第109話 最大の障害は人間

「よし、準備万端だね」


「今のところはね」


「今のところはって……どういうこと? 清水さん」


「霊風の除霊は、このまま普通にやれば成功するわ。でも、もし人間の悪意が強ければ失敗する」


「涼子、その悪意が来たわよ」


「戸高家に土御門家……」


「それに、岩谷彦摩呂だっけ? 三グループ揃い踏みね」




 海原海水浴場の砂浜で、霊風を除霊する準備を終えてタイミングを計っているところに、多くの人たちが詰めかけてきた。

 台風が接近している今、一般の人たちがこんな場所に来るわけがないわ。

 彼らは、それぞれ霊風の上陸地点を予想して除霊の準備をしていた、戸高家、土御門家、岩谷彦摩呂たちと、彼らを支援する人々のようね。

 霊力が少ない彼らは、それを補填する祭壇を持たなければ、まず霊風の除霊など不可能。

 裕ちゃんの予想が当たったわけだ。

 祭壇の構築には時間がかかるので、予想を外した時点で、三グループの除霊失敗は確定していた。

 今さらここに来ても……と思うのだけど……。


「おいっ! 女たち! 僕の手伝いをさせてやる! なにしろこの僕は、戸高家の次期当主なのだから」


「君たち、我ら戸高グループに貸しを作っておくことは悪くないと思うのだが」


 相変わらず上から目線の戸高高志に、実利で釣ってくるその父親。


「清水君、ここは共同作戦で行こう」


「涼子、彦摩呂さんがそうおっしゃっているのだから」


「この功績をもって、彦摩呂さんを安倍家の次期当主にして、新しい安倍家を作っていこう」


 きっとプライドが高すぎるのだと思う。

 自分のミスを認めたくないがゆえに、共同作戦にしようと言い張る岩谷彦摩呂。

 さすがに清水さんも呆れているわね。

 彼のシンパたちも目を輝かせながら、共同作戦と、この功績を利用して今の安倍一族の当主を引きずり降ろそうと言ってくる。

 私たちは安倍一族とは全然関係ないし、私は彼らがちょっと苦手だと思った。

 なにか、おかしなカルト宗教にでも嵌ってるかのようだからだ。

 自分たちにとって都合のいい正義を実行するため、他人を犠牲にしても気にならない人たちなのだから。


「土御門家は、このように日本の公官庁に多くの人材を送り出し、ツテのある方々も多いのです。共同作戦をするのなら、土御門家と組む方が正しいのです」


「みなさん、悪いことは言いません。そうした方が将来安泰ですよ」


 最後に、土御門家との共同作戦を提案してきた土御門蘭子さんと赤松礼香さん。

 三グループとも、自分たちだけでは霊風の除霊は困難だということだけは理解しているようだ。

 裕ちゃんの予想どおり、霊風の上陸予測を誤っただけで、祭壇が組めない彼らは霊風に対抗できない。

 祭壇が組めても駄目そうに見えてしまう。

 だから、私たちと共同作戦をしたことにして……実質、手柄の横取り。

 彼らの方が知名度があるから、私たちを手伝い程度ということにして、実績を稼ぐつもりなんだ。


「(清水さんの予想が当たった……)」


 なるほど。

 人間が霊風の除霊を妨害するというのは、こういうことを指すのね……。


「私たちは独自で除霊を行える仕組みを構築していますので、直前でのお手伝いはかえって現場の混乱を招き、除霊を失敗させてしまうかもしれません。ご遠慮願います」


 今回の除霊、私は裕ちゃんから頼むと言われたのだ。

 それに今、裕ちゃんはもっと強大な銀の邪竜と戦っている。

 ここは、私たちだけで切り抜けなければ。


「なんだと! 女のくせに生意気な!」


「ちょっと! 女性差別? だいたい、除霊師でもないあんたが口を出すな!」


「言ったな! 元三流アイドルのくせに!」


「親の七光りには言われたくないわ!」


 里奈ちゃんって、戸高高志と相性が最悪よね。


「嫌だねぇ。昔に失った戸高の名を取り戻す? 古臭くてヘドが出る」


「あなただって、安倍一族というネームバリューに拘っているじゃないの。五十歩百歩よ」


「もはや霊感がある公務員に堕した、土御門の小役人に言われたくないね」


「なんですって! 我々土御門家は、これまで千年以上もこの国を霊的に守護してきたのよ」


「安倍一族も同じだ。だが、土御門家がここ十年で何体の悪霊を除霊できた? 大半がC級除霊師ばかりで、役所と天下り先の椅子を温めるしか能がない一族に成り下がったではないか」


「札ビラで除霊しているあなたに言われたくないわ!」


「どんな手を用いようと、実績は実績なのでね。蘭子君はゼロ課に入ってから、一件でも事件を解決できたのかい? 先日の無様を見れば、ゼロ件だと容易にわかるけどね」


「なんですって!」


 この三グループ。

 本当に仲が悪いわね……。


「おい、小娘」


「なにか?」


 いきなり私を小娘呼ばわりって……。

 いくら年寄りでも、常識がなさすぎる。


「小娘、俺が誰だか知っているか?」


「いいえ、知りません」


 テレビで見たこと……ないな。


「元警視総監にして、瑞宝章を受章している岩城健吾を知らないだと? これだから最近の若者は!」


 年齢以前に、世間一般で元警視総監の顔と名前を知っている人なんてほとんどいないはず。

 現役の警視総監でも同じよね。


「まあいい。お前のような惰弱な若者にはわからないだろうが、土御門家と彼らに協力する我ら選ばれし者たちは、古くから霊的被害を受けそうになった日本を救ってきたのだ。今回も同じこと。お前らだけでは荷が重かろう。我らの協力を仰ぐことは決して恥ではないぞ」


