晴明って、大衆に人気があるのよねぇ。安倍一族はそれで大いに得をしてきたのよ。今の状況で暴露されて、安倍一族のイメージが失墜したら痛いと思うわ」
小説、漫画、ドラマ、映画、舞台等々。
多くの創作物に、大体は悪しき物を調伏する正義側の人物として描かれることが多かった。
そうでなくても今の安倍一族は、岩谷彦摩呂が散々にかき回しているせいで混乱しているのだから、安倍晴広の件を世間にバラされたくはないはずだ。
「だけど、安倍一族も手が出せないだろう」
住宅地の造成と建設のためと称し、戸高家が戸高蹄鉄山への侵入者を防いでるはずだ。
「あのアホの彦摩呂が除霊するんじゃないの?」
「無理だよ、里奈お姉ちゃん。お兄ちゃん、保育園が終わったよ」
「そうだ、無理だ!」
「無理だな」
「おかえりなさい、銀狐。そしていらっしゃい、赤竜神様、青竜神様」
ちょうどタイミングよくというか。お稲荷様だが、人間世界を学ぶため竜神会が経営している保育園に通っている銀狐が帰宅したのだが、その日は珍しく赤竜神様と青竜神様が同行していた。
「裕よ。我らは、生クリームがたっぷり載ったケーキを所望する」
「チョコが、たっぷりこーてぃんぐされたものでもいいぞ」
そしていきなりケーキを所望してきた。
相変わらず、人間が食べるものが大好きなようだ。
ケーキは菅木の爺さんが持ってきたものなので、赤竜神様には生クリームたっぷりのショートを、青竜神様はチョコが大量に使われたチョコレートケーキを遠慮なく提供した。
そして銀狐は、モンブランを美味しそうに食べている。
「戸高蹄鉄山には『鬼』がおるからな」
「そうだ、『鬼』がいるのだ」
「『鬼』ですか……悪霊ではなく?」
「お兄ちゃん、悪霊だけど鬼でもあるんだよ」
安倍晴広は鬼の血を強く継いでいるので、人間の悪霊ではなく鬼の悪霊ということか。
創作物だと鬼は妖怪の一種だったり、実は日本に流れ着いた西洋人でした、なんてオチもあるが、この世界の生きた鬼はすでに絶滅していると言われている。
安倍晴明が生きていた時代にはもうほとんど生存しておらず、今となっては先祖に鬼がいた……人間と子供を作っていて、自分はその子孫です、という鬼の血が薄い子孫のみとなっていた。
鬼の血は引いているがまったく普通の人間と同じで、特別な力を持たない人たちばかり。
普通の人間より少しだけ除霊師としての特性が高いそうだが、霊が見えない鬼の子孫も珍しくはないのが現状であった。
代々人間との間に子孫を作り続けた影響だろうが、鬼の特徴が出てしまった最後の人は江戸時代の人間だと記録に残っているのみ。
鬼は怪力なので、力のある人間にわずかに鬼の血が混じっている可能性があるらしいが、ただ生まれつき力が強いだけの人間というケースもあるので、現代で鬼に遭遇するなどまずあり得なかった。
他にも、カッパなどはほぼ絶滅したと言われている。
天狗はどこかの山中に潜んでいるらしいが、向こうは用事がないと人間と接しないから、普通の人が遭遇するなどまずあり得ないだろう。
時代が進んで、生きた鬼ではなく、封印された鬼の悪霊のみ残っているというのは寂しい話だ。
「生きていようがいまいが、鬼であることに変わりはない」
「むしろ、人間の悪霊よりもはるかに厄介な存在だ」
「あの安倍晴明が、除霊できないで封印しているくらいだからな」
安倍晴広の悪霊は、安倍晴明よりも強いという証拠であった。
それなら、安倍晴明も母親が不義を働いたといえ、息子を斬らなければよかったのに。
「恐ろしきは、人間の嫉妬というわけだな」
「人間にとって、人間が一番恐ろしい、厄介なのかもしれないな」
「人間は大変」
などと話しながら、赤竜神様と青竜神様はしれっとケーキをお替りしていた。
菅木議員の奢りだからいいけど。
「事情は理解できたが、それじゃあどうにもならないな」
安倍晴広の悪霊を除霊することはできると思う。
だがその前に、不法侵入は違法行為という人間社会の現実が存在するわけだ。
「師匠、自分が潜入して除霊してきましょうか?」
「それは危険だと思うな」
千代子も大分強くなったが、一人で安倍晴広の悪霊を相手にするのは大変なはずだ。
それに除霊というのは、ゲームやスポーツの試合ではない。
必ず勝利、成功させなければいけないのだから。
下手に除霊を失敗させると、かえって悪霊が強くなってしまうケースが多い。
その理由は、未熟な除霊師が悪霊に殺されて、自分も悪霊になってしまうからだ。
実は、除霊師の業界では一番恥ずかしいこととされており、涼子の父親である安倍清明が悪霊化したことが安倍一族によって隠された最大の原因でもあった。
「裕、上空からパラシュート降下でもする?」
「それは無理よ! あっ、私はレアチーズケーキで」
唯一いなかった桜だが、放課後、日本除霊師協会の会長である祖父に呼び出されたそうで、今、自宅に戻ってきたというわけだ。
「実は、安倍一族が大変なことになってるみたい」
「大変なこと?」
「岩谷彦摩呂よ。 どうやら安倍晴広の悪霊を自分が除霊すると言い出してね」
