第107話 準備
「もうどうにもならん。あのバカ共は! おまけにそれに賛同するバカ共も多くて、あれは駄目だ」
久美子に淹れてもらったお茶を飲み干した菅木の爺さんは、非公式に行われた『霊風対策会議』に出席したそうで、そこで三グループとそれぞれに彼らを支持するバカたちの争いに辟易しながら、ここに顔を出したそうだ。
「やっぱり、頭が三つあると揉めるよね」
「相川さんの言うとおりね。普通は組織を一本化するわ」
どうせ霊風は一つしかないからな。
むしろ、別々に除霊した方が非効率なのだから。
あの面子で誰かがトップに立つとなると、軋轢も大きいし、その前に纏まるビジョンが見えないけど。
「で、リーダーを誰にするかで揉めたと」
「みんな、リーダーを譲らなかったんですね……」
「容易に想像できてしまうわ」
里奈、千代子、桜はその様子をそれぞれに思い浮かべ、げんなりとした表情を浮かべていた。
「その前に、どこで迎撃するかで揉めているがな。まずそこからなのだ」
「どこもクソも、霊風の上陸地点で迎撃しないでどうするんだよ……」
他に方法があるのか?
霊風が来ない場所で待ち構えていても無駄だろうに……。
「三グループだが、それぞれが雇い入れている、今回の霊風……気象庁は台風七号としたが……の上陸地点を推定する気象予報士たち同士が揉めておってな……」
戸高グループは、グループ内に気象情報を販売している会社があり、そこに所属する気象予報士から。
土御門家は、気象庁にも一族を送り出しているそうで……当然、霊風探知のためだ……彼らから気象情報を受けている。
岩谷彦摩呂は、若い気象予報士有志が気象情報を提供しているそうだ。
「それぞれ、違う上陸ポイントを提示していてな。纏まって行動するのが難しい」
「そんなの、実際に霊風が近づけばわかることで、そこに集まればいいだろう」
「祭壇の設置があるからな。時間がかかるそうで、彼らはそれぞれ自分たちの気象情報こそが正しいと言い張って話にならんのだ」
「祭壇なんていらないだろう」
相手は霊風なんだから、そんなもの設置しても……ああ、祭壇の補佐がなければ霊風に対抗できないのか……。
あいつら全員、除霊師としてショボイから。
「裕ちゃんは必要ないの? 祭壇」
「別にいらないけど」
設置に時間がかかる祭壇より、動ける除霊師たちの戦力を補強して霊風に挑む。
俺は、その方が効率がいいと思っていた。
なにより祭壇を使う方法だと、霊風は突然の進路変更をしやすいので、対応できないケースもあったからだ。
だから霊器やお札、霊水などの道具は沢山用意するし、即応体制の構築の方が優先であろう。
「それで私は、これまでに見たことがないお札を書いているのね」
「ちょっと作動の仕方が特別で、霊風の渦の中で燃やすのさ」
この特別なお札は沢山必要なので、涼子にも書いてもらっているわけだ。
他の四人も、霊水や必要な道具の製造を手伝ってもらっている。
「裕、お前……」
霊風で沢山人死にが出たら気分が悪いからな。
金は順調に稼げてるし、これくらいはサービスだ。
「経費くらいほしいけどな。竜神会の経費にならないかね?」
「それはやめとけ」
「どうしてだ?」
「土御門家は、国税庁にも除霊師を送り込んでいるからな。悪霊つきの差押え品や、物納された品や土地、建物の鑑定でも必要なのさ」
「それとなんの関係があるんだ?」
「嫌がらせで税務調査や査察とかを仕掛けてくるかもしれない」
ゼロ物件を物納されないよう、鑑定ができる除霊師が税務署にもいるのか。
で、彼らが生意気にも土御門家の手柄を横取りした竜神会に嫌がらせをするかもしれないと。
役所に食い込んでるな、土御門家。
「それらはすべて報酬扱いで、ワシが日本政府に責任を持って払わせる。ただ内密にやるが。裕が霊風の除霊に成功すると、ますます土御門家の面子は丸潰れなのでな。裕に恨みを覚え、税務署に裏から手を回して竜神会に仕返ししてくるかもしれぬのだ」
「ひどい話だな」
逆恨みもいいところじゃないか。
「あいつらは、自分たちがエリートであると自負している。ゆえに、霊風の除霊に失敗し、先祖がどこの馬の骨ともわからない若造に手柄を奪われるなんて予想していないのだ。自分たちは失敗しない。でも失敗した。どうしてだ? きっと、広瀬裕がなにか卑怯な手を用いて土御門家を邪魔したのだと」
「拗らせたエリートって怖いなぁ」
向こうの世界にも、同じような連中がいたけどな。
「お前が、土御門蘭子を邪険にするからだぞ」
「下手に優しくすると、つけあがるじゃん」
「まあ、そうなんだがな。ワシの予想は外れたな」
「予想?」
「こんな様子では、ワシが思っている以上に、安倍一族と土御門家のような古い除霊師一族の衰退が早まるかもしれない」
「できれば、もう少し保ってほしいな」
面倒事が増えると嫌だから。
なにはともあれ、三グループはほぼ失敗することが確定した。
霊風が接近するまでに、準備を終えてしまうとしよう。
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