 この人、最初と最後で言っていることが違いすぎて支離滅裂だ。

 もし本当に彼らが日本を霊的障害から守ってきたのであれば、私たちなんていなくても問題ないはず。

 私たちなんて無視して、独自に霊風の除霊をおこなえばいいのだから。


「どうぞ。その実績に相応しく、ご自分たちだけで除霊してください。私たちは、私たちで除霊を試みますから」


「小娘……お前は世間を知らないな? バカな奴だ。お前など、俺が一声かければすぐに逮捕して刑務所に叩き込めるのだぞ」


「未成年は刑務所に入れないんじゃないの? このジジイ、本当に元警視総監?」


「年でボケているんでしょう」


 里奈ちゃん、葛城先輩。

 そこであまり煽らないでよ。


「俺をバカにしやがって! 俺を誰だと思っているんだ! 蘭子! お前がしっかりしないからだ!」


「すみません」


 一つだけわかったことがある。

 普段は土御門家の次期当主候補で、若くしてゼロ課に入った彼女だけど、その実情は土御門家とそれを支える老人たちの操り人形でしかなかったのだと。

 しかも除霊師の一族が、除霊の件で、除霊師でもない人たちに翻弄されている。


 裕ちゃんがよく言っていた『除霊ができない除霊師なんて、いるだけ無駄』という言葉の意味がよくわかった。

 霊力が徐々に落ちてきた土御門家は、公的な権力に縋って家の力を維持してきたけど、そのせいで除霊師でもない人たちの傀儡になってしまったのだ。


「蘭子さん、私はあなたという人間に呆れました。赤松さんもです。除霊ができない除霊師が、地位と権力、お金に縋りつくことほど惨めなものはありませんね」


「涼子君、よくぞ言った。我が安倍一族も、他山の石とすべきだね」


 岩谷彦摩呂。

 自分も同類なのに、それにまったく気がつかないなんて、本当にある意味いい性格をしていると思う。


「土御門家といえば名門。他者との協力など必要ないのでは? 戸高さんも、岩谷さんも」


「それもそうだね! 僕ならやれる! 祭壇を今から組むぞ!」


「「「「「おおっーーー!」」」」」


 絶対に無理なのに、なぜか根拠のない自信に満ち溢れる岩谷彦摩呂とその支持者たち。

 そのうち無茶して大変なことになりそうな……。


「ふんっ! 僕の集めた最優秀除霊師たちなら大丈夫だけどね。おい、お前ら!」


 戸高高志も、雇い入れた除霊師たちに今から祭壇を築くように命令したわね。

 まず間に合わないので、みんな嫌々作業を開始したように見えるけど。

 そして土御門家だけど……さすがに現実は見えていたようね。


「小娘! 命令だ! 協力しろ!」


「こちらは独自にやります。邪魔をしないでください!」


「ふんっ、お前らに除霊はさせんぞ! こいつらを逮捕するんだ! 罪状は公務執行妨害だ!」


「あなたは! 除霊が失敗したら人が沢山死ぬんですよ?」


「それがどうしたというのだ? 我らの仲間である土御門家が失敗したのなら、他の除霊師たちが成功するわけがない。そんなことがあってはいけないのだ」


「人の除霊を邪魔するなんて酷いです!」


「ないとは思うが、お前らが除霊を成功させると、この国の古くからの秩序が乱れてしまうのでな。それは長い目で見たらよくないことなのだ。霊風が思った以上に強力だから仕方がなかったのだ。我々は失敗しないのでな。そんなことを言う女医がいたな」


「あなたは……人が沢山死ぬんですよ?」


「せいぜい数千人から数万人だろう? 大した数ではない。小娘たちを逮捕しろ!」


「くっ!」


「久美子、話し合いは決裂よ」


「それでも、除霊は確実におこなわなければならない」


「ならば、実力行使も致し方なしです」


「菅木の爺さん、役立たずね」


 私たちは武器を構え、土御門家の除霊師たちと、彼らが連れてきた警察官たちとの戦いが始まると思われたその時。

 またも別の一団が乱入してきた。


「いけませんな。今にも台風が迫っている砂浜に居続けるなんて。全員保護しろ!」


「「「「「「「「「「わかりました!」」」」」」」」」」


「相川さん、みんな。大丈夫だったかな?」


 乱入してきたのは、先日の事件で一緒になった目方警部と、木村刑事が率いた多数の警察官たちだった。

 彼らは半ば奇襲的に私たちを逮捕しようとした集団を取り押さえ、保護と言う名目で次々と拘束していく。


「地方警察の分際で! 俺を誰だと思っているんだ!」


「『地方警察の分際』程度の下っ端なので、俺はあんたなんて知らないよ」


「今の警視総監じゃないですね。じゃあ問題なしだ」


「元警視総監くらいで偉そうだな」


「お前は……菅木か!」


「ご挨拶だな。元小役人程度で」


 さらに遅れて、菅木議員も顔を出した。


「嫌なタイミングね」


「恩を売ろうって腹なのよ」


「政治家って、そういうところが嫌ですね」


「うちの生臭ジジイと同類よね」


「お前ら、さすがのワシでも泣くぞ」


 せっかく助けに来てくれたのに、涼子さんたちに散々に言われてしまう菅木議員だった。

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