「ええっ! そんな話聞いてないわ!」
「うちの生臭ジジイが、特殊なルートで知った機密情報だもの」
「どういうつもりなんだ?」
岩谷彦摩呂とその取り巻きたちでは、すぐ安倍晴広の悪霊に殺されてしまうはずだ。
無謀だなんていうレベルではない。
「もしかして、『僕が、安倍晴明ですら除霊できなかった安倍晴広の悪霊を除霊し、その功績を持って次の安倍一族の当主となる。そして新しい安倍一族を作り上げるんだ!』って考え?」
「おおむね、今相川さんが話したように考えているみたい。岩谷彦摩呂とその支持者たちは、今の体制に不満を抱いているんだから」
不満を抱くのはいいけど、そのどう考えても実現できそうもない夢を無理に実現しようとしないでくれ。
それで迷惑を被る人たちもいるんだから。
「おバカすぎて笑えないわね」
「戦力分析ぐらいできないのでしょうか?」
「それができたら、岩谷彦摩呂じゃないからなぁ……」
「確かに、師匠のおっしゃるとおりですね」
せっかくの東大出も、除霊にはあまり意味がないようだな。
官僚か大企業の社員になればよかったのに。
「だが実際問題として、岩谷彦摩呂たちも戸高蹄鉄山には入れないだろうからな」
岩谷彦摩呂と戸高高志は犬猿の仲だ。
戸高高志は絶対に、岩谷彦摩呂を戸高蹄鉄山に入れないはずだ。
「裕、もしかしてこれって、誰もどうにもできない状態じゃない?」
「そういうことになるかな?」
さすがに、戸高蹄鉄山の封印が解けでもしたら、日本除霊師協会から依頼が来るかもしれないが、今はこれまで通りの生活を送るしかないな。
「……また千代子が、俺のベッドに入ってきて? あれ? ベッドの下に気配を感じるな」
戸高蹄鉄山の件は、しばらく状況を見守るとしかないという結論に至った翌日。
朝、目を覚ますと、また何者かが俺のベッドに侵入してきたようだ。
相変わらず、霊か悪意ある存在でないと俺は気がつけないようだな。
千代子は……もはや定位置と化した俺のベッドの下に布団を敷いて寝ている気配を感じた。
「あれ? おかしいな?」
もし誰かが俺のベッドに入ろうとすると、いつもなら必ず千代子が気がついてそれを妨害するはずなのに……。
急ぎベッドに入り込んだ人物の確認をすると、なんとその女性は全裸であった。
雪のように白い肌と、かなりスタイルにメリハリがあって……などと俺のベッドに入り込んだ女性の裸を詳細に確認している場合ではなかった。
「千代子が気がつかないって……」
千代子は優れた忍びで、さらに大幅なレベルアップもはたしているというのに……。
「ううん……もう朝か……おはよう、夫君」
「おはようって……沙羅姫さん?」
なんと、俺のベッドに全裸で潜り込んできたのは、全身ガンの治療は終わったが、いまだ退院はしていないはずの沙羅姫であった。
「夫君よ。妾はすでに夫君の妻となった身。姫と呼ぶのはおかしいぞ。沙羅と呼んでくれ」
「沙羅さん」
「妻に対し、『さん』とつけるのはどうかと思うぞ」
「俺、沙羅さんとまだ結婚してないけど……」
「婚礼の儀式は、もう少し状況が落ち着いてからでよかろう。とにかく、一日でも早く夫君との間に沢山子供を作らなければな。妾がこの役割に選ばれたのは、勿論予知の力もあってのことだが、夫君が喜んで抱いてくれる容姿というのも基準になっておる。では、今から子作りを……」
「ええっーーー! まだ早いんじゃあ」
「そうか? 適齢期どころか少し遅いくらいじゃぞ。安心せよ。体もしっかりと育っておるから出産も安全にこなせるであろうし、子作りの作法はちゃんと本を見て勉強してあるから安心せい。では、早速……」
「待てぇーーーい! 清水さんでもノーパンが限度だったのに、全裸で裕ちゃんのベッドに入り込むな!」
またも俺を起こしに来た久美子が、 今回も事件を未遂で防いでくれた。
よかったのか悪かったのかはともかく、助かったと思ったのが正直な心境であった。
いくら美少女相手でも、知り合って間もない人と子作りなんてできるわけがないのだから。
「下品な人ね。姫が聞いて呆れるわ」
「千代子、思わぬ不覚ね。いったいなんのために、毎日裕のベッドの下で寝ているのよ」
「いつもなら、涼子さん、里奈さん、桜さんの抜け駆けを100パーセント阻止できるのに、沙羅姫さんはいったい……」
「どうやら現在の除霊師は、大分実力が落ちているようじゃな。裕は別格として。妾が見た予知どおりじゃ。 本来なら健康な体で棺に入るところを、妾を呪われた矢で射った安倍一族の件もあるし、土御門家の子孫たちはかなり危うい。この状況下で打つ手は……」
「打つ手はなに? 沙羅さん」
「明日の未来のため、裕と急ぎ子供を作らねばの」
「「「「「させるか!」」」」」
その後、どういうわけかまたも自宅にやって来た菅木の爺さんに止められるまで、沙羅姫と久美子たちの不毛な言い争いが続くのであった。
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