第105話 霊風(れいふう)
「(広瀬……なぜお前ばかりモテる?)」
「(……なんか、しょうもないことで敵意を向けられている予感がする)」
中村先生の誤解を誰かに解いてほしかった。
土御門蘭子なんて女に俺は微塵も興味などなく、好きに口説けばいいのにと思っているのだから。
そもそも、相手はかなりのお嬢様だ。
ただの地方公務員である中村先生には、最初から勝ち目がないようにしか思えないが、それを言うわけにいかなかった。
「久々に、『霊風(れいふう)』がやって来るの。先日の事件で少しはやるわねと思ったから、私たちに協力してもらうわよ」
「嫌です。じゃあ俺はこれで」
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
「なあ、涼子……」
「あれ? 私の知り合いの除霊師って、実はこんなのばかり?」
放課後、一応相手は教師なので教室に残っていたら、突然、土御門蘭子から上から目線で命令されてしまった。
そんなものに協力する義理はないので、俺は帰る仕度を始めつつ、涼子に対し『岩谷彦摩呂の件も含め、人を見る目がないんじゃないか?』という表情を向けた。
「涼子は、コレがライバルだったんだ」
「向こうの言い分によればだけど……」
共に若い除霊師で、一方は安倍一族、もう一方は土御門家。
周囲が勝手にライバル関係に仕立て上げていたってことか?
確かに、レベルアップ前の涼子なら霊力量で言えばほぼ互角。
若干、土御門蘭子の方が霊力が多いか?
今は比べるまでもないほどの差がついているけど。
「だいたい、ゼロ課の人間がどうして教師になれるんだ?」
「それは、非常勤講師制度と、ゼロ課特有の制度のおかげです!」
「「出た!」」
教室を出ようと思った俺と涼子を妨害するかのように、続けてもう一人若い女性が教室に入ってきた。
土御門蘭子の相棒にして親戚でもある、赤松礼香であった。
「ゼロ課に所属する警察官及び刑事は、地方に長期間派遣されるケースも多いのです。今回、私と蘭子さんも、この学校の非常勤講師として赴任してきたのです」
「あのう……赤松さんも非常勤講師なのですか?」
涼子がそう聞くのも無理はない。
土御門蘭子は大卒で二十三歳だが、赤松礼香は高校を卒業したばかりの十九歳だったからだ。
非常勤講師でも厳しいくらいだ。
「事情が事情なので。今回の霊風はちょっと厄介なのですよ。ちなみに、広瀬さんは霊風をご存じで?」
「知ってるよ」
霊風とは、霊的破壊力もある台風のことだ。
普通の台風に、悪霊や怨体の大集団も混じっていて、上陸した地域の人たちを呪い殺す。
台風で物理的被害と人的被害を、霊風でさらに人的被害が増すわけだ。
霊風から離脱した悪霊や怨体が霊風の通り道にばら撒かれ、除霊しなければ人が住めなくなるケースもある。
性質の悪い、大規模自然災害兼霊障が霊風であった。
向こうの世界で、何度も土地を壊滅させているのを見ている。
だがこの世界では、数百年に一度あればいい方の滅多にない災害だったはずだ。
「その数百年に一度が、この辺に来るわけです」
「大丈夫じゃないかな?」
戸高市の場合、竜神様たちの加護があるからな。
五芒星の結界も、あと一ヵ所まで完成している。
直撃はないはずだ。
「広瀬さん、今の予想進路では戸高市に大した被害は出ないとなっています。ですが、その周辺地域には大きな被害が出ます。霊風接近まであと五日はあるので、急激な進路の変更もないとは言えません。普通の台風の進路予想だって、かなり外れるケースだってあるじゃないですか」
戸高市が安全なら、その周辺の市町村に大きな被害が出てしまう。
それを阻止するのが自分たちの仕事だと、赤松礼香はそう大きくもない胸を張って答えた。
それと、霊風は台風でもある。
予想進路が外れることなんて、よくはないが、無視できる確率ではないというわけだ。
竜神様たちの加護で絶対に戸高市には上陸しないんだが、それをこの二人に教えるわけにいかないからなぁ……。
「ゆえに、広瀬裕、あなたの活躍に期待します」
「嫌です」
俺は、またもきっぱりと協力を否定した。
「どうしてですか?」
「あんたら、岩谷彦摩呂と同類の匂いがするから」
だいたい、先日の事件で日本除霊師協会経由で派遣されてきた俺たちを、実力不足だと判断して拒否したのはあんたたちだろうが。
レベルが上がらないので、あまり除霊師としての実力は気にしないようにしているが、上に立つのがあんたらだという事実だけで、参加はお断りだと思えてしまうのだ。
「船頭が多くなくても、あんたらは強引に、船を山に向かって進めるタイプだからな。つき合わされる方が不幸だ」
実際、先日の事件では経費と時間ばかり使って事件の解決になんら貢献できなかった。
遭遇した岩谷彦摩呂と口喧嘩してたし。
あいつも、自分のミスで誘い出された多田竜也を追いかけていたのに、なぜか土御門蘭子と口喧嘩になって、結局多田竜也を助けたのは俺たちだった。
共に学歴はいいが、除霊師として、人間として、なにかが欠けている証拠だ。
一緒に仕事をすることは御免被る。
「(というか、なんで名門除霊師一族ってこんなんばかりなの?)」
聞けば、多田竜也の護衛にしくじった岩谷彦摩呂も、安倍一族の隠蔽工作で責任はなかったことになったらしい。
安倍一族としても、岩谷彦摩呂の失態を公にして罰することは、安倍一族の衰退にもつながってしまうので、仕方なしに隠蔽に走ったそうだ。
だがそんなことをすれば、徐々にではあるが安倍一族の力は落ちていく。
助けた岩谷彦摩呂が安倍一族に感謝するわけもなく、彼は安倍一族への反発を繰り返すわけだ。
まさに踏んだり蹴ったりの状態で、こうやって国や大組織が潰れていくんだなと、とても勉強になったような気がした。
安倍一族も、土御門家も、もうそろそろ限界なのであろうか?
できれば、俺が死ぬまで保ってほしいところだ。
「(あの二人は、あれでも土御門家期待の星なのです。蘭子さんは、確実に次の当主になると思うわ)」
その昔、共に陰陽師としても除霊師としても大家であった両家は、いつも張り合っていたそうだ。
ところが、先にガタがきたのは土御門家であった。
「(土御門家は、どうしても安倍一族に勢力としては劣る存在。そのため、国家への貢献と称して
公的な役職に就く人が多いのよ)」
警視庁のゼロ課とか、海上自衛隊や海上保安庁も海上の悪霊たちや船幽霊対策で除霊師を送り出している。
土御門家から、そういうところに入る除霊師が増えたというわけだ。
「(人は組織に染まりやすい。土御門家は急速に公務員化したわ)」
土御門家やその親戚なら、C級除霊師でも役所に入れる。
そして周囲には、自分たち以外霊力がある者などいない。
さらにC級除霊師にも満たないような連中が、コネで役人になるケースも増えてきた。
彼らが堕落するのは早く、特にゼロ課の凋落は激しく、だからB級除霊師であるこの二人が派遣されたらしい。
すでにこの二人が、土御門家及び一門のトップ2という状態なのだ。
「(普段威張り腐っているベテラン課員たちが全員C級で、先日の事件で役に立たないなんて事実。外部に知られるわけにいかないもの)」
「(土御門家、終わってるな)」
だから、先日追い出した俺たちを利用しようとしているのか。
こういうところは、いかにも役人ぽいよな。
ゼロ課に入ったばかりなのに、もう職業病か……。
「(物語とかだと、特別課みたいなところから来た人たちは有能なパターンなのに……)」
久美子、それは物語だからじゃないかな?
現実なんて、案外こんなものだ。
「霊風が来るのよ? 協力してやらなければ駄目よ」
「そうかな?」
むしろ、あんたらがいない方が早く終わる。
もし本当にヤバかったら、菅木の爺さんが話を持ってくるだろう。
「岩谷彦摩呂も動いているのよ!」
「それが本音か……岩谷彦摩呂に負けたくないと」
どうやら、先日の事件の汚名返上を目指し、彼も動き始めたみたいだ。
霊風への対処方法は、安倍一族が所有する過去の文献を見ればわかるからな。
人手も、若手除霊師たちに人気がある岩谷彦摩呂なら揃えられるだろう。
「(ただなぁ……。あいつでも、霊風には対処できないだろうな)」
恥の上塗りになって、また安倍一族が尻拭いをするのか。
なんとも滑稽な話ではあるな。
岩谷彦摩呂も、土御門蘭子も、霊風に対処できず必ず失敗する。
俺たちは、そのあとでいいだろう。
菅木の爺さんが話を持って来たらだけど。
その方が金になるし。
「(こいつらと一緒にやると、無償奉仕が当たり前とか言われそうで怖い)」
生まれがよろしいこの二人にそれを言っても、多分一生理解してくれないんだろうけどね。
身分が違う人とわかり合うのが難しいのは、向こうの世界でも散々体験した。
わかっている苦労をするなんてゴメンだ。
「じゃあ、俺はそういうことで。土御門家次期当主のやり方を勉強させてもらいます」
「ちょっと! 待ちなさい!」
と言われて待つわけもなく、俺たちは二人を置いて教室を出てしまうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます